第418話 強い子ウルティス
試験は2日間に渡って行われ、宿で目を覚ましたウルティスは朝支度を終えて学園の外周、帝都の内周を走り込む。
魔術の高速発動のために走りながら魔術の発動、消去を繰り返し、2周すると宿に帰って水桶を買う。
裏手で桶の水を温め、汗をさっぱり洗い流した後は髪と尻尾の手入れをする。それからご飯をモリモリ食べ、2日目の試験に挑む。
「午前は魔術理論の試験なのね」
「苦手?」
「ええ、まあ。4つの構成要素を覚えるのに、一年以上掛かりましたから……」
「へ〜。本当に基礎もなってないんだね!」
「はい?」
満面の笑みで貶すウルティスに、面食らってしまう昨日の少女。
「ばっ、バカにしたわね!?」
「だって、お兄ちゃん言ってたもん。学園は単魔法陣すらまともに使えない人が多いって。構成要素は最低6つだよ?」
「何を言ってるの? 私は4つだと習ったわ!」
「そうかな〜? う〜ん、まぁいいや」
ウルティスの中でエストは絶対である。
それがただの盲信ならまだ良かったのだが、エストがこの世の魔術師で唯一『答え』を知っているため、必然的に絶対となってしまう。
精霊にすら認められた魔術師をどうして信じないのか。ウルティスは隣の少女に哀れみの目を向け、そっと視線を外した。
「──では、試験開始」
監督の合図で問題文を読み始め、ウルティスは首を傾げる。
理由は単純。
あまりにも基礎的な問題しかないために、わざわざ問題にする意味を感じなかったのだ。
問題文を縦読みしたり斜め読みしても、隠された意図が見えない。
つまり、本気で基礎中の基礎を問われているということ。
(最後は〜、魔道書に無い魔法陣を描け? 確かお兄ちゃんの使う魔術はほとんど魔道書に無いんだけど……あ! あたしに作ってくれた術式がいいかな?)
満点は取らせない。そんな意図がひしひしと伝わる最終問題は、魔道書に無いからと適当に答えただけでは不正解になる。
ちゃんと魔術として機能する物を描かなくてはならないため、受験者の全員が答えられないはずだ。
この問題の難易度としては、宮廷魔術師でも副師団長クラスでようやく答えられるもの。つまり、学生にはまず不可能なのだ。
(枠いっぱいあるし、接合魔法陣と多重魔法陣、全部描いちゃお〜。およ〜? 綺麗な丸が描けた。でもお兄ちゃんの方が綺麗かも。もっと練習しないと)
内心で呟きながら、スラスラと魔法文字を書いていく。他の受験者と違い、答案用紙をくるくる回して書いているため、チラチラと視線が向けられる。
だが、これは仕方のないこと。
紙を動かさずに円に沿って魔法文字を書くなど、何万回と書いて身につく技術だからだ。
ウルティスはまだ、そこまで練習していない。
(かんせ〜い。インクが赤だったらな〜。お兄ちゃん、ドラゴンの魔石を使った火属性のインク作ってたっけ。あたしもいつか作れるかな〜?)
完答した後は、恒例の魔力制御タイムである。
それでも暇な時間が20分ほどあるので、上唇の上に羽根ペンを乗せ、つま先から耳の先まで魔力の流れを意識して待つことにした。
ペンの維持と制御の維持が絶妙に難しいため、これぐらいがちょうどいい鍛錬なのだ。
「──終了。ペンを置いてください。午後は実技試験なので、案内人の指示に従って第2演習場に行ってください」
試験が終わり、ふと隣を見れば少女はまた頭を抱えていた。どれだけ自信が無いのか、逆にウルティスの興味を引いてしまう。
だが、話しかけるのも可哀想なので足早に食堂へ行った。
「何食べよっかな〜? むむむ?
大好物を見つけて興奮するウルティス。
目を輝かせ、尻尾をぶんぶん振りながら受け取り口に行くと、元気よく「ありがとう!」と言えば、料理人たちの頬が緩む。
学園生もそうだが、基本的に食堂の料理人にお礼を言わない。
貴族教育を受けたものが多いためか、やって当たり前、という認識が強く、滅多なことでは感謝の言葉を掛けて貰えないのだ。
しかしウルティスは、エストたちから感謝と謝罪は大事だと教わり、満面の笑みで感謝を伝える。
そうして、ただ昼ご飯を食べるだけで、料理人からウルティスの好感度は信じられないほど高くなっていく。
「ふ〜、お腹いっぱい。お姉さまの料理の次の次に美味しかったな〜」
午後になると、言われた通りに第2演習場に来たウルティスは、皆が持ってきていた杖を見て、首を傾げた。
そこで見知った青髪の少女に近付き、彼女も持っていた杖を指さす。
「どうして杖を持ってるの?」
「……はい? 魔術を使うなら、杖は必需品でしょ?」
魔術師としてはまともな答えだが、ウルティスは首を横に振る。
「必要じゃないよ? だって、剣が振れないもん。だからお兄ちゃんは杖を剣と槍にしてるし、お姉さまも杖を持ってない」
「……言ってる意味が分からないわ」
「杖、魔力の通りが悪くならない?」
「魔力の通り?」
「う〜ん……いいや! なんでもな〜い!」
「はあ」
面倒くさくなったウルティスは少女から離れ、魔力制御の鍛錬を始める。
やはり獣人の彼女は酷く目立っているのだが、本人に自覚は無いらしい。王都でアイドル的人気を誇るウルティスにとって、雑念混じりの視線は返す意味が無いのだ。
そして最終試験でもある実技試験が始まると、皆思い思いの得意魔術を放つ。
大抵が初級魔術を失敗するか、発動しても
その時は「天才だ!」と騒ぎになったのだが、ウルティスは鍛錬に集中していたため気付かなかった。
「ではウルティスさん。好きな魔術を使ってください」
「全力ですか〜?」
「はい。あの……杖は?」
「要らないよ? でも、本当に全力でいいの?」
「問題ありません」
「はいは〜い」
緩く返事をしながら前に出るウルティス。
ヒソヒソと獣人の彼女に対する偏見や『どうせショボイ魔術』などと話し声が聞こえる中、右手を真っ直ぐ前に出した。
次の瞬間、尋常ではない魔力の高まりが場を支配すると、小さな唇から紡がれるのは、全てを燃やし尽くす魔術の名。
「──
魔法陣を出すことなく、右手の先から轟々と炎が噴き出し、瞬く間にウルティスの前方広範囲を真紅に染める。
炎に呑み込まれた的は焼失し、演習場内の結界が音を立てて震えた。
その光景に皆が唖然とし、担当教員も口をあんぐり開けている。
「これでいいの〜?」
「は…………はいっ」
過去の実技試験で、10歳でありながら上級魔術を放たれたことは無い。それも、上級火魔術は特に有り得ないとされていた。
何故なら──
「本来の
「あ! 学園長さんだ! おはよ〜ございます」
演習場に入ってきた学園長に騒然とする受験者たち。それに一番驚いていたのは、ウルティスの隣で試験を受けていた青髪の少女だろう。
「うむ、おはよう。で、私の読みはどうだ?」
「正解だよ? お兄ちゃんにね、『一番危険な魔術だけど、使いこなしたらまず負けない』って言われたから、いっぱい練習した!」
「やはりな、素晴らしい。さて、的の補充はある。試験を続けたまえ」
雑談も程々に学園長が去ると、全員がウルティスから一定の距離を置いた。
あれだけ恐ろしい魔術を使いこなせると言われたら、近付くのが怖くなるもの無理はない。
ウルティスが愛らしくても、あの魔術を見るとどうしても近寄り難かった。
それから3日後のこと。
試験の翌日にウルティスが冒険者カードが作ると、エストからこれまでに彼女が倒した分の報酬が振り込まれた。
その金額、実に318万リカ。
それも、魔石での支払いである。
一般人の年収に少し届かないぐらいだ。
「いきなりDランク〜! やったー!」
「ふふ、ウルティスさんは元気いっぱいですね」
「ローズさんは元気じゃないの〜?」
「元気ですよ! そうだ、お昼ご一緒にどうですか?」
「行く〜! 美味しいお店、知りたい!」
「任せてください。帝都の魅力、たっぷり味わってもらいますから!」
胸を張った受付嬢ローズと共に、帝都のランチを楽しむウルティスだった。
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