第107話 邂逅、鋼の職人


「アダマンタイト!? ……これはちょっと」



 両腕で抱えるようにして杖を持つ店主。

 鉄製の杖ならまだしも、希少金属であるアダマンタイトで作られた杖など、見たことも聞いたこともない。


 その重量は持ち運ぶのに適しておらず、改造以前の話だった。



「やっぱり硬すぎるよね、これ」


「それよりどこから出しました?」



 店主の質問には答えず、エストは杖を片手で受け取った。まるで重量を感じさせない持ち上げ方に、ぽかんと口を開ける店主。


 そんな店主を気にもとめずに踵を返したエストは、扉の前で立ち止まる。



「この杖は、1本作るのにドワーフが20年かけるらしいんだ。知り合いにドワーフとか居たら、向かいの宿に来てほしい」


「は、はぁ」


「あと、さっきは無理なことを言ってごめん」



 杖を片手に、エストは向かいの宿へと歩いて行く。

 何をしに来たんだ? と思う店主だったが、杖がアダマンタイトでできていることへの確信から、連絡の取れる職人を記した羊皮紙を取り出した。


 その中のひとりに、『ブロフ』という名前があった。


 トレントにアダマンタイトの杖を持ってきた少年が居た旨を綴ると、蝋封をする前に思案する。



「あの杖は……本物かもしれない」



 知識として存在する、伝説の杖。

 杖師どころか、鍛冶師ですらおとぎ話のように伝わっている、初代賢者リューゼニスが使ったというアダマンタイトの杖。


 重すぎて確認はできていないが、本物だとすれば銘があるはず。



「……聞いてみるだけ、アリだよな」



 販売員ではなく職人の目つきに変わると、ブロフに宛てた手紙に封をする。街を巻き込んだ大事になるかもしれないが、その時は陰に隠れることを己に誓った。


 冒険者ギルドに配達の依頼を出し、店主はその時が訪れるのを待つ。






 一方エストは、宿に戻ってベッドで寝転がっていた。魔道懐中時計を見ながら待っていると、ドアが開く。



「……た、ただいま」


「おかえり、システィ」



 若干照れた様子で帰ってきたシスティリアに、エストはハグをした。嬉しそうに振る尻尾を見ていると、鼻を鳴らした彼女が首を傾げる。



「どこか行ってたの?」


「向かいのお店にね。僕の杖を改造してもらおうと思ったんだけど、断られた」


「……あれを加工するのは諦めた方がいいわ。だって、ワイバーンを殴っても傷ひとつ付かなかったわよね?」


「うん。全力の火魔術も効かなかった」



 ジオの元で修行していた時から、杖の改造はやりたかったのだ。だが、同じ杖を持つジオ本人にも『人間には無理』だと言われた。


 実はエストの持っている杖は、過去にジオが落としたものをダンジョンが飲み込んでしまったものである。

 ダンジョンは飲み込んだものを魔力に分解する力があるので、人間の死体や装備品などは跡形も残らない。


 しかし、純度の高い金属や宝石は形が残るため、宝箱として排泄している、という説が有力である。



「それは凄いわね! 今のアンタでも通用しないなんて、作った人も鼻が高いでしょう」



 ベッドに座ったシスティリアが大きなあくびをすると、エストは隣で杖を出した。

 あまりよく杖を見ることもなかったので、改めてどのような代物なのか考察する。



「先生が言うには、銀色の部分は純粋なアダマンタイトでできていて、先っぽの魔水晶がミスリルで間違いないってさ」


「ミスリルって確か、埋蔵されている魔石? って言われてなかったかしら」


「ちょっと違うね。地中深くで何万年と時間をかけて魔力が結晶化したのがミスリル。魔術の触媒にすると、内部の魔力を使って威力が増えるんだ」


「じゃあ、使い過ぎたら無くなるってこと?」


「うん。だから、魔術師の杖は定期的に魔水晶を付け替えないとダメなんだ。でも、この杖は……」


「バカみたいに大量の魔力でできているから、その必要が無い。面倒くさがり屋のアンタにピッタリね」



 システィリアの肩にもたれかかるエスト。

 確かに普通の杖なら、いっそのことそこら辺に落ちている木の枝でもいいと思えるくらい、手入れを忘れるだろう。


 維持費がかかるのは杖のデメリットだが、その点を克服した賢者の杖は懐に優しい。



「ふふっ。どんな風に改造したいの?」


「先端を槍と剣をくっ付けた感じにしたい。あと、持ち手が無いから握りやすくしたいんだ」


「……確かに持ち手が無いわね。これだと振った時にすっぽ抜けちゃうわ!」



 剣を扱うシスティリアにとって、持ち手が無いのは論外だった。杖の改造に否定的だった彼女だが、たったその一点で賛成派に寝返った。


 店主とのやり取りや、改造にかかる費用を予想すると、システィリアはう〜んと唸る。



「数百万リカはすると思うわ。これだけの材質だもの。職人も限られるし、手持ちじゃ足りないわね」


「……あのダンジョンって乱獲してもいい?」


「あら、アタシから仕事を奪うの?」


「ごめんなさい」



 もしエストの希望に添える職人が現れたとして、払えるお金が無ければ意味が無い。

 仕方ないので、この問題はゆっくり考えようとした時、ドアがノックされた。小さく開けた隙間から覗くと、立っていたのは宿の従業員だった。



「伝説の杖を出せ、と仰るお客様がいらっしゃいまして……」


「伝説の杖?」


「アンタの杖でしょ。アタシも行くわ」



 システィリアに手を引かれて階段を降りると、1階の食堂にその人物は居た。


 伸びた髭は廃墟を覆う蔦を思わせ、エストの半身ほどという低い身長とは裏腹に、岩石のような筋肉が服の上からでも目立つ。


 土の精霊アルマインの落とし子と云われる、鋼の如き肉体を持つ人類の一種、ドワーフ。



「……ほう? 面白い男だ」



 地響きのように低い声で、エストに言った。

 まるで目の前に大きな岩が立ちはだかっているような威圧感に、話しかけられていないはずのシスティリアが後ずさる。


 そんな彼女に対し、エストは変わった素振りは見せず、彼の対面に座った。



「お前は……人間か?」


「うん。それで、杖の改造をしてくれる人は知ってる? さっきそこの店で聞いたんだけどさ」



 目が付いていないのか? と密かに怒りを込めた眼差しを向けたドワーフは、怒気を孕んだ声で言う。



「儂を舐めているのか?」


「もしかして、君が僕の杖を改造してくれるっていう職人?」


「……それ以外に何がある」


「早すぎるよ。それに僕、お金無いし」


「本物なら金は要らん。それより杖を見せろ」



 そういうことならと杖を差し出すエスト。

 机が壊れては弁償代を請求されかねないので、片手で横にしたまま前に出したところ、ドワーフもまた片手で受け取った。


 数回握ってクルクルと回し始めると、石突きのある根元の部分を見て、カッと目を開いた。



「……デゥフリィト」


「デウフリートですって!?」



 ボソッと呟いたドワーフの声に反応したのはシスティリアだった。なぜか知っていて当然のような空気を感じると、エストは首を傾げる。



「知り合い?」


「だったらアタシはヨボヨボのおばあちゃんね。いい? デウフリートっていうのは、レッカ、リューゼニス、ユエルで名を馳せた伝説の鍛冶師よ。彼が作った装備品は、王家に伝わるような秘宝なの」


「凄い人なんだ。嬉しくなってきた」


「……デウフリートは100年前に亡くなったけど、三国を挙げての葬式が開かれたらしいわ」



 そこまでシスティリアが語ると、杖から顔を上げたドワーフが感心した目で彼女を見つめた。

 


「詳しいな、嬢ちゃん。付け足すと、デゥフリィトは同じ物を造らなかった。唯一無二の一級品。それがあの方の生き様だった」



 ジオはそんな職人に、2回も同じ杖を作らせたのだ。

 それがどう言った意味を持つのかエストには分からないが、合わせて40年もの時間を、そのデウフリートが使ったことは理解した。


 人類の中でも長命なドワーフといえど、40年は人生の一割を占める。人間なら一生を終えるかもしれない時を、デウフリートは杖に費やした。


 秘宝や国宝といった扱いを受ける杖を、鈍器として使うこともあるエストにドワーフは視線を移した。



「おい、クソガキ。名前は何だ?」


「エスト」


「儂はヴゥロフ。鍛冶師だ」


「ヴ、ブゥ?」


「ブロフでもブーロフでも、好きに呼べ。ドワーフの発音は人間には難しい」



 じゃあブロフで、とエストが目を合わせた途端、髭の隙間から真っ白な歯を見せたブロフが、杖を握りながら言った。




「儂はデゥフリィトの一番弟子だ。この杖の加工、儂にやらせろ」

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