第4話 成功の母
季節は過ぎて冬の朝。
雪が積もった魔女の森で、エストは遊んでいた。
保護者としてメイドが付き、魔女は寒いからと家に篭っている。
「──
エストの前に、三体の彫刻が出来た。
それぞれ氷属性、土属性、水属性の魔術で作られている。
本来は適性属性の魔術しか使えないのがこの世の理だが、エストや魔女は例外だった。
それは、氷属性が6属性より上位に位置するからである。
氷の魔術とは本来、水属性魔術の延長線上にある。
それも物質の変態を行うために、中級者から上級者でないと氷の魔術は扱えない。
しかし、エストは氷属性を単体で適性としている。
それ即ち、水は勿論のこと、他の6属性も満遍なく扱えてしまうのだ。
魔女はそれを良く思わず、あくまでもエストは氷の魔術師として育てている。
理由は単純。
複数属性の適性を持つ者は、軍事利用されるからだ。
魔女とメイドは、エストに幸せになってほしい。
そのためなら、本来使えるものも縛るつもりだ。
国や権力に縛られるくらいなら、いっそ自分たちで縛った方がエストは幸せだ、と。
なのでエストは、初級まで6属性の魔術を習得した。
初級なら攻撃性も低く、楽しめるからだ。
現に、エストの前には三属性の魔女像がある。
それぞれ魔女の姿、寝間着の姿、バスローブである。
「ダメだ。こんなんじゃ、ダメ」
エストは三体を消すと、首を振った。
そこにメイドは優しく付き添う。
「何がダメだったの〜?」
「師匠はもっと美しい。ぼくの魔術はまだ、髪の質感とか、色とか、布のシワが再現できない」
「……おおぅ、すごいこだわり」
「師匠を作るからには、もっと魔術を練習しないと」
魔女が親バカであり、メイドが姉バカであるならば。
エストは弟子バカであり、弟バカでもあった。
何の気なしに作った像作りに、並々ならぬ熱意を注いでいる。
今までにないエストの熱気に、メイドも気圧された。
そして思う。
ああ、なんて自分達を想ってくれているのか、と。
メイドは出来る限りのアドバイスをし、エストはそれを取り入れては壊し、完全再現に近づけた。
魔術は本来、色を変えることは無い。
なぜなら、その必要が無いから。
しかし今のエストには重要な要素だった。
才能のせいか、努力のお陰か。
前人未到の色付き氷像が完成した。
「──及第点。師匠の瞳はもっと綺麗だけど」
「でも〜、すごい再現度だよ〜」
「アリアお姉ちゃんの尻尾も、もっとかっこいい」
「えへへ、照れちゃうな〜」
全神経を注いだ氷の魔女と氷のメイド。
魔女の方は髪色から瞳の色、本人曰く「アイデンティティじゃ!」の魔女衣装もしっかり再現した。
メイドの方は、髪は赤く瞳は黄金に。
角は赤黒い龍の威厳を放ち、尾は鱗を纏っている。
だが、まだ完成ではない。
足りないのだ。
まだ足りない。
魔女エルミリアの瞳は赤と紫、そして僅かな黄金が混じったような神秘的な色をしている。
アリアの尻尾は、赤と緑と藍色が混ざったロマンと威厳を感じさせる色をしている。
「──な〜にをやっておるのじゃ〜?」
次はどんな工夫を凝らそうか。
そう悩んでいると、魔女が様子を見にやって来た。
「あ、師匠」
「おお! これはわらわじゃの! 凄いぞエスト! 魔術に色を付けるとは、わらわが思い付きもしなかった発想じゃ!」
エストの柔軟な発想を褒め、氷像を観察した。
感心して魅入っていると、エストの表情が曇っていることに気がついた。
「満足しておらんのか?」
「……だって、本物の師匠はもっと美しい。それに可愛いし、かっこいい。でもこれは、全部足りない」
「おっほ〜! 嬉しすぎてわらわ飛びそ〜!
……じゃが、そうじゃな。ヒントを与えよう」
「ホントに?」
曇っていた表情に光が差した。
「見つめるのじゃ。お主は言った。可愛さ、かっこよさ、美しさが足りぬと。では、可愛さとはなんじゃ? かっこよさとは? 美しさとは?
……っと、ほぼ答えを言ってしまったの」
熱意にあてられてか、喋りすぎた。
そしてひたすら思考に没頭するエストを見て、魔女は杖を地面に突くと、3人分のテーブルと椅子を出した。
魔女は本を読み始め、メイドは晩ご飯の献立を考える。
外の空気は冷たいが、エストは熱かった。
大好きな師匠を。
大好きな姉を再現するために。
1時間が過ぎた頃、エストは氷像を消した。
「アリア、見ておれ。才能ある者が努力をするとどうなるのかを。滅多に見れるものではないからの」
「楽しみだね」
エストが右手を前に出すと、魔法陣が現れた。
陣の層は二十三層。
並の上級魔術よりも複雑な術式だ。
しかし、使う魔術は初級の
技術と経験を得たエストは、オリジナルの域に達する。
全ての魔法陣が重なり、1つの複雑な陣となる。
「──ほう」
再度、その上に二十層の魔法陣が現れた。
そして、2つの陣が重なり、1つの陣になる。
一般的な魔術理論には無い、複合魔法陣。
多重魔法陣と多重魔法陣を複合させる高度なテクニックに、魔女は口角を上げた。
さぁ、準備は整った。
愛する師匠を、完全再現する時間だ。
「
キーワードが放たれ、魔法陣の上に氷が組まれる。
土台が造られ、その上に靴、足、脚、腰、衣装と、それぞれが独立して尚、1つの魔術として機能している。
たった2秒で構築は終わった。
氷の土台に立ち、紫紺のローブを羽織り。
右手に持った杖は前に掲げ、キリッとした表情にはあどけなさが残る。
自信のある唇は桜色に。
鋼の意思を持つ瞳は赤く暗く。
見る者を魅了する艶のある銀髪の上には、つばの広い帽子が乗っていた。
「──完全にわらわであるな」
「どこからどう見てもご主人だね。姿勢、表情、雰囲気。どれをとってもご主人と同じ」
ふたりは驚愕しながら笑っていた。
そのあまりの再現度に。
そのあまりの美しさに。
本人でさえ「こっちの方が美しいかもしれないのじゃ」と言う程、再現度は高かった。
そして術者であるエストは──
「あは、あはは、あはははは!!!」
笑っていた。それも、声を大にして。
あの感情表現が苦手な子が。
初めて見る笑顔だった。
初めて声に出して笑っていた。
「エストよ。そなたの魔術の師として言おう。良くやったと。その発想と叶える技術、わらわは誇りに思うのじゃ」
魔女が抱きしめると、エストも強く抱きしめた。
そして、エストは言ってしまった。
禁断の台詞を。
「本物の師匠が一番良いや。コレ要らない」
「「あっ!」」
凄まじい魔術の結晶は、跡形もなく消え去った。
しかしエストは満足そうに、魔女の胸に顔をうずめた。
これで良かったと。
次に造るなら、動物の方が良い。
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