第108話 大量の魔石
「この杖の加工、儂にやらせろ」
ニカッと歯を見せたブロフに、エストは大きく頷いた。
製作者本人の一番弟子というのなら、杖を任せてもいいと判断したのだ。しかし、後ろから肩をトントンと叩く少女がひとり。
「エスト。彼が嘘をついている可能性もあるわ。ちゃんと任せるに値するか、確認してから預けなさい」
システィリアは子に諭す親のように囁くと、詐欺の可能性を考えもしなかったエストは立ち上がる。
「そうだね。ブロフ、工房まで案内できる?」
「ああ、着いてこい」
快く了承したブロフから杖を返してもらうと、3人は工房へと向かう。
魔道都市ラゴッドは、魔道書の新書や新たな魔道具という商品が数多く生まれるため、商人の出入りが多い。
また、街の四方にあるダンジョンを目当てに、冒険者の往来も激しく、装備品を扱う店は飛ぶように売れる。
商人が金属や魔物の革を仕入れ、鍛冶師や革細工師が装備品を作り、冒険者が買う。
そうして冒険者が納品した魔石を商人が他国へ運ぶというサイクルで、ラゴッドの経済は回っている。
しかし、そんなラゴッドで隠れるように奥まった場所に工房を構えるブロフは、お世辞にも売れているとは思えなかった。
「1階は静かだろ。工房は地下にある」
最低限の商品棚しか置かれていない、埃っぽい1階部分の奥に、地下へと続く階段があった。
階段の先、重そうな石の扉をくぐると、1階からは想像がつかないような手入れの行き届いた鍛冶場が広がっていた。
蓋の無い棺桶のような炉の前に置かれた金床や、乱雑に置かれているように見えるが手に取りやすい位置にある
ひと目でわかる、鍛冶への愛情。
工房に足を踏み入れることが躊躇われるほど、その空間は美しかった。
「信じてもらえたか? 儂は本気だ」
「……うん。僕の杖、ブロフに預けるよ」
エストはそう言って杖を差し出すが、ブロフは受け取ろうとしなかった。
その上で、少し申し訳なさそうに言う。
「すまない。儂から言ったことだが、実は火の魔石が足りなくてな。アダマンタイトを柔らかくするほど、熱くできねぇんだ」
「そうなの? じゃあ取ってくるよ」
「ちょうどいいわね。確か西の洞窟型ダンジョンで火のリザードマンが出てくるわ」
「ブロフ、どれくらい必要?」
渋い顔をしたブロフが炉の前に立つと、指を折って数を数えていく。
リザードマンの魔石はスケルトンと同じ大きさの、高効率で魔力を抽出できる優秀な魔石である。魔道具の触媒として使うなら、数十個もあれば足りるだろう。
「3000個だな」
「エスト、帰りましょう」
「2週間くらいかかるけどいい?」
「ちょっと、本気なの!? 3000個よ!?」
換金すれば一生は遊んで暮らせる額になるだろう。それらを全て杖の加工に使うというのは、対価として見合っていないと思うのが普通だ。
しかし、エストは集めることを前提として、何日かかるかを概算する。
初代賢者による修行を経て強くなった今なら、帝国で稼いだ時とは桁違いの勢いで集められる自信があった。
「先端だけだからな。全体なら10倍は要るぞ」
「ねぇ、ドワーフが20年かけて作った理由って、それが理由じゃないの?」
「ああ。アダマンタイトの加工で重要なのは、炉の温度だ。少しでも冷ましちまえばすぐ割れる」
「それでも3000個は……ア、アタシも手伝うわよ?」
あまりに多すぎる数にシスティリアが手を取るが、エストは首を横に振った。
「大丈夫。これは僕の仕事。システィはみんなの護衛っていう仕事があるように、僕は魔石を集める。ちゃんと夜には帰るから、安心して」
「……約束よ」
夜に帰る。それをちゃんと守ってくれるならと、彼女は手を離した。僅かに口角を上げたエストがシスティリアの頭を撫でると、ブロフがわざとらしく咳払いをする。
「オホン。依頼として出すこともできるが」
「う〜ん、ギルドに行くの面倒だからいいよ」
「……変わった奴だな」
「それより今日はもう帰ろう。お腹も空いたし。とりあえず明日の朝にいくつか魔石を取ってくるから、それから話を進めよう」
「
「……エストがそれでいいなら」
とりあえず加工の約束と魔石の収集を対価として払う、という形で話をまとめると、工房前でブロフと別れた2人は晩ご飯を食べに行く。
大通りにある酒場に入り、適当な席に座るとエストが嬉しそうに注文し始めた。
その様子を両肘をついて見ていたシスティリアが目尻を下げる。
「どうしたの? システィ」
「いいえ? 本当にエストと再会したんだな〜って。あの場で会えたのは奇跡だと思ったの」
「……確かに。でも、会えると信じてたよ。僕の思ってるシスティなら、あれだけ『待ってて』って言えば会いに来るから」
「ふふっ、アタシよりアタシのこと知ってる」
「好きだからね。本にも書いてあったよ。人は好きになれば、その人のことをもっと知りたくなるって」
さらりと言い放たれた言葉に、システィリアの頬は紅潮し、尻尾が揺れる。
たった2年会わなかっただけでここまで好意を示すようになるとは、誰も思わなかったのだ。
「……アタシも好き。だから、もっとエストのこと、教えて?」
「……う、うん。名前はエスト、13歳」
「そこから!? 全くアンタって人は……もう、ふふっ!」
「どうしてだろう……上手く喋れないんだ」
存外システィリアからの好意に弱いエストは、素直な気持ちをぶつけられるとたじたじになってしまう。旅での彼女のような反応だと気づいた時には、これが13歳が通る道か? とひとりで考えていた。
「そうだ、西のダンジョンはどんな感じ?」
「逃げたわね。えっと、洞窟型上昇式? っていうのかしら。階段をのぼって行くタイプよ」
「それなら上の方は人が少なそうだね」
「……それが、11層から人が居ないと思うわ」
「どうして?」
階層の主が強いのだろうか。
なんて考えていると、もっと単純な問題で人が居ないようだった。
「あのダンジョンは火山なの。上に行くほど暑くなるから、相当な腕の水魔術師が居ないと、息をするのも難しいのよ」
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