第102話 知らない仲間
「可愛くなったね。システィ」
明るい声音でそう言うと、魔物の群れに大量の多重魔法陣が展開される。基本4属性全ての中級魔術でできたそれは、回転速度がバラバラになっていた。
「花の魔物は火を使うと暴れるんだよね。まぁ、暴れる前に燃やし尽くせば関係ないけど」
ピカっと魔法陣が輝いた瞬間、森が浮いた。
否、杯のような形に地面が隆起し、浮き出た根やトレントもろとも燃やし、断ち切り、圧殺していた。
エストらしくない派手なやり方だが、ずっと口角が上がっているのを見るに、はしゃいでいるようだ。
群れを作っていた全ての魔物が魔石へと姿を変えると、改めてエストは彼女に振り向く。
「……遅いのよ、ばか」
「待っててって言ったけど、システィなら来てくれると思った」
杖を亜空間に仕舞うと、両腕を広げる。
システィリアがそっと近づき、熱い抱擁を……と思った瞬間、思いっきり押し倒した。
幸いにも反応できたエストは
匂いを確かめるように顔をすり付け、尻尾を激しく振っていることが伝わる。
「……雰囲気、変わったわね。弱っちぃ」
「先生に正しい魔力操作を教わったんだ。前まで臭かったでしょ?」
「何言ってんのよ。アンタはあの匂いだから良かったの。でも……今の匂いも、好き」
数回大きく深呼吸すると、システィリアが脱力した。2年間我慢したのだから、もっとこうしていたい。そう気持ちはエストも痛いほど分かるが、ここはダンジョンの中である。
エストの方から一度強く抱きしめると、背中をぽんぽんと叩いて起き上がった。
「システィはひとりでここに来たの?」
「ううん、依頼よ。あのボタニグラの群れに襲われたから、アタシだけ残ったの」
「じゃあそっちと合流しよっか。僕、後ろで隠れてるから」
足元に出した黒い魔法陣を踏むと、エストの姿が見えなくなった。
「ねぇ。これでもアタシ、そこそこの闇魔術なら感知できるんだけど……今のアンタ、完全に消えてるわよね?」
「水と光を混ぜたらできるよ」
「……ふふっ。このどうやっても理解できない感じ、やっぱりエストね」
ただの闇魔術なら認識がボヤける程度だが、そこに水魔術と光魔術を足すことで、後ろの景色を自身に投影した。
完璧に近いこの透明化は、犯罪防止のために術式は明かさない。
そうしてシスティリアの後ろを歩いていると、死の森を出たすぐの草原に、数十人規模の学園生が集まっていた。
少々疑問に思うエストの元に、記憶にある生徒の面々が駆け寄ってくる。
「システィリアさん! 大丈夫でしたか!?」
「ま、まぁね。それより腕は大丈夫かしら?」
「はい、救護の先生に治してもらいました」
システィリアの前にメルやクーリア、ユーリといった生徒たちが来ると、そっと魔術を解いたエストが、背後から両腕を伸ばす。
突然現れた2本の腕に困惑の波が広がると、エストはギュッとシスティリアを抱きしめた。
「んにゃあああああっ!? 何するのよ!」
「ごめん、我慢できなかった」
ひょこっと顔を出したエストを見て、生徒たちの表情が固まる。まるで幽霊でも見たかのように口をあんぐり開けると、エストの頭に拳骨が落ちた。
「エスト……君?」
「うん。久しぶり、みんな。元気そうでよかったけど……面白い格好してるね」
頭を抑えながら笑うエストに、あの時と変わらない態度でクーリアが口を開いた。
「ダンジョン探索演習ですわ! それより、エストさん。どうして急に卒業したのですか? わたくしたち、ずっと心配していましたわ」
「僕が卒業した理由? 図書館にある魔道書を読み切ったのと、学園に居たら面白くないから、かな」
システィリアの横にピタッとくっついたエストがそう答えると、あまりエストと交流のなかった者は困惑の声を、メルたちは納得するような反応をした。
その中で、微妙な顔をしたメルが手を挙げると、システィリアを交互に見ながら言う。
「えっと、エスト君はシスティリアさんとどんな関係……なのかな? さっきから距離、近くない?」
「関係……仲間? パーティメンバーだよね」
「「「パーティメンバー!?」」」
「え、そんなに驚くこと? もしかしてシスティ、悪目立ちしてる?」
「そんなわけないでしょ! アンタと別れてからずっとひとりかアリアさんと動いていたから、誰もアンタと組んでることを知らないだけよ!」
意外と言うにも驚愕や恐怖が混じったような声が出たせいで、システィリアが色んな人に噛み付いた可能性を考えるエスト。
しかし、あれ以来誰とも正式にパーティを組んでいないと知り、口角を上げた。
「……でも、な〜んか距離近くない?」
「システィが僕にベッタリだからね」
「なっ、アンタこそ寝てる時はこっちに寄ってたじゃない! 尻尾の手入れだってエストが始めたし」
システィリアの言葉に、またもや色んな感情が混ざった声が上がる。しかしメルだけは、頬をヒクヒクと痙攣させながらエストの腕を掴んだ。
「寝てる時? エスト君、ちょっといい?」
「うん。どうしたの?」
「……システィリアさんと一緒に寝てるの?」
「前までね。さっき2年ぶりに会ったばっかりだから、システィが嫌って言うなら寝ないよ」
信じられないといった様子でメルが振り返ると、システィリアは少しだけ顔を赤くしながら『嫌じゃないわよ』と言った。
じゃあこれからも一緒に寝ると、そう感じ取ったメルは溢れそうになる涙を堪えて話を続ける。
「ふぅ……ねぇ、エスト君。私が言ったこと、覚えてる?」
「メルが言ったこと? うん、覚えてるよ」
「じゃあ返事を──」
と言ったところで、他の班から街に戻る指示が入り、会話は中断された。
何か嫌な予感を覚えるエストだったが、隣にシスティリアが居れば安心だと思い、魔道懐中時計を開いた。
「エスト、行くわよ。ほら」
システィリアと、そして旧友との再会を楽しんでいると、前を歩く彼女が手を引いた。集団に追いつけるよう早く歩くも、エストのペースに合わせられている。
手のひらから伝わる尋常ではない剣技の鍛錬度合いに、目を丸くするエスト。
しかし、優しく引いてもらう感覚が心地よく、つい甘えてしまう。
「……変わらないね」
「当たり前よ。アタシだけ変わっちゃったら、アンタが寂しがるでしょ?」
「流石。僕よりも僕のこと知ってる」
ポロッと出た言葉に尻尾を振るシスティリアは、僅かに歩くペースを落とした。
集団の最後尾にて歩く2人は、誰にも気づかれないように隠れて手を繋ぎ、浮きそうになる足を必死に抑えている。
心臓が早く脈を打ち、エストは自分が思っている以上にシスティリアを想っていたことを知った。
「システィ、手紙では普段言わないようなことを書いてたね」
「絶っっっ対にアンタだけには言われたくない言葉ね! でもエストはアタシ以上に恥ずかしいこと書いてたわよ?」
「だって、システィに会いたかったから」
「……そ、そんな素直に言われたら言い返せないじゃないの……もう!」
小さな声で、それでいてハッキリと言う。
お互いにずっと『会いたい』『また旅がしたい』と言い続けていたため、こうして再会できた喜びも大きいが、何よりも2人で歩いていることが嬉しかった。
気持ちを隠す術を知らないエストは、システィリアの弱点でもある、素直な気持ちをぶつける。
「システィが作った料理、食べたい」
「はいはい、相変わらずの食いしん坊ね」
「結構な数の魔術を使ったから、いっぱい食べるよ」
楽しそうに話す2人は、まだ知らない。
この後に待ち受ける、愛と欲の入り交じった
「魔道都市ラゴッド。面白そう」
死の森から歩いて3時間。
大きな鉄製の門をくぐると、至る所にある煙突からもくもくと煙が上がり、ガチャガチャと魔道具が動く音がする。
魔道都市ラゴッド。
もはや魔術でできていると言っても過言ではない街が、そこに広がっていた。
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