第115話 泥中の金
エストが土のテーブルと椅子を造り出し、短い時間ではあるがパルフィーとエストの『あの後』について語り合った。
「いやあ、まさかあのシスティリア様とパーティを組んでいるとは。私パルフィー、本当に驚いております」
「そっちこそ、武器商人になったんだね」
「魔物に襲われた教訓ですよ。もしあの時みたいな状態に陥っても、商品を使えば身を守れるかもしれませんから」
お金が最優先で考えていた青年とは思えないほど、しっかりと頭を使った商売をしているパルフィー。
3年前にエストに助けられ、別れてからというもの、売り物を変えることで心機一転、命を大事に商売も続ける考えに至ったらしい。
それに、行商人としての売上も中々のようで、獣人の商人としては最も有名な人物へと上り詰めた。
「ところで、ブロフさん。納品予定の直剣はそちらでよろしいですか?」
「ああ。それと次からは来なくていいぞ」
「……え?」
「オレは鍛冶師を辞めて戦士に戻る」
ブロフの突然の報告に驚いたのは、パルフィーだけではなかった。
「アンタ、本当に辞めちゃうの?」
「戦ってる方が楽しそうだったもんね」
鍛冶師としてのブロフは、意外にも退屈していたのだ。毎日同じような武器を造り、決まった日にパルフィーに売りつける。
2年前、ラゴッドで道に迷ったパルフィーがブロフと出会ったのは偶然だった。心を入れ替えた商人と、師の遺した金で食いつなぐ鍛冶師は、2人で組めば程々に生きていけるだろうと手を組んだのだ。
しかし。鍛冶師としての生活が始まってからというもの、ブロフは刺激に飢えていた。100年以上前、Bランクの冒険者としてダンジョンを巡っていただけに、反動は大きなものだった。
薄暗い地下で火と向き合う生涯。
それが鍛冶師デゥフリィトの魂の在り方だったが、ブロフはその領域には至れない。壁が高すぎたのだ。
そんな中、獣人語と人族語を使う杖師の男から、一通の手紙が届いた。
配達の依頼から十数分後にはブロフの手元に届き、次の瞬間には工房を飛び出した。
恐らくデゥフリィトが造ったであろう杖を持つ者なら、また人生の歩き方を変えてくれるかもしれない。
そんな希望を求めて。
「エスト、お前らがラゴッドを出るまで時間はあるよな?」
「あるけど……またダンジョン?」
「違う。それまでにオレは、戦士としての勘を取り戻す。だから、お前らが出る時に……オレをパーティに入れてくれ」
旅の同行。それがブロフの願いだった。
エストは真っ先にシスティリアに振り向くと、彼女は片眉を上げて悩んでいる素振りを見せた。なにせ彼女は、ブロフの戦士としての姿を見たことがない。
命を預けるに値するか。
命を預かるに値するか。
また、エストとの幸せな日々に彼が居ても問題ないか、という3つの問題がシスティリアの頭にある。
「こうしよう。システィの依頼が終わったら、次の街までブロフが同行する。まだ目的地は決めてないけど、一週間はかかると思う」
「……それでシスティリア嬢の意思を聞く」
「そう。ダメだったらラゴッドに帰すし、その時はパルフィーにも迷惑料を払うよ」
「私、空気じゃなかった……よかった」
戦士としての勘を取り戻すことは前提として、旅に合うかの判断はシスティリアに決めてもらう。エストとしては全面的に同意しているため、彼女が納得したらそれでいいのだ。
ただ、エストの予想では五分五分といったところ。
現状のシスティリアはブロフの前だと緊張している。その証拠に、隣にエストが居ても身構えているのだ。
これでは目的の『楽しい旅』とは言えなくなる。
「今日のところはそれぐらいかな。もう日も暮れるし、僕とシスティは帰るよ」
「あ、あの! 私とのお話しは……」
「僕がブロフを誘ったんじゃない。鍛冶師として居てほしいなら自分で説得して」
「……はい」
陽が沈んでも明るい街を歩く2人は、またもや大通りの酒場でご飯を食べていると、システィリアが手を止めた。
「……アタシ、迷ってるの」
「知っ……そうなんだ」
危うく知っていると口から出そうなところを押し込むエスト。これはジオから『絶対に守れ』と言われた悩みの聞き方である。
「アタシって欲張りなの」
「欲張り?」
「そうよ。エストと一緒に知らない場所に行って、アタシの作ったご飯を食べて、一緒に寝る……調子が悪い日はゴロゴロして休んだり、魔術の勉強がしたい。アンタと過ごす、全部の時間が欲しいの」
これは欲張りだと、システィリアは言った。
だがエストは、彼女と違う意見を口に出す。
「それって欲張りなのかな?」
「……違うの?」
「僕は違うと思う。だって、好きな人と一緒に居たいって思うのは当然のことだと先生は言ってた。それを聞いて安心したんだ。僕も……システィと居る時間が宝物だと思ってるから」
その願望は至って正常なものだとジオは言う。
命をかけて守り抜き、共に人生を歩みたいと願う相手ならば、どんな時であろうと2人の時間を大切にすると。
「僕の方こそ欲張りかもね。僕はシスティとの時間も欲しいし、優秀な戦士を入れて魔物と戦いたいんだ。……魔族ともね」
魔族という言葉には、並々ならぬ感情が宿る。
何のためにエストを守ろうと強くなったのか。
どうしてジオがエストを連れて行き、自身がアリアに稽古をつけてもらったのか。
全て、魔族という脅威に対抗するためだ。
「そうだったわ……はぁ、アタシってばエストと会えたことが嬉しすぎて、完全に目的を見失ってたわね」
「そこまで言ってくれると嬉しいなぁ」
ナイフとフォークを置いたシスティリア。ひとつ大きな息を吐くと、覚悟を決めた表情でエストを見つめながら──
「アタシはエストを守るために戦う。そのためなら、戦士でも国王でも、仲間に入れましょう。次は絶対に負けないわ」
「……ありがとう。ちなみに、奴らはシスティも狙うって先生は言ってたよ。種族的にね」
「ふっ、望むところよ。アタシたちで全員倒せば、晴れて幸せな生活ができるもの」
「そのためにはブロフを仲間にしないとね。今日一緒に戦ってみた感じ、かなり戦いやすかった」
「魔術師のアンタとは相性良いものね」
「うん。でもブロフごと吹き飛ばしたよ」
「……アンタって人は、もう。ふふふっ!」
時に豪快さが振り切れているなと笑うと、学園の依頼が終わるまでは2人で居られることに安堵する。短い期間とはいえ、その時間を大切にすることがシスティリアにできることだった。
宿に戻ると水魔術で体を洗い、『今日もよくがんばったね』とエストに褒められながら尻尾の手入れをしてもらう。
しかし、今日のエストはドラゴンと戦った小さな英雄である。システィリアの方からも何かお礼がしたくて、ベッドでモゾモゾしながら呟いた。
「……いっぱいギューってしていいわよ」
頬を赤く染め、耳もどこを向いているのかピクピクと動いている。普段なら彼女の方から抱きつくことが多いだけに、エストは照れた様子で腕を伸ばした。
「……エストもよく頑張ったわね。よしよし」
システィリアが優しく頭を撫でると、そのままエストの顔を胸元に抱き寄せた。
昔より大きく、柔らかくなったことを知らしめるように、強く押し付ける。最初は抵抗しようとしたエストだが、次第に力を抜いて彼女に預けた。
「……いい匂い」
「エストは、その……大きい方が好き、よね?」
「システィが大好き。大きさはどうでもいい」
「強いて言うなら?」
「……大きい方」
「ふふっ。正直ね」
正直な良い子にはもっと楽しませてあげようと思った瞬間、システィリアはエストが言っていたご褒美の話を思い出した。
「ねぇ、アタシのご褒美ってなぁに?」
「……まだ教えない」
「とびっきりのご褒美を所望するわっ」
「本当にとびっきりのものだよ」
顔を上げたエストがそう言うと、彼女はもう一度抱きしめて目を閉じた。
「愛してるわ、エスト」
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