第358話 罠のような依頼
帝都のギルドにてブロフとライラが受けた依頼は、一見すると2人だけでも達成出来るような内容だった。
依頼の受理をした受付嬢も二言ほど心配の声を上げ、臨時パーティを組むよう推奨していた。
「シュバイドの開拓村近くに現れた、強力な魔物の排除か。Bランク依頼で報酬80万リカ。破格だな」
「受付さんはAランクパーティでも厳しいと仰っていましたよ? この依頼、私たちに出来るでしょうか……」
「環境と魔物による、としか言えん。お前さんの魔術とオレの剣で無理なら、星付きに頼ませるしかない」
「星付き……」
星付きと聞いてライラが思い浮かべるのは、初めてのパーティメンバーにして親愛を抱く、エストとシスティリアである。
至高の魔術師と剣士の2人が居れば、何の憂いもなく依頼に向けて動けるだろう。
はじめから臨時パーティに期待をしないブロフがレッカ帝国の辺境、シュバイドまでの道を確認していると、偶然同じ依頼を受けた3人の冒険者が駆け寄ってきた。
「あんた、ブロフだろ? 賢者の仲間の」
影の薄いライラが小さく『私も……』と言わせたのは、Bランクの冒険者カードを手にした剣士の男だった。
「ん? ああ。悪いが今は別行動中だ」
「賢者じゃなくてあんたに用があるんだ。さっき、シュバイドの依頼を受けただろ? 俺たちも同行させてくれ」
そう言って男が見せてきたのは、レガルという名前の書かれたカードと、依頼受理の証明控えだった。
疑うこともない新しい書類だが、押された印章間違いなく帝都ギルドの物だった。
「悪いがオレたちは、誰かを守れるほど強くない。依頼を受けたなら聞いただろ? Aランクパーティでも厳しいと」
「だからあんたたちの力を借りたい。2人だけだと魔物の引きつけも難しいはずだ。俺たちが前に出て、2人が倒す。それじゃあダメか?」
ブロフたちにとっては都合のいい盾役になると言うレガルに、メンバーの2人はと言うと、瞳にこそ不安の色は見えど、胸を張って頷いていた。
Bランクだというのに3人の剣士で組むパーティは、魔術師や弓使いの支援を経験したことが無さそうに見える。
やはり経験不足はもとより、信用出来ない仲間を近くに置くのは反対だと考えるブロフだったが、彼女はそうではなかった。
ブロフの傍に立ったライラは、彼にだけ聞こえる小声で囁く。
(割り切りましょう。彼らは自己責任で動いています。私たちが断っても、きっと着いてきますよ)
「……はあ。これは経験則だが、お前たちの様な冒険者は皆死んでいる」
「はっ、60年もすれば全員死んでるぜ」
「違う。例外なく肉片になり、魔物の血となり肉となっている。お前さんは経験が無いから言える。仲間の血脂で付いた土が、いつまでも取れないことを」
情を寄せた仲間が死ぬことほど、長命種にとって苦しいものは無い。ブロフが抱える次の死は既に決まっている。そこにレガルたちの名前を刻む気は毛頭なかった。
ゆえに、着いてくるならと付け足す。
「オレはお前さんたちを守らない。守れないからな。傷を負い、死んだとしてもオレは見捨てる。それでもいいなら着いて来い」
「おう! 賢者の仲間の腕、見せてもらうぜ」
そうしてレガルたち3人と共に、帝国、王国、公国を結ぶ国境に位置する未開拓の森に向かうことになれば、早馬で2ヶ月もの期間をかけて辺境シュバイドに到着した。
2ヶ月も共に過ごせば多少は友情が生まれそうなものだが、ブロフとライラは
辺境シュバイドの街は外交も盛んな貿易街となっており、未開拓の森を避けて物が流れている。
以前はその森に盗賊団があったらしいが、いつの日か魔物の襲撃を受けて壊滅し、中に居る人間は開拓村の者のみという。
宿で一泊し、英気を養ってから未開拓の森に入った5人は、確かな違和感を覚えていた。
その違和感の正体を明らかにしたのは、他でもないパーティ唯一の魔術師である、ライラだった。
「ここ、魔力が
「……危険と言われた理由はソレか」
「魔術師による索敵が出来ないので、不意打ちを受けやすいです。皆さん注意してください」
ライラを中心に前方左右をレガルたちが、後方をブロフが警戒しながら開拓村に向けて進んで行くと、突然レガルの姿が消えた。
警戒はしていても対応が間に合わない速度で襲撃したのは、非常に戦い慣れたトレントだった。
「追うぞ。ライラ、やれるか?」
力強く頷き、トレントが襲ってきた方向へ向けて走る4人だったが、レガルを見つけた瞬間、3人の表情が曇る。
「……酷い」
そう呟いたのは誰だったか。
トレントの蔦に足を掴まれたレガルが何度も頭部を木に叩きつけられ、既に事切れた状態で吊り下げられていた。
ここまで凶暴性を秘めたトレントを初めて見た4人だったが、即座に撤退の選択をしたのはブロフとライラだけだった。
元々パーティメンバーだった剣士らは、無謀にも遺体を持ち帰ろうと救出に向かうが、結果は──
「罠のような依頼だな。基本はトレントが現れるとはいえ、Bランクが受けていい依頼ではない」
「はい……誰も帰ってきませんでした」
シュバイド支部のギルド酒場で、ブロフは辛い酒を飲んでいた。身近な人が無くなった時、辛い酒を飲むことがドワーフの弔い方である。
喉を焼くような感覚に、久しぶりの『死』を感じるブロフ。それはエストたちと共に歩んだ旅では感じなかった感覚だ。
強者の安心感に抱かれた経験が、過去の記憶をより鮮明に思い出させる。
対するライラは、ちびちびと果実酒を飲んでは魔道書を読んでいた。
「お前さん、意外と割り切れるモンなんだな」
「人は死にますから。私としては、ブロフさんが他人を想う優しい方だと、初めて知りました」
「……死は嫌いだからな」
「……私も嫌いです」
臨時パーティを喪ったからといって、2人は依頼を失敗で終わらせるつもりは無い。
引き続き達成に向け、ギルドでトレントの調査書を探していると、再び臨時パーティを募集する者たちと出会った。
今回はライラの他に土魔術師も居たため、今度こそ開拓村に辿り着けると思っていたが──
結果は失敗。またもや前衛がトレントに捕まり、全員で逃げたもののリーダーを喪ったために解散。
そうして罠のような依頼に次々と嵌っていく冒険者と共に、ブロフたちは何度かトレントの討伐を成功させるも、やはり村への到達には至らなかった。
そして4度目の壊滅を経て、依頼の失敗報告の後、夏に間に合うようエストたちの家へ向けて歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
「公国に向かう道中とか行ってなかった?」
「正直に会いに来たなんて言えば笑うだろ」
「うん笑う。あのブロフが寂しいなんて言った日には、治癒院に行くことを勧めるよ」
「行かんぞ。お前らの魔術の方が効力が強い」
心からの信頼を口にするブロフに、エストとシスティリアは顔を合わせて驚いた。あまり感情的にならないブロフが、ここまで傷心している様子を見せるのは初めてだったからだ。
エストがそっと髭の手入れ用ブラシを渡すと、静かに髭を梳かし始めた。
「しんみりした空気は嫌いよ。この子に障るじゃない」
システィリアはお腹を撫でながら尻尾を逆立て、これ以上不吉な話はするなと言う。これにはブロフも頬を掻き、潔く頭を下げた。
「……そうだな。すまん。エスト、お前さんの方では何も無かったんだな?」
「僕は神国のダンジョンで魔物を倒したよ」
「あ、聞きましたよ。アンデッドドラゴンを倒したとかで、帝国にも少しずつ話が広まってます」
「まぁ僕は後方支援だけどね。アリアお姉ちゃんとユルが殆ど倒し…………いや僕もそれなりに倒してたかも」
「二ツ星が2人にエストか……過剰戦力だろ」
「それがそうでもなかったんだ」
エストは同行したダンジョン活性化の件について話すと、ブロフたちは出現する魔物の強さに耳を疑った。
それをさも何でもないことのように話すエストに呆れて溜め息を吐く2人だったが……指名されたアリアとユルという戦力に、適材適所かと感嘆する。
「アリア殿が一枚上手だったな」
「でっしょ〜? ウチもマジ英断だったと思う〜」
「おもうー!」
「──な、なんだこの子どもは」
話していると、稽古を終えて風呂から上がったアリアとウルティスがリビングにやって来た。
ブロフたちは庭を見ることなく家に来ていたので、アリアたちも住んでいることを知らなかったのだ。
そしてブロフの髭に興味を持ったウルティスが、真っ直ぐにモジャモジャの髭を触りに来た。
「おひげ、すごいね。おにいちゃんにはないよ?」
「こら、ウルティス。触る前に許可を取らないと、その髭のおじちゃんにひねり潰されるわよ?」
「ひぃっ! ごめんなさい!」
「……なんだその子どもは」
ウルティスに翻弄されたブロフは、何が起きているか分からないといった表情で問うと、そういえばとエストが手を叩いた。
「変わったこと、あったよ。実はもうひとり家族が増えてね、この子を紹介するよ」
そう言ってエストは、件のダンジョン都市でウルティスを拾った話をするのだった。
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