第61話 胸が土器土器
朝日が顔を出すと、耳元で鳥が鳴き始めた。
その声でスっと目が覚めたエストは、大きく伸びをしてから氷のベッドを降りた。
「……これ、野営って言っていいのかな」
そんな呟きをこぼすと、口と全身を水魔術で清め、日課のトレーニングを始めた。
アリアに改良したトレーニングメニューを貰ったので、効率よく鍛えることができる。
仕上げのランニングをしていると、木陰に隠れていた野生の兎を仕留めた。
「朝から兎肉……これが……旅?」
下処理をしていると、パルフィーが目を覚ました。
ルンルン気分で兎肉を焼こうという時、待ったが掛けられた。
「エスト様、兎は熟成するとより旨みが増します」
「熟成?」
「はい。本来は冬場しかできませんが、兎肉は3日ほど冷やしておくことで、より美味しく食べられるのです」
「そうなんだ。でも……う〜ん……わかった」
仕方なく氷漬けにすると、凍らすのではなく冷やす方が良いと言われ、氷の箱に肉を入れた。
終始食べたそうにしているエストだったが、ここは商人の言葉を信じてみようと、言われた通りにした。
朝食にオークの左足を食べると、肉の残りは胴体と馬だけになった。
「そういえば、あの馬はエスト様の?」
「うん。そうだよ」
「やはり! 毛の手入れも行き届いており、感心しました」
「え?」
「はい?」
「手入れなんかしてないけど」
「またまた〜。この毛並みは愛されて育った証拠ですよ! 私パルフィー、商人としての言葉です」
自信満々に言う姿に、エストは真実を話すべきか迷った。商人として、なんて言われてしまえば、真相を知ることで傷つくかもしれない。
だがしかし。面白そうなので口にする。
「それ、僕の魔術で作った馬だよ」
目の前で消して見せると、パルフィーが固まった。
呆気にとられた顔で目をぱちぱちと瞬きし、ゴーレムのように鈍い動きで首を動かす。
「なんか、ごめん」
「いえ……私、侮っていました。エスト様は並の魔術師ではありません。この感覚だけは、間違っていないと思います」
「うん。合ってるよ」
「ですが……ここまで精巧な馬を造られるとは、一体どのような方なのでしょう。つかぬ事をお聞きしますが、ご職業は?」
「職業? 魔術師……いや、冒険者? 旅人かな」
「宮廷魔術師だったりは──」
「しないね。あそこの団長に嫌われてるから、入ることすらできないよ」
既に面識があったことには驚かず、やはりと頷くパルフィー。今の帝国宮廷魔術師団長が嫌氷家なのは有名であり、好んで氷を使うエストを良く思うはずがないのだ。
ウンウンと頷いていると、再度馬を出したエストが、オーク達を引いて歩き始めた。
「ま、待ってくださいよ〜!」
「今日中に次の街に行くよ」
「分かってますよ〜! でも〜!」
縄の無い御者台に乗ったパルフィーは、隣で歩くエストにずっと話しかけていた。
しかし、途中から答えるのが面倒になったエストは、自身の右側に
すっかり懐いた鳥に、名前を付けることにした。
「2つ案がある。ひとつはヒジョウショク。もうひとつはネフ」
『ピピッ! ピーッ!』
「ヒジョウショク?」
『……(ブンブン)』
「ネフ?」
『……(コク)』
「え〜、ヒジョウショクの方が良いと思う」
『ピィィッ!』
「はいはい。ネフね、わかった」
ネフを肩に乗せると、指先に小さな土の板を作った。
小指の先よりも少し小さなソレに、『ネフ』と名前を彫る。そして火魔術で均一に熱することで、エストの制限から離れた、土器の名札が完成した。
ネフの足に付けようとしたところ飛行の邪魔になりそうだったので、首から下げられるような形に変えた。
「邪魔だったら外していいよ」
『ピーッ! ピッピ!』
「嬉しそうでよかった」
早速ネフは、話を無視され続けるパルフィーの前に飛び、自分は相手にしてもらえるんだぞとアピールした。
鳥にマウントを取られるパルフィー。
あまりにも残酷な仕打ちに気を失いそうになるが、その名札が土器で作られていることに注目した。
「もしや、エスト様は土器の知識もお持ちなのですか!?」
「え? まぁね。魔術を理解する上でも役に立ったし。それが何?」
今のパルフィーは、エストととの繋がりを最優先に考えている。いかにして協力を得て、利益を生むのか。
商人を初めて10年。25歳の獣人男性は、これでもかと思考の海を潜っていく。
そして遂に──決断する時がきた。
「エスト様がお造りになられた土器を、このパルフィーが売りましょう!」
「あっそ。嫌だけど」
「ええ、是非! …………え?」
「君は知らないけど、僕はお金に困ってない。商売に加担する気も無ければ、手伝う理由も無い。僕を巻き込まないでくれるかな」
商売の知識は得られるだろうが、それはエストの求めるものではない。常に客と利益を考える生活が窮屈であると考えたエストは、パルフィーの商談を断った。
せっかく学園という空間から抜け出したのだ。
しばらくは余計なことを考えたくない。
それからは魔術が無くても静かな時間が訪れ、遂に帝都と街を繋ぐ森を抜け、小高い丘に出た。
澄み渡る青空に向かって体を伸ばすと、エストはパルフィーの目を見て言った。
「君が僕ではなくお金を見ているように、僕は君ではなく魔術を見てる。お互い様だよ」
「……エスト様」
「じゃあね。その馬、一日は持つはずだから」
氷漬けになった馬を土の馬と繋ぐと、エストはオークを引き摺って歩いて行く。
旅とは出会いと別れの連続であり、出会った以上は別れることで話のネタになる。
いつかまた再会した時、笑顔で話せばいい。
そう信じているエストは、ネフと共に街の門をくぐった。
「ネフ、肉屋を探せる?」
『ピーッ!』
「じゃあ頼んだ。肉にされないようにね」
ギョッと振り返るネフだが、首から名札を下げている以上、捕まっても逃がされるはずだ。
相棒に仕事を与えたエストは、ぶらぶらと街を歩くことにした。
「そこの兄ちゃん! この果物、どうだ?」
「……2つください」
「400、いや、300リカだ!」
「ありがとう。美味しく食べるね」
売り出しが難しくなった八百屋でオレンジ色の果物を買うと、パタパタと羽ばたくネフが視界に入った。
人差し指を曲げると、そこに止まったネフは翼を広げて肉屋の方を指した。
「よくやった。後でこれあげる」
『ピーッ!』
果物を凍らせてから背嚢に仕舞うと、ネフを頭に乗せて肉屋に顔を出した。
「どうも。このオーク肉、買わない?」
「あぁ? ……おいおい嘘だろ!?」
「どう? 凍ってるから腐ってないよ」
「買った! 30万リカでどうだ?」
「20でいい。処分に困ってたから」
筋骨隆々のスキンヘッドの店主は、力強いガッツポーズをしてから代金を支払った。
皮袋の中を確認すると、しっかり20万リカが入っていた。
胴体だけでエストの身長よりも大きい肉を、店主一人で運び込んだ。
「ありがとよ! 少年」
手を振って肉屋を離れたエストは、弾むような気持ちで冒険者ギルドへ向かう。
頭上のネフも歌い出し、2人して喜んでいた。
ただ、そのせいで前を見ていなかった。
ギルドに入ってすぐ、前に立っていた人にぶつかった。
相手は尻もちをついてエストの顔を見ると、キッと睨みつける。
「ちょっと! どこ見て歩いてんのよ!」
「ごめん。前見てなかった」
「はぁ? アタシがチビだとでも言いたいワケ!?」
「え? あぁ、ホントだ。小さいね」
肩の上で切り揃えられた水色の髪。
頭にある耳は獣のようで、睨む瞳は透き通った黄金。
小柄な体格だが、その立ち姿から剣士に見える。
しかし、魔術師のように鍛錬を積んだ魔力を放っていた。
「……許さない。絶対に許さないわ!」
「あ……うん」
「アンタ、アタシと戦いなさい! その綺麗な顔、ボコボコにしてあげるわ!」
淀みのない美しい声で、決闘を申し込まれた。
「……不運だ」
『……ピィ』
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