第63話 小さな先輩冒険者


「アタシと臨時パーティを組みなさい!」


「……頭おかしい」



 昨日の今日で仲間になれと言うシスティリアは、エストよりも僅かに小さい身長で、大きく胸を張っていた。

 ピコピコと耳を動かしているのは、どこか不安があるのだろう。耳や尻尾に感情が出るということをミィから聞いていた。


 断りたい気持ちが大きいが、断れば明日も粘着されそうだ。後で受けるか今受けるか。

 エストは袋小路に迷い込んでしまった。



「アンタほどおかしくないわ!」


「うん。僕よりおかしかったら引くよ」


「……自覚あるんだ」


「それで、パーティ組んでどうするの? この近くにダンジョンは無いし……お喋り?」



 街を観光するのも楽しいだろうなと思っていると、システィリアは心から湧き出た疑問を全面に、可愛く首を傾げた。


 呆気にとられた顔がどこかおかしく、エストは小さく笑い出す。



「アンタ、聞いたところじゃ昨日来たばっからしいわね。それも、殆ど野外活動の経験が無いんですって?」


「よく知ってるね。君の裏には髭を生やしたおじさんでも居るのかな?」


「くっ……ふぅ。落ち着きなさい、システィリア。常に冷静に居るのよ」


「それ、口に出す意味ある?」


「きーっ! なんなのよコイツ!」



 怒りの感情を沈めようとしていたところに、最上級の燃料が注がれた。常に怒っているシスティリアはどこか似合っており、エストはついつい煽ってしまう。


 ただ、本心なのかわざとなのか、分からないように言うものだからタチが悪い。

 システィリアは強引にエストの手を引くと、ゴブリンの討伐依頼を引き受けた。



「アンタの腕、見せてもらうわ!」


「ゴブリンの耳ならここにあるよ。ついでに目玉も」


「はい? ……きゃあああっ!!!」



 腰にある瓶を見せると、10を超えるゴブリンの眼球が保存されており、あまりのグロテスクさに悲鳴が轟いた。


 常に騒がしいシスティリアにギルドの面々も慣れているようだが、今回の悲鳴は一味違うと踏み、覗き込む。

 そして瓶詰めの目玉を見ては、皆一様に引いた顔をしていた。



「ほう? ゴブリンの眼球は乾燥させたら鎮咳薬の材料になる。お前さん、意外と博識じゃねぇか」



 悲鳴を聞いてやってきたギルドマスターの影に、システィリアが隠れてしまった。どうやらかなり懐いているようで、影からキッと睨みつけている。



「……それ、早く仕舞いなさいよ」


「パーティ成立記念にあげようか?」


「本気でぶっ殺すわよ!?」


「もう……冗談が通じないなぁ」



 目玉を入れた瓶を背嚢に仕舞うと、中で休んでいたネフが頭に着地した。鳥が出てきたことに困惑する2人を他所に、エストはゴブリンの耳を換金する。


 少額の報酬を受け取ってから戻ると、システィリアの視線はエストの頭上に向けられていた。



「なぁに? その子」


「ネフ。僕の相棒。とても賢いんだ」


『ピッ!』



 ネフは鳴いてからシスティリアの耳の間に着地すると、羽繕いを始めた。コツコツと小さな音を立てて羽を整えると、一段と美しさが増して見える。


 手のひらを差し出すシスティリアだったが、ネフは無視してエストの肩に乗った。



「え? アタシ、止まり木代わりに使われた?」


「えらく懐いてるんだな」



 指先でネフの頭を撫でる姿を見て、羨ましそうな視線が飛んでくる。古来より鳥は心を見透かす生物と言われており、鳥に好かれる者は幸運に包まれる、なんて話もあるぐらいだ。


 伝承的な面から見ても、容姿の面から見ても、とても様になるエストが浮いて見えていた。



「それよりパーティの話は? 戦うなら、ゴブリンより強い魔物がいいんだけど」


「アンタ、ランクは幾つなの?」


「Bランク」



 ギルドカードを見せると、彼女は信じられないという様子で受け取った。すると何故かギルドマスターにも回されたが、ちゃんと本物であると認められた。



「……嘘でしょ? アタシ、この前Cランクになったばかりなのに……」


「君の方が経験はあるよ」


「ふ〜ん? そ、そうよね! ふふっ!」



 純粋な言葉にシスティリアの尻尾が振られ、実に嬉しそうである。

 ギルドマスターはその扱いの上手さに目を見開くと、ニヤリと悪い笑みを浮かべて提案した。



「そのランクなら、オーク討伐はどうだ? 最近数が増えていてな、単独討伐経験のあるお前らなら出来ると思うんだが」


「それにするわ!」


「場所は南西の洞窟だ。頻繁にオークが出入りしていると報告がある。行けるか?」



 ギルドマスターはエストの目を見て聞くと、極めて冷静に頷かれた。万が一怪我をしてもお互いに光魔術を使えるので、複数相手でも問題無いと判断したのだ。


 ただ、エストはシスティリアを信用していないため、実質一人での依頼だと割り切っている。



「ほら、早く行くわよ!」



 手を引かれてギルドを出て行くのを見て、マスターは娘の成長を見守る親のような目で見送った。

 同時に、他のギルド職員達からは不安そうな声が上がる。



「マスター、あの洞窟は大丈夫でしょうか?」


「どういうことだ?」


「それが……以前調査に出たBランクパーティから、帰還報告が来ていないんです。もしかしたらと思いまして」


「ほう……まぁ大丈夫だろ」



 あっけらかんと答えるギルドマスターは、必ず2人が帰ってくると確信していた。



「あのエストという坊主はな、宮廷魔術師団長も認める腕がある。夕方には喧嘩しながら帰ってくるだろうさ」



 それだけ言って執務室に戻るマスターだったが、職員達はどうも心配していた。ただ、それは魔術対抗戦を観ていなかった者だけ。


 マスターに言われて休暇を取り、あの日の戦いぶりを知っている職員は、確かにと頷き、業務に戻っていた。







「……はぁ、暑いわね」



 急所に金属保護のある皮鎧を着ているシスティリアは、僅かな隙間から手で扇いでいた。

 カラッと暑い帝国の気温は、外で活動することに忌避感を覚える。そんな中、隣を歩くエストは涼しい顔をしていた。



「アンタは暑くないの?」


「暑くないよ。ほら」



 システィリアを抱き寄せるように魔術の効果範囲に入れると、冷たい心地良さを感じると同時に、顔が真っ赤に染まっていく。



「な、何すんのよこのバカ!」


「快適でしょ?」


「……まぁね。ってそうじゃなくて!」



 離れようとする気持ちと離れたくない気持ちに挟まれたシスティリアは、最終的にエストの横にピッタリとくっ付くことで冷気を浴びるようにした。


 言えばシスティリアの分も発動するのだが、そこまで頭が回らなかったようだ。



「ちょっと、近づきすぎじゃない?」


「……」


「無言で離れないでよ!」


「めんどくさ」


「アンタの方が面倒くさいわよ!」


「ネフ、そろそろ遮音ダニアの出番かな?」


『ピィ?』


「はぁ、本当になんなのよコイツら……」



 ひとつも歯車が噛み合わない2人は、騒がしくしながらも2時間ほど歩き、森に入っていた。

 目的の洞窟は森の奥。高い崖の下にあるらしく、そこまでの道はシスティリアが知っているそうだ。


 少しずつ洞窟へ向けて進んでいると、急に別方向へ歩き出した。



「何してるの?」


「コレよ、コレ。甘い匂いがすると思ったら、やっぱりあったわ」



 システィリアの視線の先には、筒状に形成された蜂の巣があった。ナイフを抜いた彼女は容赦なく巣に突き刺し、3割ほど切り取った。


 断面からどろりと蜂蜜が垂れ、いつの間にか左手で構えていた瓶に詰められていく。



棒蜂ボウバチの巣よ。こんなのも知らないの?」


「うん。初めて知った」


「ふ〜ん。ちなみに棒蜂は針を持ってないから、安心して巣を採ることができるわ。ただ、二度と同じ場所に巣は作らないから、5割残すのが鉄則ね」


「……僕の取り分は2割、と」


「当たり前でしょ! 誰が見つけたと思ってるのよ!」


「確かに。ありがとう、システィリア」



 エストは蜂にも感謝しながら巣を分けてもらうと、氷の瓶に詰めた。瓶の底に溜まった蜂蜜は状態が良く、ここまで綺麗な巣は珍しい。


 純粋な感謝を向けられたシスティリアは、頬を染めながらも鼻を鳴らしてそっぽを向いた。




「アタシはアンタの先輩なの。いい? このシスティリア様に、もっと敬意を払いなさい!」




「会って早々決闘する人に……?」


「なっ、あれはアンタが悪いんでしょ!?」



 どうしても噛み合わない、2人である。

 騒がしいまま進んでいき、遂に森と岩山の間にある開けた場所に出た。


 システィリアが先頭で森を抜けると、山をくり抜いたような洞窟が見えた。

 同時に、1体のオークが入って行く。



「準備をしたら行くわよ!」


「お腹空いた」


「……アタシも。ご飯にしましょうか」



 話は噛み合わなくても、お腹が空くタイミングは噛み合う、2人であった。

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