第417話 紅狼の入学試験
ウルティスの修行開始から1年が経ち、季節は春を目前に控えた頃。
「まさか全試験受けるとはね」
「えっと〜、基礎教養と、魔術史と、魔術理論と、実技! お兄ちゃん、あたし大丈夫だよ?」
「……本当に?」
「ふっふっふ! 人族語でも獣人語でもいけるよ!」
「それを聞くと余計に不安になるね」
「どうして!?」
エストは学園長から貰った試験日程を見ると、特別措置ナシでの入学をウルティスが希望したため、一般生徒と同じ試験を受けることになった。
教養や魔術史はアリアと魔女がみっちり教え、魔術理論と実技は、エストとシスティリアによって磨かれている。
名前を書き忘れたり、答案がひとつズレたりしない限りは合格間違い無しだが……ウルティスならやりかねない。
「実技は指示が無い限り手加減するんだよ?」
「……指示されたら?」
「死人が出ない程度に見せつける」
「わかった!」
元気に返事をしたウルティスは、当日はひとりで行くと言うので、早いうちに帝都までの旅支度を始めた。
「学園も可哀想ね。とんでもない子が入学しようとしてるんだもの」
システィリアの独り言を聞いて、アリアが指を顎に当てて首を傾げた。
「実力的にはAランク中位かな〜?」
「経験的にはDランク以下だよ」
「間をとってCランクじゃな」
「魔術師としてはどうかな〜?」
「宮廷魔術師をボコボコにできるよ。総魔力量は僕の1割。オールスの5倍ってところかな」
「うひゃ〜、対抗戦荒れるね〜」
「楽しみじゃな」
「応援席、早めに取らないと」
「……全く、呑気ねぇ」
呆れたようにシスティリアが呟くが、基本的にエストたち3人は限度というものを知らない。
歳相応の実力を知らないために、自分の持つ全てを注ぎ込んで教育する。
その点システィリアは、幼い冒険者をよく見ていたのでよく分かる。ウルティスの持つ力が、同年代ではかなり逸脱していることが。
そして、入試の10日ほど前に、ウルティスはレガンディ発、帝都行きの馬車に乗り込んだ。
持ち物は小さめの背嚢ひとつと、ショートソードが1本。
あまりにも荷物が少なく見えるが、背嚢は空間拡張の術式が組み込まれた魔道具になっており、中にあるドラゴンの魔石から魔力を供給している。
ショートソードもブロフに特注した、アダマンタイト、ミスリル、鋼の合金であり、重すぎす軽すぎない、買えば8桁リカはする高級な1本だ。
実際エストは、6000万リカと燃料用魔石を支払っている。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。楽しんで」
「は〜い!」
馬車から身を乗り出して手を振るウルティス。
氷獄での修行を経て、極限環境の野営にも自信はあるのだろうが、それでも妹の旅立ちが不安なエストは、馬車が見えなくなるまで門前で立っていた。
「寮生活……大丈夫かな」
「毎日送迎も大変でしょ?」
「転移魔法陣を置いても、悪用されたら敵わんぞ」
「だいじょ〜ぶ。何とかなるなる〜」
楽観的なアリアに手を引かれて、エストは帰ることにした。
今のウルティスなら、ワイバーン相手でも勝てるはずなのだ。過保護なお兄ちゃんはもう辞めようと、前を向いて歩く。
「頑張れウルティス。兄離れの時だ」
「妹離れ出来てない人が言うと説得力あるわね」
「……うん」
妻には勝てそうにない、エストである。
◆ ◇ ◆
特に魔物や盗賊の襲撃もなく帝都に着いたウルティスは、御者に尋ねて魔術学園までの道を歩く。
あっちへキョロキョロ、こっちへキョロキョロ。時間には随分と余裕を持って訪れたので、寄り道をすることにした。
「こんにちは!」
「いらっしゃい」
「ここは何のお店ですか?」
「魔道具屋だよ。知らずに来たのか?」
ウルティスが入ったのは、メインストリートにあるが繁盛しているとは言えない、工房が隣接された魔道具屋だった。
物珍しそうに棚の魔道具を見る少女に、店主のおじさんは心配そうに見ている。
「獣人の子どもがひとりで出歩いて大丈夫か?」
「大丈夫! お兄ちゃんに『知らない人に着いて行っちゃダメ』って言われてるから!」
「そ、そうか。そのお兄ちゃんは居ないのか?」
「来てないよ? あたし、入学試験を受けるの!」
「……魔術学園か。いや待て、獣人が受けられるのか?」
「うん! 全部合格したら入れるって言ってた!」
パッと花が咲いたように笑うウルティスに、心配していたおじさんは相好を崩す。
面白そうに魔道具を手に取っては、首を傾げては頷き、棚に戻す姿は常連だった少年を思い出させた。
彼は魔道具に関しての質問を幾つもぶつけては、デザインや人の好みに合わせる案を出したが、目の前の少女は違った。
「……移動術式。これ色を入れ替えるんだ。インクが混ざらないように弁もされてる! それに……可愛い」
「良い分析だ。魔道具の知識があるのか?」
「お兄ちゃんが同じの作ってるの、見てたから」
今しがた少女が手にしたインクケースは、かつて常連だった少年が発案し、今でも売れ筋商品であり、倒産を防いだ代物だ。
それを作れる者など、店主はひとりしか知らない。
「なぁ、その兄ちゃんの名前……エストって言わねぇか?」
「お兄ちゃんを知ってるの!? ……あ、でもお兄ちゃん有名人だった」
「ガハハ! ならエストの坊で間違いねぇ。にしても妹が居たのか。また何か入用ならウチに来な。あと店の商品を勝手に作るなと言っておいてくれ」
やはり。どことなく雰囲気が似ているのだ。
店主の言葉に笑顔で頷いたウルティスは、試験の時間までまだ少しあるが、学園に向かうことにした。
軽い足取りのウルティスは尻尾を揺らす。
大好きなエストの名前は勿論のこと、本人が通っていた店に行けることが堪らなく嬉しいのだ。
憧れの人の足跡を辿る。そんな気持ちである。
「受験される方はこちらへお並びください」
「は〜い!」
平民、貴族問わず数多の受験者とその親が並ぶ校舎前にて。
案内人の言葉に元気よく返事をしたウルティスは、周囲の視線を一瞬にして集めてしまった。
◇ ◆ ◇
「なぜ獣人風情が魔術学園の敷地内に居る? 汚らわしい。即刻つまみ出せ」
「次年度より、種族を問わず魔術師を志す生徒を募集しております」
どこかの貴族であろう豪奢な服を着た青髪の男が、個別に付けられた案内人の答えに眉をひそめた。
「それは誰の意向だ?」
「バーガン皇帝陛下、ルージュレット第2皇女殿下、ネルメア学園長でございます。アカーム市長」
「……黙れ。二度とその汚い口を開くな」
アカーム市長の横柄な態度と暴言を受けて、案内人はずっと握りしめていた魔道具のボタンを押した。
すると、一般人には感知出来ない微弱な魔力が校舎へと伸び、対応する魔道具のランプが光った。それは学園長室にある、貴族に対応した案内人が分かる魔道具だ。
柔らかい椅子に座り、紫色の髪をハーフアップにした女がランプを見てニヤリと笑う。
「やれやれ、困ったものだ。伯爵の推薦状を持って来た市長が、獣人差別をするとはな。娘さんも可哀想に」
学園長ネルメアは手元の資料にある、アカーム市長の娘の紙を手に取ると、容赦なく不合格の印を押す。
しかし、親の失態とはいえ娘は光るものがあるかもしれない。試験は受けさせるとして、今のところ入学は絶望的である。
「ウルティス君……帝国に根付いた忌まわしい常識をぶっ壊してくれ」
◇ ◆ ◇
「午前は教養試験となります。受験札をお持ちの方は、こちらの教室にて対応する席に着いてください」
ウルティスが案内された教室に入ると、試験前のピリついた空気が、一瞬にして彼女の耳と尻尾、そして腰に差した剣への戸惑いに変わる。
ここはかつて、エストが3ヶ月通った教室だ。
教卓の後ろにある大きな黒板には、でかでかと『獣人差別禁止、差別発言した者は不合格とする』と書いてある。
また、試験時間と担当監督教員も記されていた。
左腕に付けていた時計を見ると、まだ15分ほど余裕があることを知った。
トパーズの髪留めを煌めかせて席に着くと、隣の席に座っていた少女から話しかけられる。
「あの……どうして受験したの?」
「お兄ちゃんに、友達が居た方が幸せだよ、って言われたから!」
「そ、そうですか……魔術師になりたいのではなく?」
「なろうと思ってなれるものじゃないよ? 魔術が楽しいと思えたら、魔術師の素質があるってお兄ちゃんが言ってた!」
「はあ……」
自分の意思は無いのか? と思う少女だったが、その兄が心の底から妹を想っていることは伝わった。
どうせ試験に落ちるだろうと、それから2人は言葉を交わすことはなく、試験が始まった。
与えられた大きなトレント紙を捲ると、問題文を見てウルティスは固まる。
いつも浮かべていた笑顔は仕舞い、真剣な表情で全ての文章を読み終えると、丁寧な字で解答を記していく。
(どれもアリアお姉ちゃんが教えてくれた問題だ。あれ? 確かこれは旧帝国のポリファ区で起きた反乱のお話だ! えっと〜、ゲルマド侯爵の騎士エルント主導で、枢機卿を巻き込んだ大きな反乱のはず!)
毎度、帝立魔術学園の教養試験には、明らかに基礎教養の域を超えた歴史の問題が組み込まれている。
帝国の歴史を学ぶ貴族の子息令嬢は多いが、旧帝国の歴史は文献があまりにも少ないため、貴族に関わらず知らない者が殆どである。
最終問題に置かれた旧帝国で起きた大規模な反乱の話は、文献がリューゼニス王国の王城にしかない、超貴重な資料をもとに設問された。
それから見直しをして、自己採点で満点だと胸を張って言えるウルティスは、余った40分を魔力制御の鍛錬に費やした。
……試験時間は90分。ものの50分で羽根ペンを置いた彼女を見て、試験監督は仕方なさそうに頷いた。
そして昼食は学園の食堂で山盛りを注文し、ペロリと平らげると午後の魔術史の試験会場にやって来た。
隣に座るのは午前と同じ少女だが、表情は明るくない。青く艶やかなストレートヘアーを、午前の試験に不満があったのか、くしゃくしゃにした跡がある。
「これ、使う?」
「え? ……いいの?」
「うん!」
ウルティスは小さな背嚢からブラシと櫛を取り出すと、少女に手渡した。
これはエストお手製の手入れ道具であり、渡した髪用以外にも、尻尾用のブラシや1回分が簡単に手に取れるボタニグラオイル、香水なども背嚢に入っている。
スルスルと髪を梳かした少女は、ウルティスにお礼を言ってから返した。
「午後も頑張ろーね!」
「え、ええ! ありがとう」
午後の魔術史の試験も、ウルティスにとっては常識的な問題しか書いておらず、興が乗って補足や背後にあった時事問題なども書き記した。
エストが『魔術の歴史はリューゼニスから始まる』と言い、魔術を絡めた歴史の覚え方や当時流行った術式、思想などを教えたため、これまた最終問題の難題も簡単に解いてしまった。
そして暇になったウルティスは、またもや魔力制御で時間を潰すのだった。
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