第76話 危険を伴う発見


 システィリアが上級魔術の知識を叩き込まれてから、1週間が経った。まだ風魔術の風域フローテしか理解できていないが、公爵領を旅立つことに。


 滞在期間中、小さな図書館で新たな魔道書を探すエストだったが、リューゼニスの話以外は収穫が無かった。

 ただ、その話の中に雷魔術に関する記述があり、システィリアに魔術を教える傍ら、独自に研究を始めていた。



「これだから上級魔術は……あら?」



 澄み渡る空から太陽が照りつけ、高い雲が今後の天気を曇らせる。

 防具を外して薄着のまま歩くシスティリアとエストは、魔術の話をしながら南下していく。


 長い杖を持つのが面倒だと感じていると、ゴロゴロと雷鳴が轟いた。



「雨が降るわね。野営しましょ」


「……うん」



 生返事をするエストは、ぼーっとしたまま足を止めなかった。そんな珍しい姿にネフがシスティリアの肩に移動すると、エストは『あぁ』と言って引き返してきた。



「どうしたの? らしくないわよ」


「ちょっと考え事。野営だっけ」



 杖を振って簡易的な拠点を作ると、エストは椅子に座ってまた思考の沼に帰ってしまった。


 システィリアは明日までに元の調子に戻ると信じて夕食の準備に取り掛かると、予想通り雲が広がって雨が降り始めた。


 雨対策として床を少しほど高くしているおかげか、2人が濡れることはない。



「トリ、ちょっとこっち来なさい」


『ピィ? ピッピッ!』



 机の上で羽繕いをしていたネフを肩に乗せると、野草を刻みながら相談を始めた。



「アイツの様子、変よ。何かあった?」


『……(ブンブン)』


「そう。最近はアタシに付きっきりだったし、何かやりたい事を考えてるのかもね」



 申し訳なさそうな表情で調理を進めていると、段々と雨の勢いが増していく。最近では珍しい大雨にシスティリアの耳と尻尾が垂れ下がり、ネフも羽根の調子が悪いらしい。


 ふとエストの方を見るが、小さくブツブツと呟きながら、椅子に座ったまま杖を持っていた。



「エストがおかしくなっちゃったわ」


『ピィッ!!』


「まぁいつものことね。放っておきましょ」



 心配そうにするネフに大丈夫だと言うと、不意にエストが立ち上がった。


 丁寧に杖を机に立て掛けたかと思いきや、濡れることを厭わずに拠点を出た。草原の上にポツンと佇むと、天を見上げる。


 突然の奇行に2人して首を傾げた。

 すると、空が数回光を放つ。


 遅れてゴロゴロと雷鳴を響かせた。



「音……違う。光でもない。何だ?」



 足元に幾つもの魔法陣を出して考えるエストは、雨を受け止めるように手のひらを差し出す。

 いよいよ本格的に頭がおかしくなってきたと思うが、システィリア達は傍観することを選んだ。


 今のエストを邪魔しちゃいけない。

 そんな気がした。



「固体、気体、液体。君はどんな姿なんだ?」



 手から液体の魔力をこぼしながら、天に向かって問いかける。風の上位属性とされ、一説には火の祖先とも言われる、天と地を繋ぐ刹那の柱。


 あまりに真っ直ぐなエストの疑問に、天は答えることを選んだようだ。


 暗い空が光ると同時、けたたましい音を立てて衝撃が走った。


 その光はエストの手から伝い、周囲の草を焦がす。尋常ならざる力に負けたエストは、呆然としたまま膝をついた。



「エストっ! ちょっと、大丈夫なの!?」



 倒れ込む様子を見たシスティリアが駆け寄ると、右手を出して制止した。

 エストは何も言わずに左手を見つめ、数秒ほど経ってから嬉しそうに振り返った。



「ははっ……見て。新しい魔力の形だよ」



 左手の上に白い稲妻を乗せ、見せつける。

 しかしシスティリアは、その手にある小さな雷よりも、エストの体を見て両手で口元を隠した。


 手から始まった稲妻の軌跡が、腕や胸、喉を伝い、顔全体にまで火傷を残していたのだ。


 痛みに強すぎるせいで何とも思っていないようだが、あまりにも痛々しすぎる傷の痕と焦げた服を見て、システィリアは何も言えずに立ち尽くす。



「おぉ、火傷してる。なるほどね、これが火の祖先の由来か。面白い」



 呑気に火傷跡を見るエストだったが、段々と痛みが枝を伸ばしてきたのか、観察も程々に光の魔法陣で体を覆った。



回復ライゼーア。これで元通り」



 スっと火傷を完治させると、稲妻の傷跡は消えていた。本人は満足そうに左手を見ているが、システィリアは違った。



「……エスト、死にかけてたわよね?」


「そう? まぁ一瞬意識は消えたけど」



 あっけらかんと答える様を見て無事を確信するが、雷撃の衝撃を受けて生きているだけでおかしいと思い、すぐに拠点へ連れ帰った。


 椅子に座らせて服を脱がせると、困惑したエストが首を傾げる。



「どうしたの?」


「違和感があるのよ。なんというか、いつものアンタじゃないの。な〜んか気持ち悪い感じ」



 ぺたぺたと体を触りながら、違和感を探っていく。普通は気にならなくても問題ないのだが、システィリアにとっては大きな問題に思えた。


 しかし、いくら触っても分からない。


 筋肉の質も骨の位置も、関節の可動域や体温は至って正常。だが、どこかに違和感がある。



「……くすぐったい」


「我慢しなさい」



 エストの胸に耳を当てると、ようやく違和感の正体を掴んだ。研ぎ澄まされた聴力で感じる心臓の動きが、かなり弱くなっていたのだ。


 システィリアの感覚から言えば、全身に血液が送れているのか分からないほど、弱い脈。



「心臓が弱ってる。どうりでおかしいと思ったのよ。アンタから感じる気迫が、まるで人間だもの」


「それの何がおかしいの?」


「今までアンタから感じるオーラ? 雰囲気かしら。それが人間じゃなかったからよ。とにかく心臓を治しなさい」


「わかった」



 自身では気が付かないほどの小さな変化。

 脈が弱くなっているとは思わなかったエストは、魔力操作の応用で体を確認すると、本当に血液の流れが悪くなっていた。


 体内に流れる魔力を操り、心臓に纏わせる。

 力技ではあるものの、強引に握ることで活動を再開させるのだ。


 魔力で握った瞬間、エストの体がビクンと跳ねた。



「だ、大丈夫?」


「うん。確認してみて」


「──治ってるわ。いつも通りの音」



 改めてシスティリアが耳を当てると、ドクン、ドクンと力強く脈打っていた。ホッと胸を撫で下ろした彼女は、これ以上心配させないように忠告してから料理をしに戻ってしまった。


 風球フアで乾かした服を着たエストは、今回発見したことを紙に記す。机の上でジッと見つめていたネフがくちばしで手をつつくと、優しく頭を撫でた。



「凄いね。どうして気づいたんだろ?」


『ピィ、ピッピ! ピピィ!』


「うん、僕のことをよく見てるんだ。でも『いつも通り』って……僕、そんなにシスティを抱きしめてるかな?」



 ネフに聞いていると、システィリアの耳と尻尾がピンと立った。鍋の様子を見ながら盗み聞きをしていたところ、寝る前に耳を当てていることがバレかけたのだ。


 なんとかエストが答えを外したのを聞いて、ホッと息を吐いた。


 魔力を雷のように変形させる方法を知ったエストは、料理が出来るまでの間、黙々と考察を書いていた。

 そうして時間が流れ、システィリア特製の温かいスープが完成すると、2人はパンを浸して食べ始める。



「雷って危ないんだね。初めて知った」


「そりゃアンタ、落雷で村が燃えるなんてよく聞く話でしょ?」


「経験すると分かるよ。両手と両足がちぎれそうなくらい、一気に衝撃が来る。しかもその後、少し痺れたんだ」


「……本当に気を付けなさいよ?」


「わかってる。流石に僕がバカだった」


「雷雨の時は外に出ないこと。いい?」


「うん。もうしない」



 自然の力を味わったエスト、は世間で危険とされるものがどうして危ないのかを知った。

 雷の衝撃が今も体を走っているような感覚がして、手が震えている。



「学園長の雷、受けてみたいな」


「……変態なの?」


「え? 自然の雷と魔術の雷って、どう違うのか気になるじゃん。ほら、川の水と魔術の水みたいにさ」


「あ、そういうこと。てっきり……」


「てっきり?」


「──なんでもない! 黙って食べなさい!」



 理不尽に怒られたエストは、苦笑いをしつつも食べることに集中した。あっさりとした透明度の高いスープだが、オーク肉の旨みと調味料で整えられた味を、野草の苦味で締めている。


 スープ単体でも美味しいのだが、堅いパンを浸して食べると口いっぱいに幸せが広がる。


 美味しそうに食べるエストを見て、システィリアの料理に対する自信がついた。



「雨、いつ止むのかしら」


「止むまで勉強だね」


「……はぁい。全く、上級魔術は複雑すぎるのよ! もう少し分かりやすくしなさい!」


「分かりやすくしたのが中級魔術だよ」



 ガックリと肩を落とすシスティリア。

 しかし、食後は2人でくっつきながら学べることを思えば、この苦労にも価値があるというもの。

 私利私欲にまみれているが、学ぶ理由は雑でいい。


 肝心なのは、きちんと学べているか。

 その一点である。



「全部の上級魔術を使いこなせたら、システィも万能って言われるよ」


「そう? ふ〜ん。万能……ねぇ? いいじゃない、なりましょうか」


「その意気だ」



 愛と欲に忠実なシスティリアだが、エストと同じ立場になれるならと、魔術習得に向けて時間を使う。

 土のベッドに寝転がり、魔法陣の仕組みと術式を丁寧に教えてもらうのだ。


 夜明け前には雨が止んでいたが、彼女は貪欲に魔術への理解を深め、気づけばエストに抱きついて眠っていた。



「いいね。風と土、もう覚えちゃった」



 6項目のうち2つに印を付け、エストも瞼を閉じる。

 予想以上の成果を見せるシスティリアに、小さな期待を込めて。

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