第101話 護衛の冒険者
「あの、本当によかったんですか? 私たちの護衛なんて……大したお金にもなりませんし」
リューゼニス王国とフラウ公国のあいだに位置する、魔道都市ラゴッド。大きな都市単体で独立し、魔術や魔道具の研究施設が数多く建てられた異色な街には、フラウ公国との国境に珍しいダンジョンがある。
杖を持ち、紺のローブを羽織った集団が歩いているのは、木漏れ日が差す森の中。
ボタニグラという食人植物の魔物や、木の魔物であるトレントしか現れない、環境型
通称、死の森。
まともな知識がないとトレントに捕まり、ボタニグラに溶かされて死ぬという危険なダンジョンである。
「別に。北に行ければそれでいいし」
皆が紺のローブを羽織っている中、ひとりだけ白いローブを羽織っている少女が居た。
腰に差した剣の鞘には手の形の跡が付き、靴はほどけないようにキツく結ばれ、その特徴的なローブには耳の形のポケットが作られていた。
「システィリアさんが護衛してくれると聞いた時は驚きました。帝国で知らない人は居ない冒険者ですし」
「最年少のAランク冒険者ですわよね。学園でもよく話題に上がりますわよ」
「遠足の付き添いくらいでそこまで褒めなくていいのよ。それより……来るわよ」
茶髪の少女と青髪のレディにご機嫌取りをされていると思ったシスティリアだったが、斜め前方から大きな花の魔物が現れ、臨戦態勢をとった。
「ボタニグラね。火魔術を使う子は居る?」
「オレ使えるっす!
集団の中から出てきた赤髪の少年は、隊列を割ってシスティリアの横に出ると魔術を使おうとする。
しかし、発動の直前にシスティリアが首根っこを掴み、横に投げ飛ばした。
「バカなの? ボタニグラは火で活性化する魔物よ? アタシが呼んだのは、魔術を使うなって言うためよ」
分厚い肉のような花弁を10枚以上持つボタニグラ。
本来雌しべがあるはずの部分は鋭い牙のような硬い棘になっており、そこから甘い匂いを放つ溶解液を垂らしている。
植物の魔物にしてはかなり活発に動く方であり、少年を投げ飛ばした今も大人が歩くペースで近づいてきている。
「根っこはメルが外に出しなさい。それ以外は出てきた根っこを攻撃すること。相手の動きをよく見て、思っているより大袈裟に避けることを意識しなさい」
「「「はいっ!」」」
一斉に返事をすると、茶髪の少女──メルが杖を構え、地面に向かって魔術を使う。
「
「
ボコボコっと隆起した地面から象牙のような根っこが浮き彫りになると、青髪のレディ──クーリアを筆頭に、集団で攻撃を開始した。
「ボタニグラは根っこが弱点よ。思いっきりぶちのめしなさい」
途中、横やりを入れてくるトレントの蔦を斬り払いながら、寄ってきたトレントを始末していくシスティリア。
何人かの魔術師は、そのあまりにも華麗な剣技で倒していく姿に目を奪われてしまう。
数本ある太い根っこを全て断ち切られると、ボタニグラは糸が切れたようにドサッと倒れ込んだ。
すると、デカい図体が魔力の粒子となり、大きな赤茶色の魔石がその場に残った。
「ありがとうございます、システィリアさん」
「初戦にしては上出来だけど……消耗が激しいわね。流石にBランクの魔物は厳しいかしら?」
数人が肩で息をする様子を見て、システィリアは困ったように言う。このままではもう一度戦えるかどうかであり、引き返した方がいいかもしれないのだ。
「いてて……ちょっとシスティリアさぁん! 投げ飛ばさなくてもいいじゃないですかぁ!」
「うるさいわね! 魔物の知識も無く突っ込むのが悪いのよ! 最悪アンタのせいで死者を出してたかもしれないのよ!?」
「……はい、すいやせん」
「死にたいなら勝手に死になさい」
火の適性がある少年にそういうと、メルに簡易的な拠点を作ることを提案するシスティリア。
このまま探索を続けるなら、一度休憩と知識の擦り合わせをした方が生存率が高くなると判断したのだ。
火を好むボタニグラを警戒するために火は焚かず、土魔術で簡単な箱椅子を作るだけで終わらせた。
「……やっぱりこれが普通よね」
「すみません、あまり慣れてなくて」
「いいのよ。アタシの記憶にある簡易的な拠点が、ちょっと異常だったから」
エストとの旅で作った拠点は、日除けやベッドに椅子とテーブル、キッチンやハンモックまで付いた、もはや動く家だったのだ。
あれから2年が経った今でも感覚が抜けず、こうした普通の野営に違和感を覚える。
「それにしても、魔術学園ってダンジョンに行くのね。そんな話は初めて聞いたわよ」
「はい。4年生からは冒険者や宮廷魔術師を視野に入れた、ダンジョン探索の演習があるんです」
「もっとも、行けるのは希望者だけですわ!」
懐から取り出したオークジャーキーを齧るシスティリアは、エストが3ヶ月で卒業したことを思い出し、初めて聞いたのはそのせいだと理解した。
「システィリアさんが魔術師を仲間にしたいって話はよく聞くんですが、本当ですか?」
緑の髪の少年、ユーリが手を挙げて聞くと、システィリアは反応に困った様子で頷いた。
「求めているのは優秀な魔術師よ」
「え、じゃあオレにもチャンスが!?」
「話にもならないわね」
「えぇ!? じゃ、じゃあメルやクーリアはどうなんだよ!」
「同じね。この中では確かに優秀な魔術師でしょうけど、アタシの求める強さには到底及ばないもの」
今やメルやクーリア、そしてユーリは学園を代表する魔術師である。メルはその卓越した土魔術により宮廷魔術師団入りが確定しており、クーリアは水魔術師の名家との婚約が成立。ユーリはCランク冒険者として既に活動しており、帝都では名を馳せている。
そんな3人でさえ、システィリアの理想には及ばない。一体だれならそんな役が務まるのかと、皆で考え始めた。
「……あ。あの方ならどうでしょう? メルさんから見て、今の貴女以上となるとやはり」
「うん。でも、エスト君でもシスティリアさんほどの冒険者とつり合うかどうか……」
「エ、エスト? そいつはどんな奴なの?」
その名前が挙がった瞬間、システィリアの耳が大きく動き、露骨に反応を示した。
「エスト君ですか? えっと、一言で言えば天才かつ秀才の生徒でした。入学して3ヶ月で卒業しちゃって、歴代2番目の早さで卒業したすごい人です!」
「ふ、ふ〜ん? それで?」
「……初級魔術を原型が見えないくらい改変したり、とんでもない早さで魔術を使ったり、相手の魔法陣を乗っ取ったりしました」
「今や彼のやったことは都市伝説とすら言われてますの。ですが、今の4年生は誰もが知っています。彼の真の恐ろしさは、対抗戦で見せた攻撃力にあると」
初級という縛りがあるのに、あの手この手で改変した魔術はもはや上級の域に達しており、1年生にしてチームを準優勝に導いた話を聞いた。
本人が語るよりよっぽど聴き応えがある話だと思うシスティリアだったが、彼女らは意味深な言葉を吐いた。
「でも、対抗戦の後、急に姿を消したんです」
「急に? どういうこと?」
「夏休みが明けたら、彼の席が無くなっていたんですの。最初はただ休んでいるだけだと思っていたのですが、担任の先生が……」
「エストなら卒業したぞ、と」
「……アンタたちには何も言わずに?」
「はい。それから1回も学園に来ていないので、色んな噂が立っているんです。実は宮廷魔術師団に入った〜とか、ダンジョンで死んだ〜とか。でも、彼は宮廷魔術師団長と喧嘩した上に、毎日ダンジョンで荒稼ぎをする強さをしていましたから、誰も信じられないんです」
「そうね。ふ〜ん、別れの言葉も無しに去るのはダメね。見つけたらお仕置きしましょ」
「あはは、そう簡単に見つかればいいんですけど……」
実はそんなエストと文通をしている、なんて言葉は口が裂けても言えず、システィリアは少々の怒りを覚えると同時に、彼女たちよりエストを知っていることの優越感に浸った。
エストと出会った時期的に、恐らく卒業してすぐにあの街に来たこと。
そしてメルたちがパニックになっている中、2人で死の淵をさまよったり一緒に寝ていたことは、絶対に隠さねばならない。
次の手紙にはこのことを書こう。
そう決めた瞬間、突然メルの背後から蔦が襲う。
「きゃああああああ!!!!!」
「メルさん!?」
「あの蔦はトレントね。追うわよ!」
森の中へと連れ去られていくメルを追って行くと、そこにはいつかの光景を思い出させるように、複数のトレント……に加え、ボタニグラが集まっていた。
トレントの弱点となる火の魔術が使えず、ボタニグラのために土魔術を使おうにも、この隊に居る土魔術師では1体倒せるかどうか。
冷静に剣を抜いたシスティリアは、全員に『待機しなさい』と言い放ち、右足を1歩引いた。
「アタシは……強くなったから」
刹那、システィリアの姿が消える。
突如として近くのトレントがバラバラに切り刻まれると、振り返ったボタニグラの花弁があっという間に裂かれ、太い木の幹のような茎を斬られて倒れ込む。
数回の瞬きで一瞬しか姿を捉えることができないシスティリアの身体能力、そして剣技に、クーリアたちは口を開けて眺めていた。
「……美しい、ですわ」
そんな言葉がこぼれる程に、鮮やかに殲滅する。ダンジョン探索演習の付き添いが彼女でなければ、最悪メルが死んでいた。
そう感じざるを得ない危機的状況を、たったひとりで捌いていく。
メルを連れ去ったトレントを倒すと、彼女を中心に立ち回ることで効率的に攻撃する。
しかし──
「ラスト一匹…………ッ!?」
最後のボタニグラに剣を刺した瞬間、とてつもない嫌な予感に尻尾が逆立つ。
まだ精度の粗い魔力感知で見てみると、追加でトレントが10体と、同数のボタニグラが近づいていることが分かった。
即座に剣を引き抜き、鞘に収める。
20の軍勢に襲われる前に外へ逃がせれば、それでいい。システィリアはメルの手を掴むと、彼女の腕の骨を折りながらぶん投げた。
あまりの威力に、メルの体が耐えられなかったのだ。
「逃げなさい!」
力強くそう叫ぶと、システィリアは大軍に振り返る。
「怪我をしていないのに死んだと思うこの感じ……初めてのワイバーン以来かしら?」
時間を稼ぐには、光魔術で傷を癒しながら戦う消耗戦を強いられる。アリアから教えられた多数を相手にする心得があるものの、この数と強さでは厳しい。
おまけに、根っこを断ち切れなかったボタニグラが再生を始めている。
システィリアが剣を抜くと、近づいてくる木々の中から複数の蔦が伸びてくる。トレントだ。
タイミングを見極めて全て同時に切り落とそうとすると、大きく息を吐いた。
「ふぅぅ…………ハッ!」
矢が飛んでくるような速度で蔦が伸びてくると、システィリアは構えた剣を神速で振った。
しかし、それは空を切っていた。
なぜかトレントの蔦が彼女の目の前で止まり、その進行方向を90度曲げて突き進んで行ったのだ。
「──え?」
伸びて行った蔦の先に、立っていた。
真珠のようなローブを身にまとい、深く被ったフードから覗く口は半月に。右手に持つ杖は重たそうな金属で作られており、見た目は鈍器のようである。
トレントたちの蔦が一斉に絡みつくと、パッと姿が消えた。
いつの間にかシスティリアの隣に移動していたその人物は、嬉しそうに声を上げる。
「可愛くなったね。システィ」
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