第44話 一投勝負


『これより、帝立魔術学園による魔術対抗戦の開会式を始める!!』


 風魔術で拡散された声が、会場に響き渡る。

 ここは帝国兵の練兵場としても使われる、帝国内で最も大きなコロシアム。


 魔術対抗戦は、各国の要人や魔術師、冒険者から一般人まで楽しめる一大イベントだ。


 ある者は未来の魔術師の卵を求めて。

 ある者は、家族の活躍を求めて。

 ある者は、実力を誇示するために。


 出場する生徒の理由は千差万別。

 互いに魔術の腕を競い合うことが重要である。



 


 開会式が終わると、控え室でユーリが震えていた。


「ど、どうしよう……緊張してきた」


「ユーリくん、そういう時は緊張していることを自覚するのが良いよ」


「自覚、ですか?」


「そう。私はこれで4回目の出場だけど、2回目まではユーリくんよりガチガチに緊張してた。でもね、気づいたの。『自分は今、とても緊張しているんだ』って理解すると落ち着けるって」


 経験者の言葉を飲み込むと、震える手を握った。

 そして自身が緊張状態であることを自覚し、落ち着くのを待つ。


 ユーリ以外の面々にも、カミラの経験は役立った。


「あれ、エストくんは緊張してないの?」


「……できた」


 机の上で黙々と魔法陣を弄っていたエストに緊張している様子はなく、むしろ喜んでいるようだった。

 両手で覆われていたソレは、見事に焼成が完了したアリアの泥人形である。


「へぇ、焼いたら動かせなくなるんだ。初めて知った」


 こんな時に何をしているんだと視線が集まるが、エストは初めての経験に胸を躍らせていた。

 魔術で作った物が別の魔術により変性させると、もとの術式では一切操れなくなるということ。


 実験結果を急いで紙に書き記すと、5人の顔を見た。



「……なに?」


「いやぁ? マイペースだね〜」


「っす。あれだけ沢山の人が来てるのに、どうして緊張しないんすか? っていうか、どうやって落ち着いてるんすか?」


「落ち着く……この時計の力かな」



 腰に付けていた魔道懐中時計を外すと、皆に見せた。


 気持ちをリセットしたい時、エストはよく懐中時計を開く。そこに居る大切な家族の顔を見ると、心が安らぐのだ。



「えぇ!? それ初めて見るデザインっす! 誰の作品っすか!?」


「僕」


「ボクって言うんすか? 初耳っす! それはどこの──ん?」



 セーニャが興奮して作者を聞く姿に、誰もが目を見開いていた。割と明るい性格の彼女だが、ここまで過剰に反応することは珍しい。


 それに対し、エストは冷静に答えた。



「もしかして、エストさんっすか?」


「うん。し……母親の誕生日に作ったんだ」



 厳密にはその複製品だ。

 エストが一から組み上げた方は魔女が持っている。それからは、魔術で部品を作ったり、魔力のロスを減らした話をしていたが、セーニャ以外は理解に苦しんだ。


「セーニャ、分かるんだね」


「ウチ、代々土の魔術師なんすよ。その中でも芸術方面に特化していて、彫刻や魔道具は専門的に扱ってるっす」


「いいね。僕も彫刻には興味ある」


「分かる……分かるっすよ。あの一ツ星の像を見た時から、エストさんは“こっち側”の人間だと思ったっす。展示会を開く時は、是非招待するっす!」


「ありがとう。楽しみに──」



 と、話が盛り上がったところで第1回戦が始まるようだ。エスト達の控え室に何故かメイドが訪れ、入場するよう伝えられた。


 エスト達のチームは初戦から出場する。

 トーナメント形式で戦うため、活躍を見せたい生徒は一度も負けられない。


 そして今回は、いきなりクーリアの居るチームと戦うことになった。運が良いのか悪いのか、初戦から実力者と当たる。



「エストくん、杖は持って行かないの?」


「だって、魔術使わないし。邪魔になるだけ」


「……負けたらダメだよ」


「負けると思う? それに僕が負けても、カミラ達が勝つでしょ」


「良いこと言うね。うん──勝つよ」



 カミラを筆頭に、入場ゲートをくぐる。

 すると練兵場の地面から一転、浅い森の中へと景色が変わった。目に入るのは、不安になるほどの緑色。


 そして、銀色の台座に乗せられた青い宝玉。



「な、何これ!? すごいよ!」


「あはは! 初めてはビックリするよね!」


「う〜ん、まだ慣れないっす」


「マークとアルフレッドくん、あとエストくんも落ち着いてるね。説明すると、ここが魔術対抗戦の試合会場だよ。今いる場所が森の端っこで、真っ直ぐ行ったら相手の宝玉が見えると思う」


「それではかなり簡単な戦いになるのでは?」


「ちっちっち、甘いよアルフレッドくん。森を真っ直ぐに歩くなんて、熟練の冒険者でもなきゃ無理。だからまずは防御に徹して、相手から来るのを待つのが鉄則」


「なるほど。承知した」



 カミラが注意点や作戦を話している中、エストは森の木に触れていた。

 足から伝う草の感触や、澄んだ青い空気。

 そして開始までは進めないようになっている透明な壁に触れると、ふとアリアによる地獄のトレーニングを思い出した。


「……懐かしい」


 そんな言葉をこぼすと、上空から声が響く。



『それでは、1回戦第1試合を開始する! 両チーム、構え!』


「おっと。もう始まる」



 学園長の声で、一気に空気が張り詰める。

 エストの隣にはユーリとアルフレッドが立ち、基本の防衛陣形をとった。



『始め!』



 その言葉で壁が消えると、セーニャが土壁アルデールで台座を囲い始めた。これが最も基本的かつ重要な、土の適性の使い方である。


 魔術対抗戦では、一人の命より宝玉の方が価値が高い。生徒は致命傷を受けると控え室に送られるが、宝玉が壊れたら即敗北だ。


 硬い壁を作れる土の適性持ちは、本当の意味でチームの要である。



「……ねぇ、二人とも」


「どうしたの?」


「僕、戦っていい? クーリアを抑えたい」


「……拙者としては、水の適性を抑えてくれるのはありがたい。しかし、それでは防衛陣形が崩れてしまう」


「大丈夫。いざとなればマークが動く」



 エストはてい良く相性の悪いクーリアを引き合いに出したが、内心は森を走りたいだけである。

 二人に自身の希望を伝えると、次はセーニャ達の元へ聞きに行く。



「セーニャ、槍作って」


「はいっす! 土像アルデア!」


「もう行くの? まだ様子見すると思ってた」



 頭の後ろで手を組んでいたカミラは、イタズラっぽい顔でそう言った。実の所、カミラとマークの作戦にエストは重要視していない。


 何故かと言うと、エストに頼りすぎてしまうからだ。


 以前学園長が『強い駒』と言ったように、エストは攻撃にも防御にも使える。しかし、使いすぎては彼の負担になり、可能な限り魔術を使いたくないエストの意に反してしまう。


 そのため、作戦自体は5人で動くように考えている。そうでもしないと、一人で全て終わらせてしまうから。



「歩きたくなった……セーニャ、ありがとう」


「頑張れっす〜!」



 鋭く尖った石の槍を受け取ると、慣れた足取りで森に入っていった。

 木の生えている感覚や草の高さ、枝の位置などを覚えながら歩いているが、進行方向は一切ブレない。


 森で育っただけに、歩き方を知っている。



「──ッ! 敵襲ですわ!」


「あ、バレた」



 相手チームとの距離を測ろうと歩いていると、徐々に侵攻していたクーリア達と鉢合わせてしまった。

 クーリアは即座に相手がエストだけだと認識すると、4人で囲んだ。



「エストさんにはここで負けてもらいますわ」


「おっすっす、クーリア。魔法陣は改良した?」


「……ええ! 水槍アディク!」



 クーリアの前に出た単魔法陣は、いつかの模擬戦のような甘い陣ではなかった。しっかりと構成要素を理解し、乗っ取られるような隙はない。

 他の3人の前にも魔法陣が展開されるが、それらは即座に奪い、霧散させた。


「いいね。魔術上手い」


 それだけ言うと、エストは右手で槍を握り、投擲の構えをとった。クーリア含め4人の相手は相殺覚悟の投擲だと思ったが、狙いは魔術の槍ではない。



 エストが見ているのは、クーリアの背後。


 木々の隙間から僅かに見える、宝玉の輝き。

 現在進行形で壁を作ろうとしているソレを目掛けて、全力で投擲する。




「──ぶっ飛べ!」




 掛け声と共に投げられた槍は、尋常ではない速度で飛翔する。

 クーリアの放った水の槍を避け、針の穴に糸を通すかの如く、僅かな森の間隙を縫っていく。


 そして、振り抜いた右肩に水槍アディクが当たると同時────宝玉が爆散した。



『そこまで! 宝玉の破壊により試合終了!』



 右肩から血を吹き出しながら、エストは笑った。

 対してクーリアは、目の前に化け物が居るかのように戦慄の表情を見せた。


「な、何が……起きたんですの?」



「ふぅー、楽しい。鍛えてて良かった」



 槍を外せばエストの敗北は約束されたようなものだった。

 それは本人が一番理解していたが、その時はその時だと割り切っている。


 一種の賭けに勝ったように、エストの心が満たされた。



「クーリア、もう少し早く動いていたら良かったかもね。あと、僕を倒すなら遅延詠唱陣とか上級魔術じゃないと。魔術師相手に魔法陣を見せるのは、ナンセンスってヤツだよ」



 最近覚えた獣人語を使うと、踵を返した。

 クーリアにはその背中が酷く恐ろしく見え、声を発することが出来ない。


 前提として完全無詠唱が求められるなど、相手が同じ学園生とは思えない。それどころか、並の魔術師とは遥かにレベルが違う。


 あの日、模擬戦で味わったのはただの片鱗。


 魔法陣を奪われなくなったからといって、エストに勝てるわけではなかった。



「……あれが、魔術師ですの?」



 痛みを物ともしない胆力。

 魔術師とはかけ離れたパワープレイ。

 一瞬にして3人の魔法陣を奪う技量。


 何もかもが、恐ろしく見えた。



「──おぉ、治った。凄いねこの森」



 カミラ達と合流すると、森を出た瞬間に肩の傷が治った。光魔術の痕跡すら見せない治療に、エストは森に対しての興味が増した。



「はぁ……一人で終わらせちゃったよ」


「気づいたら終わってましたね」


「何もすることなく勝利したな」


「……作戦、要るか?」


「エストさんはイカれてるっすね!」



 控え室に戻るなり、口々に試合の感想が飛び交った。

 その殆どは『やることが無かった』というものだが、心の底では早く終わったことを喜んでいた。


 なぜなら、使った魔力が少量で済んだからだ。

 特に今回の場合、セーニャ以外は一切消費していない。つまるところ、次の試合で高いパフォーマンスを発揮できるということ。


 そういった意味でも、エストの単独勝利は美味しいものだった。



「次はアルフレッドとユーリが倒してきてね」


「嘘ぉ!?」


「いやぁ、お力添えを頂きたく……」


「宝玉壊せば終わりだよ。頑張って」



 冷たく放たれた言葉に、2人は崩れ落ちた。

 何せ、次の相手は前回準優勝に輝いた猛者中の猛者。

 4年生のバン率いる、攻撃特化のチームだ。


 真正面から魔術でぶつかる戦い方は、観客にも人気がある。



「大丈夫。こういう時はマークの作戦が輝く」


「そう……なのか? 拙者、不安だぞ」



 エストから魔術の使い方を教わったマークは、カミラと共に幾つもの作戦を立てた。そのうちのひとつがバンに有効だと、二人で決断したものがある。


 それは──




「次の試合は……罠を張るぞ」

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