第193話 黄金と水玉


「どうしてこんな所にガリオさんが?」



 慌ててシスティリアにもたれかかっていた姿勢を正したエストは、続々と大部屋に入るガリオたちに向き直った。


 いつもの4人の他に知らない男がひとり混じっているのを見て、傍に置いていた杖に手をかけた。



「ニルマースで言ったろ? 未踏破のダンジョンを攻略して回ってるんだよ」


「たまたま当たったのか……凄い偶然だね」


「おうよ! で、主魔物はどんな奴だった?」


「それよりも──君は誰かな?」



 離れた位置でミィと共に大部屋に張られた巣を見上げている男に問う。

 煌びやかな黄金の髪は剣の邪魔にならない短さで整えられ、同色の瞳から察するに光の適性を持っている。歳は20を過ぎたくらいか、程よくついた筋肉が整った顔立ちをより引き立て、高貴な雰囲気を放つ。


 会ったことは無いが、どこかで見たような感覚を覚えたエスト。



 睨みつけるような視線を送ると、顔を青ざめさせながら近づいて来た男が、胸に手を当てて礼をした。



「は、初めまして。ガリオ殿のパーティで治癒士をやっているリパルドという」


「そう。僕は君をどこかで見たことがあるよ。臭かったと思う」


「くっ、臭かった? そんなはずは……」



 咄嗟に軽鎧越しに臭いを確かめるリパルドを見て、システィリアがぽんと手を打つ。



「……アレよ! 王都に来る前、アンデッドの谷で戦ってた男じゃない?」


「それだ。システィがBランクの腕はあるって言ってた剣士。ごめんね、臭かったのは君じゃなかった」


「か、構わない。誤解がとけて何よりだ」



 リパルドのことは覚えていなくても、システィリアの発言を覚えていたエストは、小さく頭を下げた。


 治癒士と言うには些か戦闘に特化した鍛錬を積んだリパルドは、短い間とはいえガリオと旅をしたことで、2人の“有り得なさ”に気づけてしまった。


 丁寧に処理がされた皮の上に座っているエストだが、一切隙が無いのだ。

 感覚的に、部屋の隅々までエストの魔法陣が展開されているような、敵意を向けた瞬間に殺される未来が見えた。


 そしてその隣でリパルドを値踏みするような目で見るシスティリアは、あえて隙を晒していた。

 食虫植物が甘い蜜の香りを放つが如く作られた隙は、その一点のみでしか近づけさせない、そんな恐ろしい罠である。


 敵対すれば確実に殺されると悟った瞬間、ガリオが肩に手を置いた。



「そう怯えんな。この2人は仲間だ」


「……ふぅぅ。分かっている」



 リパルドの緊張感が幾らか和らぐと、エストも軽く放出していた魔力を収めた。


 すると、システィリアがエストの首元に鼻を近づけ、匂いが弱くなったことに悔しそうな表情を浮かべては、エストは頭を撫でていた。


 何も知らなければただのスキンシップだが、リパルドはミィより獣人の耳に触れる恐ろしさを知っている。



「それでエスト、主はどんな魔物だったんだ?」


「わからない。野生のドゥルムスピンが住み着いていて、魔石しか見つかってないんだ」


「野生のドゥルムスピンだと!? お前ら!」



 ガリオの迫真の叫びにパーティ全員が戦闘態勢をとるが、無論ここにドゥルムスピンは居ない。

 いつ襲ってきてもいいように構えていると、半透明の魔法陣を出したエストが、頭部だけ溶け落ちたドゥルムスピンの死体を出す。



「おいおい……倒したっていうのか!?」


「エストっちの魔術はアダマンタイトも溶かすのかニャ?」


「ううん、全く歯が立たなかったよ。でもシスティが妙案を出してくれてね。怪我も無く勝てたんだ」


「嘘おっしゃい! アンタの指が2本消えたの、ちゃんと覚えてるんだから」



 初めて見るドゥルムスピンの死体に触れないように観察しながら、さも無傷で倒したかのように語るエスト。

 すかさずシスティリアが訂正したから恐ろしい魔物として認識できたものの、この魔物をたった2人で、それも野生個体となると話は変わる。


 エストの周りはいつも何かが起きると思ったガリオは、純粋に成果を褒めたたえた。



「……っと、そろそろ戻らねぇと」



 ドゥルムスピンについてもっと語りたそうにしていたガリオだったが、あまりゆっくりは出来ないようだ。



「もう行くの?」


「実は今、護衛依頼の途中でな。馬車がピュートゥに壊されちまって、ダンジョンの入口で待たせてんだ」



 ガリオたちを襲った不運を憐れむ2人。

 しかし、困った時はお互い様だと、馬車の破壊状況を確認しようと言う。


 渡りに船といったエストたちとの合流を果たしたガリオは、道中何度もお礼の言葉を口にしながら、入口まで先導した。




 日が傾き初め、暮れるまでに王都に着くか分からないといった状況の中、運良くダンジョンの入口に避難できたエイス・ロックリアとその従者は、前方で半壊した馬車を眺めていた。


 ピュートゥという大型の鳥の魔物に馬車を掴まれ、数十秒ほど空へ運ばれた後に落とされたのだ。


 幸運にもエストが動かした木々が衝撃を和らげ、全員無事という結果を生んだが、肝心の足が無くなってしまった。



「はぁ……流石にアレは勝てないよぉ」



 澄んだ空のような髪を指でくるくると巻きながら、ピュートゥと戦う姿を夢想する。


 今回の護衛に指名したAランクパーティも、空中で落としては大惨事になると考え、手が出せなかったのだ。

 何とも不幸な波に呑まれてしまったと溜め息を吐いていると、ダンジョンの奥から足音が聞こえてくる。


 ここから王都まで歩くことになると思っていたところ、見慣れぬ男女がガリオの後ろに居た。


 そしてガリオが帰還の報告をする前に、立ち上がったエイス・ロックリアは指をさし──



「ああああ! あの時のカッコイイ魔術師!」



 4年ぶりにを果たしたエストに、歓喜の悲鳴を上げながら突撃した。

 両腕を伸ばし、エストに抱きつこうとした瞬間、システィリアの腰の入った強烈な拳が鳩尾を抉り、ダンジョンの外まで吹っ飛んでいく。


 胃の中の物をぶちまけながら馬車に激突し、半壊状態の馬車は全壊へと変わってしまう。

 二度の衝撃でも気絶しなかったエイスは、涙と鼻水を垂れ流しながら睨む。



「おいおい、なんてことしてんだ!」


「アタシの横でエストに抱きついていい女は2人だけなの。あんな得体の知れない奴、死ねばいいわ」


「おお、珍しく本気で怒ってる」


「アイツ、鍛えているのか耐えたわね。次はちゃんと腕に力を入れて殴りましょうか」



 ふつふつと煮え滾る殺意を隠しもしないシスティリアから、ガリオとエスト以外の面々はそっと距離を置いた。


 その中でもリパルドは、人間があれだけ吹っ飛んだにも関わらず力を入れていないという発言に、一昨日戦ったワイバーンとは比べ物にならない恐怖心を抱く。



 ガリオと従者がエイスの容態を確認すると、あばらが数本折れていると言う。



「あ、あれ? ……痛くない」


「お嬢様、肋が折れて痛くないわけなど……」



 リパルドが治癒してくれたのかと思うガリオだったが、拳を握るシスティリアに怯えている様子から、エストがやったのだと確信した。


 当のエストはと言えば、自分を守ろうとしてくれたシスティリアを優しく抱きしめ、背中を撫でていた。


 治癒対象を見もせずに快復させる腕に舌を巻く。

 一体何を食ったらそんな芸当が出来るのかと思いながら、2人を連れて入口に戻ったガリオ。


 歯を食いしばってシスティリアを睨むエイスは、放たれた殺気に震え上がった。



「な、何者よ! 私を殴るなんて、ゆ、許さない!」


「あら、失礼。アタシの旦那に虫がつきそうだったから追い払っただけなの。まさか人間だとは思わなかったわ」


「私を虫扱いですって!? 不敬よ! 死罪にしてやるんだから!」


「羽音がうるさいわね。アンタの指を──」



 これ以上は埒が明かないので、エストはそっと彼女の唇に人差し指を当て、『しーっ』と言って止めた。

 せっかくのデートで嫌な思いをしてほしくないと、優しく微笑みながら彼女の両手を取り、視界にエイスが入らないよう自身が前に立つ。


 ようやく落ち着いたのか、逆立たせていた尻尾が元に戻ったのを見て、話し合いをしようと言う。



「それで、君は誰かな? 僕も初対面の人に抱きつかれるのは嫌だったから、印象は悪いよ?」


「……初対面じゃない。4年前、帝国とロックリアを繋ぐ街道で私にゴブリンを倒させてくれた!」


「4年前? ……学園に居た頃か。記憶にない」



 その後の旅があまりに鮮烈な記憶を刻み込んだエストの頭には、道中ですれ違った程度の人は憶えていない。


 髪色と瞳から分かる水の適性。

 システィリアの拳を腹に受けても気絶しない丈夫な肉体。そして、怯えながらも一歩も引かない鋼の精神。


 令嬢然とした外見からは想像もできない、冒険者のような少女など、ちゃんと話せば覚えられる人間である。



「じゃあ……もういい。とっておきの秘密を教えてあげる」



 懐から家紋の刻まれた短剣を取り出したエイスは、凛とした表情で顔を上げる。

 家紋が見えるように胸の前に掲げ、エストの目を見た。



「私の名前はエイス・ロックリア。由緒正しきロックリア伯爵家の長女で、Cランクの冒険者。そして──」






「賢者エスト。あなたの実の姉です」

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