第62話 怒りん坊少女


「ルールは単純。相手に降参と言わせたら勝ち。それでいいわね!」


「……うん」


「それじゃあやるわよ!」



 街のギルドに着いて早々、面倒事に巻き込まれたエスト。


 始まりこそエストが原因だが、その後の決闘へは少女が勝手に走って行った。周囲の冒険者もお手上げと言った様子で、仕方なくギルド裏の訓練場で戦うことに。



「魔術は使っていいの?」


「はぁ? アンタ魔術師でしょ? まさかアタシ相手に、魔術を使わなくても勝てるって言うワケ?」


「まぁ、勝てると思うけど」


「……あったま来た!」



 これ以上頭に来たらその耳が飛んでいくのではないか。なんてユーモアあるギャグを言おうとしたが、かえって怒らせそうなのでやめた。


 少女が剣を抜き、エストが背嚢とネフを降ろして杖を構えた。



「そこのアンタ! 合図出しなさいよ!」


「俺ぇ!? じゃあ……始め」



 そこら辺に居た冒険者に合図を出させると、少女は一気に距離を詰めた。

 予想外に速い動きだったが、エストは杖を突き出すことで相手の回避を誘導させる。



「くっ!」



 ちょうどエストから見て右側に避けたので、地面に大きな多重魔法陣を展開した。

 上級魔術より複雑な見た目をした魔法陣を見て、少女は一瞬だが固まってしまう。


 その隙を狙い、エストは杖の石突きを前に、少女の腹を殴った。



「ぶはぁっ──!」


「あ、強すぎたかも」



 予想より綺麗に決まってしまい、内臓へのダメージを心配するエスト。

 剣を落として蹲る少女だったが、お腹を抑える両手から黄金の魔法陣が現れると、ものの数秒で剣を拾って立ち上がった。



「……まだよ」


「いいね。これだよ、僕が求めていたのは」



 学園には決して入ることのできない、獣人族。

 その中でも、超貴重な光の適性を持つ者。

 さらに冒険者という職に就き、魔法陣詠唱のみで体を癒せる技術を持っているなど、エストの興味を大きく引いた。



「そっか、治せるのか」


「……それが何よ」


「じゃあさ…………よね」



 エストが笑った瞬間、少女の足元が一瞬にして泥に変わった。抜け出す前に足首まで埋まると、尋常ではない冷気が足を伝う。



「な、何よこれ!?」



 両足が凍てつく感覚に怯える少女。

 しかしエストは、そんな少女の腹を杖で殴る。

 肺の空気を吐き出したが、今度は剣を持っていた右腕を殴り、骨が折れた感覚を杖越しに感じる。


 と、ここでようやくエストの攻撃が止んだ。


 なんと、あれだけ戦意を滾らせていた少女が、痛みで涙を流しながら失禁したのだ。



「うっ、うぅ……いたい、いたいよぉ……!」



 冒険者から冷たい目で見られるエスト。



「君から持ちかけたんだ。降参はするの?」


「うぅ……降参しますぅ……うぅぅぅ!!!」



 開始の合図を出した冒険者を見ると、頷いて答えられた。エストは泥と氷の魔術を解くが、少女が回復する素振りを見せない。



「早く治しなよ。どんどん痛むよ?」


「こんな怪我、治せないわよぉぉ!」


「え? 光魔術が使えるのに? ……マジか」



 エストは失望したように意気消沈すると、森での日々を思い出した。

 光魔術を使う上で、最も大切なこと。


 それは──痛みへの耐性。


 他者を癒すよりも自身を治すことが優先の光魔術は、痛みによる魔術行使のブレを無くすため、鍛錬ではあらゆる痛みを味わうことになる。


 アリアに両腕の骨を折られた状態での上級光魔術の安定発動。それが魔女の課した、一旦の区切りだった。


 2年という時間をかけて痛みに慣れたエストは、9歳の時にその極地へと至ってしまった。



「仕方ないなぁ……」



 エストは杖を振ると、少女に初級魔術の治癒ライアを掛けた。しかしそれは少女が使う魔術よりも格段に精度が高く、凍傷、骨折、内臓の損傷まで瞬時に回復させた。


 ボロボロと涙をこぼす少女だったが、光魔術の温かさを感じると、幼子のように眠ってしまった。



「……え、僕のせい?」



 周囲に問いかけると、大きく頷かれた。

 エストは特大級のため息を吐いてから、少女の全身を洗浄し、ギルドの休憩室へと運び込む。

 その際お姫様抱っこだったのだが、あの戦いを見ていた冒険者は何かを感じることはなかった。



 少女をベッドに寝かせると、無精髭を生やしたガタイのいい男が入ってきた。

 胸にはギルド職員のバッヂが付けられており、エストを見るやいなや、手を挙げて話しかけてくる。



「よう。お前さんがシスティリアをシバいたっていう坊主か」


「システィリア?」


「そいつの名前だ。知らねぇのか?」


「知らない。僕、今日この街に来たから」


「そうだったのか……ん? その顔は……お前さん、もしかしてエストだろ? 魔術対抗戦で準優勝した」


「知ってるの?」


「おうよ! お前さんの魔術には感動したぜ! 特にあの、巨大な一ツ星! 俺ぁ本人を長年観てきたが、初めて声を出したぜ。似すぎだ、ってな! ガハハ!」



 豪快に笑う男の胸に、役職名が書かれていた。

 『ギルドマスター』という黄金の文字を見て、エストは初めて冒険者ギルドの長に会ったことを自覚した。



「その話はまた今度だ。今はソイツを見守ってやれ。魔術対抗戦を観たがってたんだが、依頼が長引いて行けなくてな。それでピリついてたんだ」


「……とばっちりだ」


「ワハハ! 適当に話でもしてやんな」



 それだけ言うとギルドマスターは名乗らずに出て行った。

 まさかオークを売ったところからこんな目に遭うとは、予想のできないトラブルの数々にエストは小さく息を吐いた。


 労うようなネフの歌を聴きながら、少女──システィリアが起きるまで、手のひらアリアを作るエストなのだった。







「……あれ、アタシ……」


「おはよう。痛むところはある?」


「無いわよ……ってアンタ!」



 起きて早々エストに掴みかかろうとしたシスティリア。しかし、エストが全く動じなかったせいで、顔と顔がくっつきそうな距離で見つめ合う。


 数秒か、あるいは数分か。


 エストに見つめられたシスティリアは顔を真っ赤にして、逃げるように枕にうずめた。



「ごめんね。光魔術を見て興奮しちゃった」



 氷像ヒュデアのナイフで果物を切りながら、エストは謝罪の言葉を口にする。


「こうふっ……そ、そう。珍しいものね」


「うん。もっと手加減するべきだった」


「……煽られてるのかしら」


「違う。君がもっと強くなればいい話」


「……やっぱり煽ってるでしょ」


「どうして? あの程度で治せない方が悪いよ」


「……アンタの価値観おかしいわよ」


「知ってる。だから聞きたい。光魔術の鍛錬って、痛みに耐えることから始めるよね?」


「……そんなことしない」


「じゃあどうやって傷を治すの?」


「それは魔術で……」


「痛みに耐えられなかったら、魔術は使えない」


「……そうね」


「それで、どんな練習をしてきたの?」



 果物を切り終わったエストは、氷の皿に盛り付けた。自画自賛するほど綺麗にカットできたので、記念に一切れ口に入れた。


 冷えた果肉を噛んだ瞬間、口いっぱいに芳醇な香りが鼻に抜け、甘酸っぱい柑橘系の刺激が広がった。



「だからアタシを煽っ──」



 バッと顔を上げたシスティリアの口に、自慢の一切れを突っ込んだ。



「どう? 美味しい?」


「……おいしい」


「良かった。残りはあげるよ。それじゃ」



 練習に対する答えを聞かずに満足したエストが立ち上がると、システィリアは袖を掴んで止めた。

 首を傾げて振り返ると、彼女はどうして自分でも止めたのか分かっておらず、掴んだ手を見て呆然としていた。



「行っていい?」


「い、いいわよ! 早くどっか行きなさい!」


「うん。またね、システィリア」


「あ……うん、また……って違うわよ!」



 騒がしいシスティリアを背に部屋を出ると、どっと疲れが降りてきた。今日はもう休もうと思い、街で2番目に高い宿を取った。


 あえて2番目なのは、1番だと窮屈に感じてしまいそうだから。


 3万リカで3食のサービスを受けられる宿で2番目なのだから、この街はお財布に優しい。



 残った果物をネフ用に切り分けると、エストはベッドに寝転んだ。眠るほど疲れてはいないので、魔術の練習をして穏やかな時を過ごした。




 そして翌日。

 簡単な依頼を受けようとギルドに訪れると、出待ちしていたシスティリアに絡まれてしまった。



「アタシと臨時パーティを組みなさい!」



「……頭おかしい」

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