第103話 は・な・し・あ・い?
「ランチセットをひとつお願いします」
「僕はオーク肉のステーキと川魚の塩焼き、オススメのサラダとパンは山盛りで」
「アタシも彼と同じので」
メルが自由時間に入ると、エストとシスティリアは待ち合わせ場所にしていた喫茶店に集まった。
魔術師らしい食事量のメルに対して、2人は体格に見合わない量の料理を注文した。学園に居た時からエストの食事量は知っているが、システィリアも同量食べることに驚くメル。
料理が来るまで、3人は話し合いをする。
「エスト君。単刀直入に聞くけど、私のことは好き?」
「うん」
「っ……じゃあシスティリアさんのことは?」
「好きだよ」
分かってはいたが、やはりその回答が出たかと顔を曇らせる。エストの言う『好き』がどういう意味なのか、答え次第ではチャンスがあるかもしれない。
氷のストローを作って水を飲むエスト。
戦闘の後は冷たい水が1番だと思いながら、視界の端で水色の尻尾が揺れたことは見逃さなかった。
「尻尾、後で綺麗にしようか」
「……ええ、お願い。それよりメルが凄い顔で見てるから、何とかした方がいいわよ?」
獣人の尻尾を触る。それがどれほど相手に信用を置いているか、また、それを頼むことの意味はメルでも知っている。
柔らかい表情で言うエストと、照れながらも頷くシスティリア。2人とも普通の人ではない外見をしているせいで、まるで一枚の絵画の様に美しい。
普段は冷たいシスティリアが明るく話すだけに、相当な関係値であることはわかった。
「メル、魔術の方はどう?」
「……頑張ってるよ。もう宮廷魔術師団に名前があるし、正直、エスト君より強いかもしれない」
「は?」
すぐに反応したのはシスティリアだった。
ゴブリンくらいなら瞬殺できそうなほど鋭い目で、メルの瞳を射抜く。蛇に睨まれた蛙のように固まるメルは、体を震わせて耐えていた。
「よかったね。頑張ったことはわかるよ」
エストは純粋な褒め言葉として言ったが2人はそれが煽りのように聞こえてしまい、システィリアは肩を震わせ、メルはムッと口を結ぶ。
「……システィリアさんは、エスト君のことをどう思っているんですか?」
「人に聞く前の自分の気持ちを言いなさいよ」
「うっ、ど、どうしてですか!」
「別に言えないならいいわよ。アタシはエストのことが好きだし、エストを守るために力をつけた。あの時コイツが命を張って守ってくれたから、今度はアタシが守る番なの」
「うん、前衛は任せるよ」
「アンタも前に出るでしょうが!」
「そんなこと……ない。僕、魔術師。前衛なんてデキマセン」
「魔術師がそんなに鍛えてどうするのよ!」
気を抜けばすぐに2人で話し始める。
心の底から楽しそうで、メルの中に生まれたモヤモヤが大きくなる。
それが発破をかけたか、メルは机を叩いて立ち上がると、叫ぶように言った。
「わ、私だってエスト君が好き! システィリアさんより早く好きになったし、システィリアさんより長く好きだもん!」
「……ですって」
「僕って人気者だね。嬉しい」
「アンタの精神どうなってんのよ」
ズゾゾ、とコップに入った水を飲み終わったエストは、各テーブルに置かれている給水魔道具を使う。
コップをセットし、魔力注入用の窪みに指を当てて魔力を流す。すると、無色の魔石から魔道具に魔力に伝わり、水が注がれた。
魔道都市という名前だけあって、街の至る所に便利な魔道具が設置されている。
「最後は僕かな。僕は──」
「ちょちょちょ、ちょっと待って! まだ心の準備ができてないから!」
メルに言葉を被せられると、タイミング良く料理が運ばれてきた。
机を埋め尽くすほどの皿が並ぶと、エストが真っ先に食べ始めた。かなりお腹が減っていたのか、無言のまま食べ進んでいく。
「アンタ、お金は持ってるの?」
「うん、ギャンブルで稼いだ」
「……賭け事はもう辞めなさい。アタシのお金半分あげるから、適当に依頼でもこなしましょ」
「え〜〜? ラクして稼げるのに」
「そういうのは勝っている時に辞めるのが鍵よ。負けてから辞めても遅いの」
「じゃあ辞める」
視線を料理に戻したエストを見てから、システィリアは自慢げにメルを見た。
もう『アンタの入る隙は無い』と無言で伝えると、メルのナイフを握る手が震える。普通なら警戒する震え方だが、戦闘を生業にする2人にとっては意味が無い。
それじゃあ、と。
「エスト君、よく私に魔術を教えてくれたよね。おかげで魔術が好きになったし、たくさん勉強できたんだ」
「
「うん! なんと言っても私、土魔術師としては最年少で入団が決まってるから!」
「いいね。じゃあ術式の改変は?」
「それは……ちょっと苦手です」
「コツは楽しむこと、だよ。既存の魔術に満足せず、自分がやりたいことを構成要素に落とし込めばいい」
マンツーマンで教えてもらっていたことを誇るメルだったが、システィリアも旅の道中では同じように教えられ、特に響くことはなかった。
高い。壁が高すぎる。
突然現れたあまりにも大きな壁を前に、メルは立ち竦んでしまう。
「そういえばメル、大きくなったね。髪も伸びてるし、似合ってる。大人っぽい」
「えへへ、でしょ〜?」
エストからの褒め言葉には、心の底から嬉しそうに笑うメル。それには流石のシスティリアも反応するが、大人な立ち回りを決める。
「……エストも大きくなったわよ。体つきもしっかりしてるし、魔術の鍛錬だけしてたんじゃないって分かるわ」
「ふっふっふ。雪山だとトレーニングしないと体が冷えていくから、必然的に鍛えられるんだよね。そう言うシスティも、大きくなったと思う」
「どこが?」
「太もも!」
「ぶっ殺すわよ?」
「うそうそ、胸だよね。気にしてたし」
「……アタシ、
「やるね、これで氷龍が来ても安心できる」
「は?」
「え?」
何かおかしな会話をしている。
そう感じたのはメルだけでなく、システィリアも同じだった。
脅しのつもりで言った言葉を、更なる脅威で潰されるとは考えすらしなかった。それも、魔物としては最強格のドラゴンともなれば、困惑の沼から抜け出せない。
「魔術の事故でよく手足がちぎれちゃってさ」
「……よく?」
「うん。前にシスティが治してくれるって言ってたでしょ? だから、
「アンタねぇ……ほんと、アタシが居ないとダメね!」
「そうだよ? だからシスティにはそばに居てほしい。正直、僕を支えられるのはシスティしか居ないと思う」
カチャ、とナイフとフォークが更に落ちた。
エストが顔を向けると、そこには涙をポロポロと溢れさせながらこちらを見る、メルの姿があった。
数秒ほど見つめあった末に、目元を真っ赤に腫らしたメルは喫茶店を出て行く。
「似たようなことが前にもあったなぁ」
「あ〜あ、泣いちゃった。あの子からしたら、アタシがエストを奪ったようなものでしょうね」
「……奪う、ねぇ。そう思われたのなら、教えてあげないと」
自分のモノにするなら、最低限エストより優れている点を見せつける必要がある。
言い方は悪いが、自身の価値を示さないとエストは興味を向けない。
お金でも、技術でも、功績だっていい。
明確に『あなたより優れている』と言えないと、どうしても深く考えられないのがエストのである。
「仕方ない。システィは宿で待ってて。メルと話してから僕も行くから」
「優しいのね。でも、早く来なさいよ?」
「うん。それと優しくないよ。今日だけは」
料理を食べ終えたエストは全員分の金額が入った皮袋を置くと、システィリアの頭を軽く撫でてから店を出た。
メルを捜すために魔力感知を広げるが、色んな魔道具の反応を受け取ってしまい、渋い顔をする。
だが、氷龍の魔力下でも認識できるぐらいに鍛錬を積んだエストは、集中すれば嗅ぎ分けられる。
数分ほどかけてメルの居場所を見つけると、一度自身を透明にしてから
都市を流れる一本の運河。
魔道具で浄化されているおかげで水質が良く、水面はキラキラと光を反射しているが、覗き込めば底が見える。
そんな運河に架かる小さな橋の上に、メルが居た。
「ここは川が凍らなくて良いね」
「……エスト君? いつ来てたの?」
「さっき。それより、話をしよう」
あまり表情が窺えないエストだが、少しだけ声のトーンが落ちていた。
メルは知っている。こういう時のエストの言葉は、自分に必要なものを言ってくれる時であり、今後忘れてはならない話だと。
メルは姿勢を正してエストに向いた。
すると、欄干に両肘を付けたエストが運河を覗く。そこに反射する自分を見ては、メルに顔を向け──
「僕はね……システィを。ううん、システィリアっていうひとりの女の子を愛しているんだ。……と思う」
その話は文字通り、メルにとって今後忘れることの無い話となる。
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