第316話 海を越えて帝国へ
「もう行くんけ? 西の術師は忙しないな」
「東の剣士も忙しそうだよ、里長」
朝に里の前で全員が集合すると、仕事の準備があるヒズチや農家たち、そしてフブキとキサラギを連れたサツキによって見送りを受けた。
エイダは涙ぐみながら猟師に別れを告げ、大陸に戻っても狩りをすると言う。
「あら? ジオが居ないわね」
「先生なら『国の頭集めて話してくる』って、シュンを連れて転移したよ」
「急に現れて急に消えて……変な人」
「それは僕らも同じ。だから最後には、ちゃんとお礼を言わないと……って師匠に教わった」
エストがそう言うと、カゲンで産まれ、育ち、これから剣士として兄として大陸に渡るトキマサが、里にあるほぼ全ての家に挨拶をして帰ってきた。
爽やかな笑顔でエストたちの方へと寄ると、フブキとキサラギがエストに飛びついた。
「にーちゃん……行かないでよ」
「にーちゃ、ねーちゃ! かえらないで!」
「おっとと……大丈夫だよ。二度と会えないわけじゃない。フブキ、キサラギ。君たちが大きくなったら、海を渡るといい。そこに僕もシスティも、みんなが居る。だから……泣かないで」
膝をつき、2人の頭を撫でたエストは、大切に思ってくれたフブキたちに嬉しそうな笑顔を見せた。
滞在中、ほぼ毎日遊びや小さな勉強などをして過ごした仲である。フブキたちだけでなく、エストやシスティリアにとっても楽しい時間だったのだ。
彼女も2人の頭を撫でると、耳をぴょこっと立てて言う。
「剣術でも魔術でも、農業の知識でもいいわ。得意なことをひとつでも身につけたら、大陸で生きていくことは出来る。アンタたち2人なら、きっとまた会えるわ。アタシたちは待ってるから」
「……ほんと?」
「ねーちゃ、まってる?」
「ええ、待ってる。で・も! まずはお母さんを楽させてあげなさい。ご飯を作ったり、掃除をしたり、服を作ったり……2人で生活出来るくらいになってから来ること。いい?」
「「うん!」」
「じゃあほら、サツキさんの所に戻りなさい。2人が居ないと心配そうよ?」
ぱたぱたと走ってサツキの元へ戻った2人に手を振ると、エストは立ち上がり、何も言わないオギ婆に頭を下げた。
「オギ婆、ありがとう。この恩は忘れないよ」
「……ハッ、何かしたかねぇ? ワシゃ美味い飯を食って忘れてしもうたわ」
「……ありがとう」
「ワシらの方こそ、神飢の祭が終わって
「うん。いっぱい食べて、お風呂に入って、たくさん寝る」
「子どもだな。じゃが……それが真理。白狼の娘を支えてやれ」
エストは力強く頷くと、オギ婆に手を差し出された。
細くやつれたように見える腕だが、獣人の持つ強い力と歳に見合わぬ筋力も相まって、握ったエストの手からギリギリと音が鳴る。
それを涼しい顔で受けたエストは、赤くなった手を振って海の方へと歩みを進めた。
「またな、坊」
「トキマサぁ! 頑張れよぉ!!」
「にーーちゃーーーん!! まーーたーーねー!!!」
そうして、里の皆に見送られながら船に乗り込むと、船旅に胸を踊らせていたトキマサは洗礼を受けることになる。
エイダの乗る船は、異常なほど魔物に狙われるのだ。
船底から叩きつけるような音が鳴り止まず、エストとシスティリアが2人がかりで対応しても、数分に一度は船が衝撃で揺れる。
「な、なんなのだこれは……死ぬ……のか?」
「ワッハハハハ! 最高だな! 今日も全く揺れん!」
「……は?」
「オレたちに出来ることは無いぞ、トキマサ」
「私は船を後押ししますが、魔物に関しては同様ですので座りますね」
「……なんなのだ……この者たちは」
それから数時間、いつ沈むかも分からない恐怖に襲われながら、初めての大陸を目にしたトキマサは、無限に広がっているように見える島の影に目を見開いた。
この先に妹のミツキが居ると思えば活力が漲り、近づいてくる小さな港に船が着けば、しっかりとした足取りで上陸した。
「ここが……大陸の大地」
「うわ、騎士が居る。転移したらバレないかな」
「もう気付かれてるわよ〜」
潮風を浴びながら伸びをするシスティリア。
すると案の定、エストたちを迎えに来た騎士たちがやって来ると、ルージュが手配した馬車に乗るように言った。
「ん? 兄貴は居ねぇのか?」
「はい。騎士長は帝都に駐在しております」
「なら俺も帝都に行く。いいよな?」
騎士長が居ないことを知ったエイダが訊くと、エストが頷けばいの一番に馬車へ乗り込んだ。
エストは騎士に、さり気なく転移で全員を帝都に送ると相談したが、それでは派遣された日と到着日が合わず、不正を疑われると言われてしまった。
転移で楽をして魔道医学書を探しに行こうと思っていたエストは、意気消沈しながら馬車に乗ると、全員を乗せて動き出した。
「おお、おおお! これが馬で牽く車か。速いな!」
「特別この馬車が速いのよ」
「そっか、ルージュに手配された馬だった」
「アンタねぇ……」
魔術で早馬を作れるからと感覚が麻痺していたエストに呆れたシスティリアは、尻尾でぺちぺちと叩きながら今後について話し合った。
今後、と言っても、まずはルージュにお礼やファルムから家と土地を受け取り、再び家具探しをする。
王都の屋敷からジュエルゴーレムのアルマも連れて来なければならず、やることが山積みだと知ると、エストは嬉しそうに何からやるか考えた。
戦いが無く、平穏な予定しかないことに喜びが滲み出ていたのだ。
「止まっていた魔術の研究も出来るかな? 魔道具も作りたいし、広めの土地なら農業もしてみたい」
「落ち着いたらあの夢も叶えなきゃね」
「うん。またファルムにはお世話になるや」
「ふふっ! 魔族を倒し終わってからのエスト、なんだか子どもみたい」
表情から張り詰めた空気が消え、幼さが残る笑みを浮かべながら未来を夢想する姿はまさに子どもだった。
以前とは全く違うエストに思わず笑ってしまったシスティリアは、それでも瞳に宿った氷の意志は消えていないことを確認した。
あくまで表情が柔らかくなっただけで、警戒心が抜けたわけではない。
今もわざと3種の龍の魔力を滲ませており、街道付近の魔物が離れて行く姿が見えた。
「エストのことよ。きっとすぐ忙しくなるわ」
「僕はのんびりしたいのに……」
そんな言葉を漏らす、エストであった。
馬車が進み出してから一週間が経ち、もうすぐ帝都が見えると言う時、ブロフがトキマサの肩に手を置いた。
「トキマサ殿。帝国の第2皇女に謁見する。その作法を教えてやろう」
「う、うむ。頼む、ブロフ殿」
身を乗り出して風を浴びていたトキマサに、これから会う人物が国の最上部の人間であることや、聞かれたことは素直に答えること。その他にも、礼儀作法を教えたブロフは、最後にこう言った。
「エストは礼儀がなっとらん。国王にも無礼な態度をとるが、それが許される力を持っているからだ。トキマサ殿は、くれぐれもエストを参考にするな」
「あ、あいわかった」
「あはは……エストさんは誰に対しても変わりませんからね!」
決して美点ではないことを伝えると、魔道書を読むエストがシスティリアに寄りかかられながら、魔法陣を5個同時に構築と破壊を繰り返す姿を見た。
それが魔術師として異常な姿だと知らないトキマサは、複雑な表情のまま帝都の門をくぐるのだった。
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