第342話 覗き見する賢者


「そんなこんなでウルティスを預けてきたよ。まずは礼儀と言語を。それから武術とかを教えるって」


「にゃるほどにぇ〜。こっちは超大変だったよ〜。人も魔物も集まるし〜、なんなら誘拐犯の方が近付いて来たんだから〜」



 いつものギルド2階酒場で落ち合ったエストとアリア。エストは約半年ぶりに酒を口にすると、すっかり耐性が無くなっていたのか、アリアに差し出した。


 今日起きたことを話しながら食べるご飯というのは、改めて考え直す良い機会になり、団欒のネタになる。

 頼み直したブドウジュースを飲みながら、エストは誘拐犯のその後について訊いた。



「ま、捕まえるまでは良かったのよ〜。問題は〜……かなり黒い根っこが伸びてそうなんだよねぇ」


「というと?」


「エスト、『密猟』って分かる〜?」


「……禁止された場所で勝手に獲ること?」


「ちがうちがう。人身売買の方〜」


「わかんない」



 フォークを一度置いたアリアは、周囲に最大限の注意を払いながら口を開く。



「簡単に言うと、誘拐して奴隷にすること。人族至上主義の国では……まぁ稀にあることでね。本来その地域に居ない獣人をさらって、労働力にするの」


「……続けて」


「ここ神国は、そこそこ歴史のある人族至上主義の国なの。4大属性の始まりは獣人が殆どだけど、光だけは人族が最初に授けられたって、ラカラが証明してるから」


「ラカラ教は人族に始まる。だから獣人お断りの国だと?」


「そう。システィちゃんは一瞬だし、国じゃなくて魔族討伐が目的だったから、あまりそういった目は向けられなかったけど……」


「ウルティスは幼いこともあって、狙われた」


「うん。子どもは労働力として育成するのに時間がかかるから、愛玩目的とか、いたぶって遊んだりとか、酷い目的で売買されることが少なくないの」



 人々が信仰するラカラ教だが、獣人の国であるドゥレディアで広まっていないことを思い出したエスト。

 筋張った肉を噛みちぎると、咀嚼していた肉が凍っていることに気付いた。



「ウルティスちゃんは多分、戦力目的で買われたんだと思う。誘拐犯が言ってたけど、四肢が壊死してると誰も買わないから、主魔物に突き出したって」


「……ん? つまりウルティスは、あの男たちよりも前に、ダンジョンの2層に居たってこと?」


「きっとね。適性も種族もあって生き延びてたけど、エストと会った時が限界だったと思う」



 ウルティスにとっては、不幸中の幸い。それも災厄級の不幸から、天国に昇るような幸せを掴んだようなものだろう。


 神経の死んだ体を無理やり動かさせて戦力扱いにするなど、誰が聞いても囮にしか使わない気だと分かるものだ。


 それでもウルティスは必死に、今を生き延びようとボロボロの体に鞭を打ち続けた結果、アイスワイバーンと遭遇した。


 苦しかった生活からようやく解放されると思ったのもつかの間、一瞬にして事態は変わり、体は元気になった上に温かいご飯に柔らかい寝床、そして厳しくも命を落とさない程度に育ててくれる場を提供されたのだ。


 夕方にエストが家を出ようとすると、ウルティスはシスティリアと手を繋いで見送ったものである。



「……他にも、苦しんでいる子が居るのかな」


「居ても分からないよ。それが密猟だもん。今回はウルティスちゃんもエストも、信じられないくらい運が良かっただけ」


「そっか……手の届く範囲に居ないんだね」



 例え手を伸ばしても、暗闇の中で空を切るだけだろう。ユエル神国の民に深く根付いた人族至上主義を改善しない限り、この問題は解消されない。


 そしてそれは、エストたちが動いたところで、どう足掻いても無くすことはおろか、減らすことも出来ないだろう。



「そうしょげないで〜エスト〜。何のためにメイワールに来たか〜、覚えてる〜?」


「……ダンジョン活性化の対処?」


「そっ。エストとお姉ちゃんに出来るのは〜、魔物を倒すこと。いい? 守るために力を使うの」



「わかってるよ。魔物が来るま──……ん?」



 肉の最後のひと切れを口に入れようとしていたエストが突然止まると、ワインに楽しんでいたアリアの瞳が紅く輝く。


 普段と同じ空気のはずだが、エストは微弱な違和感に全力の警戒態勢を敷き、体表を薄く硬い氷で覆った。

 2人だけの空間に緊張が走るが、他のテーブルや、1階の冒険者たちの様子は変わらない。



「なんだこれ……魔力が沸騰してるみたいな」


「エスト、第2波が来るよ〜」



 違和感の正体。

 それは、ダンジョンの活性化だった。


 魔力の感知能力に優れた者なら分かる、地中の魔力がボコボコと音を立てて沸騰したような感覚は、本能が危険信号を出す。


 自然現象として起きるダンジョンの活性化の合図に、よく気が付いたとアリアが頭を撫でて褒めた。



「僕らは行かなくていいの?」


「第2波はよゆ〜。第3層までめちゃくちゃに荒れるだろうけど、今居る冒険者なら死者は出ないよ〜? きっと」


「呑気だね」


「いひひ、お酒も飲んじったからにゃ〜」


「……明日から辞めておこうか」


「やだやだやだ〜! 飲〜み〜た〜い〜!!」


「僕が居なかったら?」


「もちろん飲まないよ〜?」



 駄々を捏ねた挙句、エストが後衛をするからと任せる気でいるアリアに、そっと椅子を引いたエストが立ち上がった。



「そろそろ帰ろうかな。システィも寂しがってたし」


「ちょちょちょい! 待って待って〜ごめんなさい! 飲まないから! ね? お姉ちゃん禁酒する!」


「……朝は帰るからね。日課があるし」


「それは構わないよ〜。ちゃんとお腹の子にも挨拶しないとだもんね〜」



 何度も縦に頷くアリアに免じて、エストは第3波の参加を約束した。


 これで安心して戦えると親指を立てたアリアに、同じように親指を立てて見せたエストは、様子見がてらに中央ダンジョンへ行くことにした。




 ボロいローブにトレントの杖。そして猛々しい氷の狼の仮面を装着すると、ダンジョン前には既に、大人数の討伐隊が編成されていた。


 第1層で屋台を営んでいた人たちも避難を始め、ダンジョン街は完全に放棄する選択が取られている。



 エストはその辺に居た剣士の男の腕をつつくと、その変わった風貌に驚かれた。



「どうして街を捨てるの?」


「そりゃお前、第3波で壊滅するからな。だから街っつっても屋台が殆どだろ? あれはすぐに捨てられて、かつすぐに建て直せるから屋台でやってんだよ」


「なるほどね。みんな、これから3層に?」


「おうよ! 第2波はゴブリンとオークが大量だからな! 殺した分だけ大儲け出来るぜ!」


「逞しいね。頑張って」


「お前さんは行かねぇのか?」


「どうせ僕が魔術を使う前に終わるから、見学だよ」


「あ〜、魔術師はそれ詠唱があるもんなぁ。まぁなんだ、お前も稼げることを祈ってる」


「ありがとう」



 パーティを組んだ冒険者で更に大きなパーティを組ませ、個人で参加する者たちは臨時パーティで分けられると、エストはもれなく最後尾の魔術師隊に入れられた。


 前衛隊が役100人。中衛隊が40人。後衛を司る魔術師隊が50人居る中、エストはあることに気が付いた。


 魔術師隊は殆どがローブを着ているため、非常に目立っていたのだ。……悪い意味で。



「なんだか暗いね。お姉さんたち、元気ないの?」


「まぁね……どうせこっちに魔物は回ってこないから」


「ボクくんも安全な後衛に入れられたんでしょ?」


「まぁね。僕は第2波がどういうものか、知りたいだけだから」


「んふっ! 強がっちゃってぇ……可愛いっ」



 エストは2人組の女性魔術師に話しかけたのは間違いだったかと思ったが、意外にも体表の魔力が整っており、聞いてみれば個人でBランクの魔術師だと言う。


 それなりの実力を有していながらも、役に立てないと分かっている戦いに参加する理由は、防衛貢献による報酬目当てだった。


 ダンジョンの活性化は冒険者にとって稼ぎ時であり、参加するだけでそこそこの金額が貰えるのだ。

 その上で倒した魔物の魔石が手に入るため、腕に自信のある冒険者たちにとって、絶好のかきいれ時である。



「ほらぁ、進行したわ。お姉さんたちと行きましょ?」



 2人組のうち、やけに色っぽいお姉さんに強引に手を引かれながら、第2波防衛戦を見届けることにしたエスト。


 やはりと言えばそうなのだが、第2層までは魔物の影を見ることもなく、雪原を歩いていく。


 寒いからとベタベタ触ってくるお姉さんをあしらいながら進み、入口から2時間かけて第3層へ入ると、広大な森林が蠢いていた。



「うわぁ、ゴブリンの海だ。気持ち悪っ」


「あの状態はゴブリンが動けないからぁ、絶好のチャンスなのよぉ?」


「ふ〜ん。お姉さんたちは魔術、撃たないの? 遠くの方とか誰も斬れないんだから、撃ち込めばいいじゃん」



 エストが2人の顔を見て首を傾げると、眉を上げたお姉さんがエストの腕を胸の谷間にうずめ、指をさす。



「ボクくん? あそこまで大体800メートルはあるわ。そんな距離を正確に当てるなんて、のよ?」


「……ハァ?」



 魔術師には出来ない。

 その言葉に怒りが爆発しかけたエストは、滅多に出さない低い声で威圧すると、驚いたお姉さんが体を離した。



「なるほど、この魔術師隊は仕事が無いんじゃない。仕事ができない人しか居ないんだ」


「なんですって!? あのねぇ、これでも私はBランク──」


「ランクで語るな。魔術師なら魔術で語れ」



 エストは中衛隊と魔術師隊の間に立つと、トレントの杖に少量の魔力を流しながら、上空に800を超える土槍アルディクの単魔法陣を展開した。



「いい? 遠距離狙撃のコツは魔力の導線を引くこと。魔法陣から標的までを、感覚的でいいから線で繋げる。たったそれだけで、命中精度は格段に上がるんだ」



 エストが杖を振ると、一斉に槍の帯がゴブリンの海に直撃すると、あえて脆く作られていた土の槍は、着弾と同時に弾け、周囲のゴブリンに傷をつけていく。


 たった1回の発動だが、2000を超えるゴブリンが魔石と化し、緑色の蠢く海に小さな亀裂を走らせた。



「遠くに飛ばす分には得しかない。みんな、杖を構えて。使い慣れた攻撃魔術を展開したら、遠くに向けて魔力の線を伸ばすんだ」



 エストの魔術に圧倒されていた魔術師隊の面々は、再度展開された土槍アルディクの帯を見て気合いを入れると、アドバイスに従って魔力の線を伸ばす。


 すると、全員が遠くのゴブリンに各々の魔術を命中させており、少しずつではあるが、前衛隊に勢いがついていた。



「素晴らしい。ある程度押したらあとは剣士に任せよう。これで本当に僕らは見ているだけでよくなる」



 それから1時間、第2波であるゴブリンとオークの海が限界近くなると、魔術師隊は仕事を終えて地面に座り込んでいた。


 皆、集中して魔術を使っていたのだ。

 体力も気力も、普段の何倍も使った。



「ねぇボクくん……何者なの?」


「本当に人間? あれだけ魔術を使ってよく立てるね?」


「僕は魔術師。まだまだ修行中の身だけどね」




 そうして、ゴブリンたちを殲滅した前衛隊から歓喜の雄叫びが聞こえてくると、エストは誰よりも早くギルドに帰ってきた。


 酒を我慢してブドウジュースを飲んでいたアリアは、いつもより何倍も早く終わったことから、エストの頭をワシャワシャと撫で回した。



「次は正体、明かしてあげなよ〜?」


「わかってる。第2波で数万体は居たから、次は僕も本気でやるよ」



 そんなエストの感想を聞いて、アリアは真剣な表情で言う。




「……う〜ん、かなり多いね〜。エストを呼んで正解だったかも」

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