第290話 人の住む無人島


「あ、危なかった……本当に死ぬところだった……」



 船が出てから5時間ほどが経過し、呪術の聖地カゲンに着いたは良いものの、エストたちの膝はガクガクと震えていた。


 その理由は単純明快。


 航海開始から5分で魔物に襲われ、撃退しても矢継ぎ早に次の魔物が襲撃してきてしまい、5時間ぶっ続けで戦っていたのだ。


 体力はもちろんのこと、集中力も著しく消耗した。

 エストが砂地に寝転がると、その隣にシスティリアも仰向けで寝転がった。



「魔力も尽きたわ……動きたくない」


「僕とシスティ……1分も休んだ?」


「いいえ……40秒が……限、界…………」



 疲弊しきったシスティリアが眠ったのを見て、エストもまた意識を彼方へ飛ばしてしまった。

 パーティの要が倒れられては困ると、ブロフは2人を起こそうとしたが、ライラはその手を止めて背嚢から布を掛けてやった。



「す、少し休んでいただきましょう。……エイダさん、枝と大きな葉を持つ植物を集めてくださいっ! ブロフさんは、拠点作りを」


「おうよ! しっかし、あれだけ襲われたのに転覆しねぇなんてな! やっぱ賢者ってすげぇんだな!」


「凄いのはお前さんの魔物人気だろうが」


「はっ、それは言わない約束だぜ?」



 唯一疲れていないエイダが材料を集めに行くと、ライラはエストたちを風域フローテで軽くして引きずり、木陰へ移動させた。


 並行してブロフが柔らかい木を曲げてアーチ状の枠組みを作れば、エイダが持ってきた大きな葉をかけて屋根を作り、2人の上半身を隠す程度の小さな拠点が完成した。


 ついでにと枝葉と共に持ってこられた緑色の果実を受け取ったライラは、それが食べられる物か分からないので、肘の内側……皮膚の薄い所に擦り付けると、しばらく待つことに。



「ん…………ハッ!? システィ!」



 目を覚ましたエストが飛び起きて辺りを見渡すと、隣で眠るシスティリアと、突然起きたエストに驚いた3人が居た。



「はぁ……よかった」



 安全の確保をしていたんだと気が付くと、エストは亜空間から新鮮な果物を幾つか取り出すと、皆に渡していった。



「ライラ、その果物は毒がある。ヘタの周りに六角形の硬い葉っぱがあるでしょ? 最初は酸っぱくて美味しいんだけど、後から喉が焼けるような痛みが走って、内側が爛れたりするんだ」


「ひぃぃええええっ!! ど、どうりで肘がピリピリすると……!」



 誰かが食べる前にパッチテストをしたことを褒めたエストは、ライラの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 運が悪ければここで3人が苦しんだかもしれないのだ。


 精霊により才能が伸ばされたライラの光魔術でも、作用機序の知らない毒を分解するのは至難の業。

 知らない物の毒を警戒する、その当たり前の行為を褒めてやらねば、いつか惨事を招くことになる。


 エストもシスティリアに教えられた野生の生存技術は、しっかりと生命維持の基礎になっていた。



「……っ! エストッ! だいじょ……ぶね」



 ピクっとシスティリアの耳が動いた瞬間、まるで台所の悪魔が出たかのように飛び起きた彼女は、エストの顔を見るなり耳をぺたんと垂れさせた。


 砂まみれの尻尾も安堵のせいか垂れており、彼のそばに寄ると、胸に頭をグリグリと押し付けた。



「よかった……無事だったわ」


「うん。とりあえずシスティも食べよう」



 そう言って桃のような果物を右手に、完全無詠唱の氷刃ヒュギルが一瞬で皮を切ると、受け取った彼女は手でペロッと剥いてから食べ始めた。


 左手が使えなくても卓越した魔術の腕で保管するその見えない左腕に、魔女を目指すライラは目を丸くする。



「す、凄いです……お2人とも全く同じ起き方でした」


「野生動物みたいだったな」


「ははは! 確かにそうだ!」


「こんな知らない場所で、システィが連れ去られたら大変なことになるからね。ライラ、ありがとう」


「それ、大変なことになるのは誘拐した側ね。ふふっ!」



 その気になれば国ひとつ氷漬けに出来るかもしれないエストの、命よりも大切な人を奪おうとなれば、それは大惨事どころ話ではなくなってしまう。


 改めてライラたちに感謝をすると、もう少し腹に溜まる干し肉なんかを食べながら森を探索することに。



「人の気配がしませんね……」


「噂通りの無人島って感じだな!」


「おい、フンがあるぞ。中型の動物だ」


「ねぇねぇブロフ、あれ見て」



 エストが指をさした方に視線が集まると、そこには木と縄を使った動物用の罠が仕掛けられており、人の気配こそしないものの、人が作った物があった。



「全く人の匂いがしないわ」


「システィの鼻でも分からないとなれば……こうするしかないね」



 そう言ってエストは離れた場所に土像アルデアの高精度な鹿を作り出すと、ゆっくりと森の中を歩かせ、その罠の中へ足を突っ込ませた。


 中の枝が倒れた瞬間に仕掛けが動き、一瞬にして鹿の前足が縛られて宙吊りになる。


 その際、至る所からカタカタと金属の板が揺れて鳴り響き、動物が罠にかかったことを仕掛人に知らせていた。



「うっ……これで来るわね」



 耳を澄ませていた中、突然鳴った大音量の金属音に蹲るシスティリア。そんな彼女の耳を揉みながら、薄く遮音ダニアをかけた。


 楽になった彼女が立ち上がるが、一向に人が近づいてくる気配が無い。



「やっぱり無人島なんだろ?」


「じゃあこの罠はなんだ」


「人が住んでねぇだけで、一度渡ったやつが仕掛けたんだろ?」


「であれば、劣化していないことがおかしい」


「う〜ん……俺にはよく分かんねぇ」



 エイダとブロフが唸り、ライラもあれやこれやと考えては見るものの、どうしても矛盾した『人の住む無人島』という考えが出てくる。


 しかし、その中で。唯一この不可解な現状を理解した、システィリアの耳をこねくり回す男が居た。



「ああ……あぁ、そういうことか。ははっ! なるほどね、はいはい」


「う、うぅ……えすとぉ?」


「みんな、わかったよ。僕ってば完全に失念していたよ。この島から出てきた人が、どんな魔術を使っていたか」




 そう言ってエストが右手に杖を握ると、奥の方に生えていた、一回り大きな木に風球フアを当てた。


 すると、バチッと黒い光が弾け、風球フアを消滅させたのだ。それはつまり、その先を魔術で守っていること他ならない。



「これが調査隊が帰った理由だよ」


「えっと、つまり……魔術なんですね?」


「そう。それもかなり高度な闇魔術。パッと見ただけでも、前に進むだけで方向感覚を失わせて、また海岸に着くように催眠をかけていることが分かる」



 しかし、問題はどうやってその術を抜けるかだ。

 種も仕掛けも分かったところで、解除方法が分からないとどうすることも出来ない。


 とりあえず問題点を洗い出したエストは、もう日も暮れるので明日にしようと言う。



「これが無人島の謎か……おもしれぇな!」


「入るのに闇魔術の知識が要るとは、なんとも閉鎖的な国が広がってるのやもしれんな」


「まぁ……目的はエストさんの解呪ですから」




 とりあえず初日は、海岸にエストの魔術で小さな家を造ると、安全の確保された部屋で眠るのだった。



 そして、再び闇魔術の謎と対峙することになる。

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