第359話 終末散歩のお誘い
「娘のような、歳の離れた妹か」
「こんにちは、ウルティスちゃん」
「こんにちは!」
ウルティスの出会いと同居に至る経緯を説明すると、ライラがウルティスを抱き上げ、膝の上でクッキーを食べさせていた。
神国の孤児院で子どもの人気を得た実績もあり、ウルティスから早い段階で信頼を得ている。
そんな状況が気に食わないのか、エストが膝をぽんぽんと叩くと、目を輝かせたウルティスが降りた瞬間──隣に居たシスティリアがエストの膝を独占した。
「おねえさまずるい!」
「そう思うなら最初からエストの傍を離れないことね。それに、誰にでも尻尾を振るのは犬みたいで情けないわ」
「うぅ……! おにいちゃん!」
「ごめんね。僕はシスティの味方だから」
ガーンという音が似合う表情になったウルティスがライラに向き直ると、優しく受け入れられたことで更に心を許し、尻尾を振ってしまう。
大人の振る舞いとしては0点なエストたちに対し、テーブルの方からケラケラと笑う魔女の声が聞こえた。
「意外と厳しい教育をするものじゃな?」
「僕の膝から降りるということは、システィに譲るということだからね。まぁ、元からシスティのだけど」
「ふふんっ。じゃあ2人目も余裕よね?」
「……寝不足は早死にするらしい」
「朝と昼を忘れるなんて、モグラ根性が過ぎるわよ」
妖しい瞳で見つめられたエストだったが、彼女の放ったモグラという言葉に、ユルにも誘っていたダンジョンの話を思い出した。
「……ダンジョンは胸が踊る良い場所だからね。そうだ、ブロフたちも行ってみる? 人類拒絶ダンジョン」
「なんだその嫌な予感がする名前は」
「エストさんってたまに怖いこと言いますよね?」
「言葉通りのダンジョンだよ。ブロフと一緒に炎龍を倒したダンジョンに、次の階層ができていたんだ」
エストがテーブルの上にドラゴンを模した
「ラゴッドか。だが人類拒絶とは思えんな」
「現れる魔物が、全部ドラゴンでも?」
「……どういうことだ?」
「だから、言葉通りの意味で──」
時期が合えばユルと遊びに行くつもりだったダンジョンについて教えたエストは、左膝にシスティリアを。右膝に
また、粘度を高めた
「……恐ろしいダンジョンだな。下層は無事か?」
「見た限りでは大丈夫」
「あの……そういうのって、ギルドに伝えて調査してもらった方がいいんじゃないですか?」
「僕ら以外で主魔物のドラゴンを倒せるならね」
「……そういうことですか」
ロクな調査も出来ないであろう難易度のダンジョンだ。ゆえにエストはユルと共に遊び感覚で誘っていたのだが、ブロフたちなら戦えると信じて攻略を持ちかけた。
「で、どう? 2人は行ってみる?」
「オレでも死ぬぞ」
「わ、私も恐怖が勝っちゃいますね……」
「そっか。まぁ僕も、本格的な攻略ならシスティの戦力が欲しいし、行くなら散歩感覚だから。気が変わったら言ってね」
「……お前の散歩道は終末か?」
「週末は買い物かな」
そんな話をしていると日も傾き始め、ブロフたちは街の宿に泊まるという。公国への道中と言っていたブロフだが、しばらくレガンディに滞在することを決めていた。
傷心していることも理由にあるが、一番は2人の子どもの顔が見たいからだろう。
ライラが魔女に再び稽古を付けて欲しいと言い、快く了承を得ている横でシスティリアはエストに
そんな様子を見て、ライラは一言。
「あはは……変わってなくて良かったです」
「「なにが?」」
「いいえ、何でも。それではまた明日来ますね。エストさん、良い依頼があれば紹介しましょうか?」
「要らないかな。研究と鍛錬で手一杯だから」
そう言って街へ帰る2人を見送り終わると、システィリアは大きく息を吐いてエストに体重を預けた。
優しく抱きとめられ、尻尾も力なく垂れさせながらソファに運ばれたシスティリア。
「ふぅぅ……疲れたわ」
「途中、吐きそうなの我慢してたよね。無理は禁物だよ」
「だって胃を直接蹴られたみたいで……ごめんなさい」
「謝らないで。2人の前だったもんね」
「ええ……」
エストの前ですらあまり弱気になりたくないシスティリアだ。パーティメンバーの前となれば、
そんな彼女を心配して魔女がコップに水を注ぎ、アリアも早いうちから体に良い食事の準備に取り掛かり、家全体が新たな命を迎える準備を始めていた。
翌日、アリアに稽古を付けてもらうウルティスとブロフを、そして実戦的な魔術を教わるアリア眺めながら、2人は術式の構築速度を早める練習をしていた。
ソファに座って繰り返し練習していると、突然システィリアが昼食を戻してしまった。
「ご、ごめんなさい。服に……」
「大丈夫だよ。それに、僕はシスティの尻尾を汚した前科があるからね。まだ気持ち悪い?」
「……いいえ。なんか、急に出ちゃったの」
焦りと困惑、動揺を重ねて落ち着かないシスティリアを抱きしめ、優しく背中を叩きながら深呼吸をさせるエスト。
尻尾が逆立つほど不安定だった精神も、次第に落ち着きを取り戻す。
「大丈夫、大丈夫だから。大好きだよ」
「もう、エストってば……アタシが欲しい言葉をくれるのね」
「システィは僕と似てるからね。何かあった時、嫌われるんじゃないかって心配してる。そうでしょ?」
「……ええ。そんなこと無いって、分かってるのに」
あっという間に吐瀉物を水と光の魔術で掃除したエストは、再び術式の構築速度強化の鍛錬を始めた。
いつかエストが言い放った、魔術よりもシスティリアが好きになったという言葉は、今も2人の中で響いている。
覆ることのない概念として定着したそれは、システィリアの心労を癒す糧となる。
そうして、ブロフたちがレガンディに来てから40日が経とうとしていた頃。エストたちの家に、屋敷のメイド2人が助産のために訪れた。
刻一刻と近付いてくるその時を前に、家の中は緊張と期待の空気が流れ始める。
「どうしましょ、これで100人くらい一気に産まれちゃったら」
「僕の愛情が足りなくなるかも」
「もうっ……ただでさえウルティスにちょっぴり奪われてるのに。ふふっ、楽しみね。久しぶりの命懸けよ? 受けて立とうじゃない」
「大丈夫。死なせないよ。君も、子どもも」
夏の陽射しが肌を焼く季節に入り。
遂に陣痛が始まった。
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