氷の賢者は燃えている 〜棄てられた忌み子は最強の魔女に拾われました〜

第120話 西へ

　システィリアの依頼が終わるまでの数日、エストは簡単な依頼の達成や魔石の納品で路銀を稼いでいた。

　日が暮れる前には宿に戻り、システィリアを迎える日々が続いていると、遂にその時がやってくる。

「ふっふっふ。見て、エスト。依頼完了よ！」

　2週間のダンジョン探索演習の護衛依頼を完遂した文書を片手に、システィリアが帰ってきた。

　胸を張って見せつけてくる彼女に、エストは表情を柔らかくして労う。

「おめでとう。帰りは自由なんだっけ？」

「そうよ。帰路は別で護衛を雇うんだって。これでアタシも自由の身ね。ようやくハネム……旅を再開できるわっ！」

「今ハネムーンって言いかけたよね」

「い、いいえ？　そのナントカムーンって何かしら？」

「獣人語で新婚とか、新婚旅行って意味」

　限界まで目を逸らしていたシスティリアだったが、もう逃げ場は無いと分かるとエストに詰め寄った。

「…………そ、そうよっ！　ハネムーンって言ったわよ！　それがなに！？　意味は違わないでしょ！？」

　清々しいまでの逆ギレである。

　最近はどこか浮ついていたシスティリアだったが、この言葉が原因のようだ。

　正式に恋人として認識し合うことが堪らなく嬉しくて、常に幸せそうな雰囲気を放っていた。

　しかし、エストは至極真っ当な理由で落ち着きを取り戻させた。

「でも、そこにブロフが入ったらハネムーンじゃなくなるよ？」

「……確かに」

「だからといって、ブロフの同行を私欲で決めないでね。ちゃんと2人っきりの時間は作るから、パーティとして考えてほしい」

「分かってるわよ。ふふん！」

　嬉しそうにしながら文書を背嚢に仕舞う彼女を横目に、エストは次の目的地について考え始めた。

　北上と南下はそれぞれが来た道を辿る可能性があるため、行くとすれば東西のどちらかである。

「システィ、右と左、どっちが好き？」

「左ね。アタシは左腰に剣を差すもの。って、どういう質問なワケ？」

「次は西を目指そうと思ってね」

「そんな理由で決めちゃうの！？」

「その方が楽しいよ。最終的に南下して、ユエル神国を目指したいけどね。また新しいダンジョンが見つかったらしいし」

　次の目的地をざっくり『西に行く』と決めたら、いつも通りの夜を過ごした。

　翌朝。

　西門でブロフと合流すると、その変わり様に驚く2人。

「髭を整えた？　綺麗になってる」

　まるで廃墟を覆う蔦のようだった無精髭は、顎先で摘めるぐらいの長さで整えられており、粗雑な印象が消え去っていた。

「ああ。鎧も新調した」

「武器は変わってないのね」

「昔は剣を使っていたが、システィリア嬢ほどの剣士が居ればオレは要らない。だがこのハンマーなら、ゴーレムだって砕いてみせよう」

「頼もしい。それじゃあ行こうか」

　エストは西の空に指をさした。

「次の目的地は獣人連合ドゥレディア。ここから遥か西にある、獣人の国だ」

　人差し指を戻して拳をつくると、ブロフとシスティリアもまた拳を掲げた。

　──この時の3人はまだ知らない。

　獣人連合ドゥレディアの命運が、その手に握られていることを。