第419話 笑顔で薙ぎ倒す


「ウルティスさん、本日は合格発表の日ではありませんでしたか?」


「え、そうだっけ? 見てくる〜!」


「行ってらっしゃい」


「行ってきま……ぁ〜……!」



 ランチから2日が経った。

 受付嬢ローズと仲良くなったウルティスは、冒険者ギルドから学園へと凄まじい速度で走って行った。


 獣人ならではの身体能力の高さだが、動きのキレが他の冒険者より格段に良かった。

 そのため、強い冒険者ほど、ウルティスが積み重ねた努力に目を見張る。


 帝都のギルドに新たな風が吹いたと、冒険者と職員合わせて、皆がウルティスの味方になった。



「──え〜っと、あたしの番号は……あった!」



 希望者は家や宿に合格通知が来ているのだが、ウルティスはそうでないためにグラウンドで合格者の欄を見ていた。


 すると、点数順に並べられた名前の中で、最初にウルティスの名前があった。



「400点満点だ! がくひめんじょ? ほぇ〜」



 ただひとり、満点を取ったのがウルティスだ。

 2番目の公爵家の息子でさえ、345点である。

 その下は315点と、10位までは300点前後が続いている辺り、成績優秀者は300点を超えたかどうかだろう。


 そこで現れたのが、前代未聞の400点。

 教養、魔術史、魔術理論、実技が満点というのは極めて異例の結果であり、ウルティスには5年間の学費免除と学食で使える優待札が与えられる。


 だが、その結果に納得のいかない者は多い。

 特に貴族の者たちは、獣人のウルティスが満点を取ったことや、そもそも受験したことに対して難癖をつけたのだ。


 学園長は入学取り消しをチラつかせて黙らせ、『影』を使って虎の尾を踏まないように監視をつけた。


 もっとも、学園長はその人を虎だなんて思っていない。

 ウルティスが傷つけば、出てくるのは虎が尻尾を巻いて逃げる、ドラゴンよりも恐ろしい人間だ。



「ウルティスさん、女子寮へ案内致します」


「は〜い。制服? はどこで作るの〜?」



 ウルティスの近くに居た女性職員が話しかけてくれたので、合格した後は何をすればいいのか、道すがら聞くことにした。



「既にご用意出来ております。寮母に受験札を見せれば、直ぐに袖を通せますよ」


「おお〜! あ、尻尾の穴はある〜?」


「勿論ございます。デザインにはあの服飾士レティ様が名乗りを上げまして、今年度より制服が変わったのです! 職員含め全員ですよ!」



 職員の服も一新されたらしく、あの伝説の……と言われるレティが自ら手掛けたデザインに、興奮してその素晴らしさを語っていた。


 それを聞いて、私服がレティ製であることは黙っていた方がいいと、ウルティスは判断したようだ。


 英断である。



 グラウンドから5分ほど歩き、小さな林の中にある館の前で止まった。



「こちらが女子寮です。ウルティスさんに割り当てられた部屋は、201号室ですね。鍵は紛失されますと罰金3万リカになりますので、くれぐれも失くさないように」


「は〜い。他に気をつけることはある?」


「特にございません。朝と夕の食事は寮母が作られるので、リクエストしたい場合は材料を持ち込むといいですよ」


「うん! お風呂はある……よね?」


「もちろんございますよ。入浴時間は寮内に張り出されております」


「じゃあ聞くことないかも! ありがとう!」


「これからの学園生活、楽しんでくださいね」



 説明を終え、寮に入るウルティスを見送ってから、職員は懐から魔道具を取り出し、魔力を流して起動する。



「案内を終えました。護衛を続けますか?」


『必要無いだろう。ただ、いじめには目を光らせろ。Aクラスだから貴族の子どもが多い。そちらの監視と合わせて、我々の持てる力で差別を無くすぞ』



 魔道具から聞こえてきたのは、学園長の声である。これは冒険者カードにも使われている、雷魔術を用いた通信用魔道具だ。


 そして案内を務めた彼女は、学園長の『影』がひとり、潜入捜査のプロフェッショナルである。



「はい。ところで……」


『どうした?』


「ウルティスさん……とても可愛らしかったです。あんなに生き生きとした獣人の方は初めて見ました」


『ハハ! あのエスト君が手入れを重ねたようだからな。そこらの人間より愛されているぞ』


「髪もサラサラで耳もふわふわで、尻尾はもふもふしていました。ほのかに柑橘の香りもして……お嬢様みたいな印象ですね」


『ああ。だから心身共に傷つけさせる訳にはいかない。何としても守らねば、帝都が灰も残さず消えてしまう』


「はっ。これより帰還します」



 仕事モードに切り替えた影は、足音と足跡を消して校舎へ戻る。

 そんな彼女が、最強の影と言われるミツキの部下であることを知っているのは、学園長だけである。




◇ ◇ ◇




「寮母さん、授業って明明後日しあさってからだよね? 今日と明日、ダンジョン行ってもいい?」



 自分の部屋を確認したウルティスは、面倒くさそうな事から逃げるように、剣と背嚢を持って寮母を尋ねた。

 女子寮の寮母は、6年前と変わっていない。



「許可できません。明後日の入学式でスピーチがあるでしょ?」


「アレ、あたしじゃないとダメ〜?」


「首席合格者の責務よ。机の上に置いてあったでしょ?」



 確かにウルティスの机には、スピーチの案内が届いていた。明日は予行練習もやるので校舎に来て欲しいとも、学食の優待札を渡したいとも書いてあった。


 スピーチは気が乗らないが、学食食べ放題は見逃せない。その2つを天秤にかけた時、傾いたのは言うまでもなく学食である。


 耳をぺたんと垂れさせながら、小さく返事をした。




 それから数度の交渉を経て、帝都散策の許可を得たウルティスは、隠れた名店を探して一日中歩き回った。

 夕食の時間に帰寮するも、新1年生を含めて学園生の獣人はウルティスだけのようで、誰からも話しかけられることは無かった。


 寮母の料理に舌鼓を打った後は、自室でひたすらに魔術の鍛錬と魔道書の読み込みをする。


 エストに与えられた手書きの術式解読の指南書や、戦いで使いやすい『型』を記したメモ。学園の図書館にある研究報告書のタイトルなど、空き時間を無駄にさせない紙の束に齧り付く。


 入浴時間になると手早く済ませ、抜け毛で詰まらせないように毛は灰にしてから出てきた。



「あれ? 夜……どうやって過ごしてたっけ?」



 ふと、今までの生活を思い出す。

 空が暗くなれば料理の匂いがして、家族みんなで食べたあとは洗い物と、雑談の団欒を楽しんでいた。


 眠くなる前に風呂に入っては、エストに髪を乾かして欲しいとおねだりをして、髪の手入れをしてもらった。


 たまにエストとシスティリアの部屋で一緒に寝たが、普段はアリアと同じベッドで眠っていた。


 ひとりで寝るというのは、氷獄での生活以来だったが、その時は近くにシュンが居た。

 思えば、ちゃんとひとりの夜というのは、今日が初めてのことなのだ。



「あたし……助けて貰ってから、貰ってばっかり。ご飯も、居場所も、強さも……全部お兄ちゃんがくれた」



 ダンジョンで使われていた時は、自分が不幸なのかすら分からなかった。ただ両親が死に、大人に手を引かれてダンジョンで生きていた。


 だがエストに救われてから、本当の幸せが何かを知った。


 飢えることなく。着るものに困らなく。安心して眠れる場所。人族語が話せないうちは、獣人語を話してくれる。勉強もさせてくれた。魔術と剣術を学んだ。妹も出来た。


 何もかもが、満たされていた。


 ゆえに思う。何か、お返しがしたいと。



「お兄ちゃん、どうしたら喜んでくれるかな?」



 お金に困っている姿は見たことがない。むしろ魔道書を買ってシスティリアに正座させられるという、余裕のある家庭だと知っている。


 それに連なり、物に困ってもいなかった。

 無ければ作るし、作れないものはファルム商会で買っていた。



「お兄ちゃんが欲しいもの……なんだろう?」



 少しずつ重くなる瞼に抗い、それでもベッドに入って思案する。

 エストが欲しいと感じているもの。


 それは…………刺激。


 魔術の刺激。戦いの刺激。未知を進む刺激。


 前にボソッと呟いていた言葉を、ウルティスの耳は聞き逃さなかった。『魔物が弱くてつまらない』と。

 今のエストは、システィリアやアリアに叩きのめされることで、上がある世界を実感している。


 賢者という肩書きが魔術師の頂点である以上、エストは驕らないために自ら叩きのめされることを望んだのだ。


 その向上心たるや、まさに狂人の領域。


 ウルティスはあれほどまで貪欲で、素直で、恐ろしい人間は見たことがない。

 登った山に土を積むような人間。

 そんなエストに贈るものは、やはり刺激だろう。



「お兄ちゃんより……つよ……ぅ……なれば……」



 きっと笑ってくれる。それが恩返しになる。

 魔術学園という舞台で、いかにエストを超える鍵を見つけるか。

 ウルティスの5年間の目標が定まった瞬間である。


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