第43話 知識の使い方


 実技教室にて、日が暮れるまで連携の練習が繰り返されている。エストも毎日参加していたが、肝心な魔術対抗戦のルールを知らなかった。


「ルールは単純明快。相手チームを全員倒すか、相手の宝玉を破壊すること。力でねじ伏せても良し。戦略で宝玉を狙うも良し」


「なるほどね。カミラはどうしたいの?」


「もちろん両方。戦略で宝玉狙いだと思わせつつ、力でねじ伏せたい」


「……もしかしてバカ?」



 エストとユーリ、アルフレッドの3人が基本の攻撃役として立ち回り、セーニャとマークが防衛、カミラが中衛に回るのが基本形だ。


 今は各チームに渡された宝玉のレプリカを使って、防衛魔術の展開方法を洗っている。



「セーニャ、次の土壁アルデールは密度より数を重視して。ただし、壁と壁の隙間は作ること。マークはその隙間に水壁アデールを差し込んで。アルフレッドはユーリの風魔術で火針メニスを強化。3人とも、消費魔力に意識を向けること」


「「「はい!」」」


 一斉に返事をすると、演習が始まる。

 離れた位置でカミラと話すエストの横顔は、鬼教官と呼ぶに相応しい。


「エストくんって指揮官に向いてる?」


「いいや。僕はただ、理想を押し付けてるだけ。本当に指揮官に向いてるのはマークだよ。自信が無いからか、常に周りを見る能力が高い」


「言葉にトゲがあるなぁ」


 こと魔術の使い方において、エストの右に出る者はいない。ゆえに、ある程度の基礎ができたら、使い方を知ることで攻撃力、防御力共に飛躍的に成長できる。


 それにいち早く気づいたのは、リーダーであるカミラだった。


 過去3回の出場経験を持つカミラは、試合での『上手さ』を知っている。この場合の上手さとは、魔術の展開速度や精度ではなく、実戦で使えるかどうかというもの。


 学園生で実戦経験持ちは数が少ない。

 その上、高水準に魔術を使える人は片手で数えられるほど。


 1年生にそんな人が居ることに驚いたカミラだが、エストは取り分け別格と判断した。



「アルフレッド、その消費量は無駄が多い。魔術を使う時に右手を握ってるけど、もう少し小指の力を抜いてみて。多分上手くいく」


「分かった」


「セーニャ、マークのことも考えて隙間を作って。前から3番目の壁、泥になってたよ。多層魔法陣は位置調整くらいの改変は効く。何度も練習して感覚を掴んで。位置以外は完璧だから」


「はいっす!」



 それぞれの問題点と改善点を挙げると、休憩の後に再開される。その様子を眺めながら、カミラが呟いた。



「エストくんって褒め上手だね」


「違う。本当にセーニャが上手いんだ。多分、僕らの知らない所で沢山練習してる。じゃないと多層魔法陣の即時展開なんて出来ないよ」


「くっ、才能ある人は見てる所も違うねー!」


「……うん。でも、その言葉はセーニャの努力も否定しかねない。ちゃんと認めてあげて」


「もちろん! このチームの要だもん!」



 才能。

 その言葉の意味を、見失いかけていた。

 適性を才能と呼ぶなら、人は生まれながらにして凡人、或いはそれ以下の烙印が押される。

 努力して積み上げた成果を才能と呼ぶなら、それは努力できること自体が天賦の才だ。


 生まれながらに上位の適性を持ったエストは、才能というものを手放しで褒めることはできない。


 エストの信条に『才能は劇薬』という言葉がある。

 それはあらゆる分野において『できる』ことが身を滅ぼす危険性を秘めているからだ。


 人に教えることが

 沢山の魔術を使うことが

 魔物を倒すことが


 どれを取っても、使い方を間違えれば自滅する。


 人道的に間違った方向へ導けば悪人を作り、危険な魔術を暴発させれば術者が死ぬ。


 才能とは『できること』であり。

 『できる』とは、それ即ち劇薬である。



「……薬と毒は表裏一体。気をつけないと」



 今一度自分の『できること』を認識したエストは、くれぐれも身を滅ぼす毒にならないよう注意する。


 魔女に教わったのは、才能を薬に変える生き方。つまり、正しい知識の使い方だ。

 一人一人の才能を見極め、より高度な連携を組み上げていく。


 そこにカミラの経験とエストの知識は必要不可欠であり、魔術対抗戦の前日には、洗練された軍隊とも言えるほど、堅牢なチームが出来ていた。









「おいネルメア」


「なんだ?」


「わらわ、甘い物が食いたい」


「……お子様か」


「だって魔術使ったんじゃもーん。あーあ、わらわ甘い物が足りなくて死にそー。会場の魔術も解けちゃいそー」


「わかったわかった、用意しよう」



 学園長室のソファに寝転がり、駄々をこねる魔女。

 粗方の書類作業を終えた学園長は、溜息をつきながら奥の小部屋に茶菓子を取りに行く。


 その間、アリアは静かに本を読んでいた。


「珍しいの。アリアが読書とは」


「んや〜、これ、エストの部屋にあったから」



「ぬ? もしやどエロい裸の女でも……なんじゃ、ただの魔道書か」



 魔女が期待の眼差しでアリアの腕の中から顔を出すと、そこにはびっしりと詰まった文字と、複雑に組まれた多重魔法陣が描かれていた。


 内容としては水魔術に粘性を持たせるというものだが、優れた魔術師であれば感覚でできるものだった。


「間に挟まってる紙を見て。最新の理論なのに、もう改善点出してる」


「ふむふむ……ほほう? 土の術式を絡めるか。確かに具体的に粘度も弄れるのう。見事な着眼点じゃ」


 限られた属性の中で最も適した魔術を見つけ、新説の魔法陣と組み合わせて改善を図る。ただ粘り気のある水を作るだけなのに、150を超える試行回数を経たと紙に書いてあった。



「お〜い、帝都で買った職人の焼き菓子だぞ」


 食べるのを楽しみにしていたクッキーを皿に盛り、学園長は嬉しそうに魔女の対面に座った。


「……おいネルメア」


「はいはい、次はなんだ? 紅茶に蜂蜜か?」



「わらわの弟子、超優秀かもしれん」



 ただの息子弟子自慢である。


「超優秀ならチーム分け初日に問題は起こさないぞ」


「それは向き不向きというやつじゃな」


「まぁ、楽しみにしているさ。あの空間なら、きっと彼も全力で魔術を使うだろ」



 目を閉じ、紅茶を楽しむ学園長はまだ知らない。目の前の魔女の息子が、全力で5人を鍛えたことを。

 そして、彼の全力が如何に常軌を逸しているかを。



「む、このクッキー……食べたことがあるぞ」


「これウチがよく貰うやつだ〜」


「貰う? 1袋で8,000リカもするが?」


「うん。店の開業を依頼で手伝ってさ〜、毎週3袋貰ってるの〜」


「……くっ!」



 黙々とクッキーを食べる魔女を膝に乗せたアリアもまた、常軌を逸していた。

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