第112話 焼成する心
「エスト、儂にやらせてくれ」
「え〜? しょうがないなぁ」
ハンマーを構えたブロフが前に出る。
前方のワイバーンはまだこちらに気づいておらず、エストたちの匂いを追って頭を振っている。そこに、凄まじい速度で突っ込んでいったブロフが斜めに一回転しながらハンマーを振り下ろした。
轟音を立ててワイバーンの頭が床に打ち付けられると、怯んだ隙にブロフの追撃が襲う。
「速い。それに強い。ゴーレムなら粉々だね」
このまま見ているだけでも大丈夫だと感じたエストだが、追撃が終わったブロフの動きに迷いが見た。
起き上がったワイバーンが唸るような鳴き声を上げて頭を前後に動かすと、口の端から沸騰する炎の塊が垂れ出した。
凄まじい熱気に、後方で見守っているエストですら汗をかく。
屋内のワイバーンとは、一見して飛べないため不利に思えるが、こと炎の使い方によっては屋外よりも格段に危険である。
ブロフがどう動くのか注目しつつ静観していると、ワイバーンが炎を吐いた。
……エストに向けて。
「ッ! 避けろぉぉぉ!!!!」
粘度の高い炎が飛来する。
空気が逃げるような温度と、接触した魔力がグツグツと煮え立つ感覚が目の前にある。
顔面に向けた必殺の一撃。
ぼーっとしているからといって、ワイバーンの敵であることに変わりはないのだ。
必死の形相で吠えるブロフ。
ワイバーンにまた仲間を殺されると思ったら、その体は自然とエストの方を向いていた。
「前を見ろ」
珍しく語気を強めたエストは、炎に向けて手を出した。
そして、大きく息を吐く。
「──凍れ」
一瞬である。ワイバーンの吐いた炎は、エストの言葉によって昇華した。
炎に練り込まれていたワイバーンの体液などが氷の粒になって散らばると、その光景を見ていたブロフが唖然とした表情で言う。
「……嘘、だろ」
「おぉ、上手くいった。でもまだ氷龍の方が冷たいかな。こればっかりは練習しないと」
まるで初めて作った料理が美味しくできたように喜ぶエストは、右手を閉じたり開いたりしながら呟いた。
その口から出た冷気はまるで氷龍の様だったが、ブロフには分からなかった。
空間の凍結という、氷魔術における終着点とも言える術を氷龍から学んだのだ。
その領域内では魔力すら凍るという、恐ろしい魔術である。
しかしそれを、魔術ではなく魔法として使ったのはエストが研究中である証拠だ。
魔物が本能で使う魔法を、人間が使う魔術という形に落とし込むにはまだまだ時間がかかる。
氷魔術の新たな課題を得たエストにとって、氷龍は師とも言える存在だった。
「ブロフ、僕を気にせず戦いなよ。さっきからこっちのことを気にしすぎ。余裕を持ってほしい」
再度ワイバーンが吐いた炎を、今度は
今、後ろに居る仲間はかつての剣士ではない。
異常なほど体を鍛えている変態魔術師だ。
まるでゴブリンを相手にするかのような態度でワイバーンの前に立ち、ブロフの戦いを見ている。
……これほどまで安心できる仲間は居ない。
パーティとは、個人が強いだけでは真価を発揮しない。
どんなに優れた戦士が前に出ようと、それを支える魔術師や治癒士、そして剣士が優れてなければ、どこかで空回りする。
しかし、今回のように気味が悪いほど強い魔術師が後ろに居ると、優れた戦士は安心して戦えるのだ。
ハンマーを握る手に力がこもる。
あの日仲間にエストが居ればと思うほど、背中に感じる安心感が勇気を与えた。
強く、強く、より強く。
筋肉の塊のような肉体が更なる力を腕に送り、ブロフは大きく振りかぶる。
「エストよ、感謝する。思い出したんだ……儂は……いや、オレは──戦士ヴゥロフだとなッ!」
ゴッ、という音と共にワイバーンの横っ面を殴り飛ばすと、その巨体を数十メートル離れた壁に衝突させた。
あまりの威力に、エストの口から乾いた笑いが出る。
「はは……お姉ちゃんより怖い……」
片手で顔を覆っていると、ハンマーを背負い、両手で真っ赤な魔石を抱えたブロフが歩いてきた。
お世辞にも綺麗とは言えない身なりだが、憑き物が落ちたようにスッキリとした笑顔を向けている。
「こいつぁ砕けば数十個分になる」
「そうなんだ。でも、記念に持ってれば?」
「記念だと? あぁ……いや、いい。オレにとっては忌々しい物だからな。気遣いに感謝する」
魔石を燃料に使うことが決まると、中央の宝箱を開けるブロフ。中に入っていたのはリザードマンの魔石らしく、これも燃料行きとなった。
今日は中々に良い戦いを見れたと満足気なエストは、下りの階段に向かって歩こうとしたところ、ブロフが裾を引っ張った。
振り返って首を傾げると、ちょんちょんと上層への階段に指をさす。
「……マジ?」
「戦いたい。お前なら死ぬことも無いだろう? オレは、こういうパーティに憧れていた。鍛冶師になる前は、そこそこ腕の立つ冒険者だったからな」
「そ、そう。でも上は熱いよ?」
「火の前に立つ者がこの程度で負けると?」
「……時間もまだあるし、行こっか。30層の主魔物を倒したら帰る。それでいい?」
「ああ。共闘を望む」
「そうだね、次は一緒に戦おう」
魔石を亜空間に入れると、別人のように顔つきが変わったブロフを先頭に、未知の21階層へと進む2人。
実は、冒険者ギルドが持っている情報ですら20層の主魔物については記載が無い。既に最高到達階層を塗り替えているのだが、2人は好奇心の赴くままに歩いて行く。
階段の先にはまた洞窟型の通路が広がっているのだが、立ち込める熱気はこれまでと比較にならず、ブロフは全身で汗をかいていた。
流石に可哀想なので冷たい
「ん、魔物の反応。5体かな」
「任せろ。先頭から破壊する」
「頼もしいね」
ハンマーを構えるブロフの前に現れたのは、燃え盛るような赤い体毛の狼だ。Bランクの上位に属する、フレイムウルフ。
ダークウルフの近縁種であり、火山に適応した狼の魔物である。
大きな口を開けて突っ込んでくると、下層のレッドハウンドとは全く違う、オレンジに発光する牙が見えた。
明らかに噛まれたら死ぬであろう牙を、ブロフはハンマーでぶん殴って吹き飛ばした。
壁に叩きつけられたフレイムウルフが立ち上がる前に、エストは真っ白な多重魔法陣を群れの足元に展開する。
「
瞬く間に5体のフレイムウルフが氷の彫刻になると、ブロフが叩き壊すことで魔石へと姿を変えた。
「はっ、只者じゃねぇ。宮廷魔術師か?」
「学園生のとき、帝国の宮廷魔術師団長と喧嘩したよ。僕の氷が忌々しいんだとさ」
「バカだな。この逸材を野に放つか」
「大丈夫だよ。どうせ入団しても数ヶ月で辞めるだろうから、今と変わらない」
自由に生きられる冒険者の方が
そう言って片手で握るのがやっとな大きさの魔石を回収すると、次の階へと目指して歩く。
常人なら溶けそうなほどダンジョン内の気温が高いが、魔術師が居れば。それも、氷魔術が得意な魔術師が居れば、快適な攻略が約束される。
「お〜、赤いオークだ」
「あれはオークじゃない、オーガだ。頭に角が生えてるだろ」
「どうせブロフが一撃で倒すから同じだよ」
「試してやろう」
26層から現れたオーガという魔物を前に、ブロフの強烈な一撃がオーガの横腹を穿つ。しかし、オーガは数歩分動いた程度であり、一撃で絶命には至らなかった。
流石のダンジョンも本気を出してきたのか、強力な魔物が徘徊するようになっている。
一言に強力とは言っても、ドワーフの筋力とエストの魔術の前では、ただの氷の粉砕作業には変わらないが。
「もう30層か。早いなぁ」
「お前の魔術が強すぎる。加減というものを知らないのか?」
「知らない。あいにく僕は、魔物相手には全力で戦うって決めてるから」
「……魔物が可哀想だろ」
主部屋の前で、2人は笑い合う。
たった数十分のダンジョン攻略だが、お互いの力量を知るには充分な時間だった。
少し冷たい水を飲み干すと、ブロフが大扉を開ける。
ハンマーを構えたブロフを先頭に進むと、暗い主部屋は意外にも涼しく、エストは
次の瞬間──
「ッ!?
部屋の中央に居る何かから、凄まじい温度の熱波が放射され、ブロフを扉の近くに転移させたエストが全力で氷魔術を使った。
消費魔力に力を入れた上級氷魔術でさえ、その熱波とは相殺する形で消え失せてしまう。
ギロリ、と2つの真紅がエストを覗く。
見上げるほどの大きさには見覚えがあり、その澄んだ瞳にはよく見つめられていた。
鋼よりも硬い鱗。
大人よりも大きな爪。
そして、家が乗りそうなほど広大な翼。
エストは、誰よりもソレを知っている。
「…………炎龍」
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