第343話 紅い狼、白い狼、緑の狼
「システィ、そろそろヌーさんたち呼ぶ?」
「そうね。ウルティスの遊び相手にもちょうど良いし、連れて来てちょうだい」
朝から庭でゾンビくんと走り回るウルティスを眺めながら、エストはパンを齧っていた。
メイワールで第2波が訪れてから5日が経ち、もうすぐ第3波が来るだろうと言われるようになったが、エストは変わらず朝は家に帰っている。
そこで、久しぶりにヌーさんたち
早速精霊樹の森へ転移したエストは、ものの数分で4体の
「お、おねえさま! おおきい、おおかみ!」
「エストの魔術があるから大丈夫よ」
「ウルティスの人族語も上手くなったね」
「耳が良いもの。すぐに覚えたわよ」
急いでリビングに上がったウルティスだが、報告こそシスティリアにしたものの、体はエストに抱きついていた。
「ウルティス。君もあれぐらい倒せるようにならないと、悪い人に追いかけ回されるよ」
「……ほんとう?」
「うん。だけど、あの子たちはペットだから大丈夫。噛みつかないように支配してるから、ウルティスも一緒に遊んでおいで」
いずれは野生の
彼女でさえ
そんなことを考えていれば、エストがメイワールに戻る時間になった。
玄関でボロいローブを着たエストに近付くと、優しく抱き締めたシスティリアが耳元で囁く。
「ごめんなさい。せっかくの旅行なのに、毎朝帰って来させちゃって」
「いいよ。ボタニグラを植えたのは僕だし。それに……ずっとシスティと居られることが幸せなんだって、再認識できたから」
「もうっ、エストったら……」
お決まりになった行ってらっしゃいのキスをすると、エストはメイワールに転移する。
賢者でなければ出来ない通勤に、システィリアはくすりと笑ってリビングに戻れば、ソファに座ってお腹を撫でた。
はっきりと分かる胎動を感じながら、彼女の前には3つの青い魔法陣が展開される。
「交差魔法陣の術式か。上手くなったのぅ」
「これでエストを驚かせようと思ったの。すごいでしょ?」
「うむ。見せる時は水と氷で交差させよ。同系統異属性の魔術なれば、エストも大興奮で見るじゃろうてな」
「難しいことを言うわね……やってみるわ」
メイワールでの旅行兼仕事を終えたエストに、魔術の成長を見せつけたいのだ。
激しい運動が出来なければ、魔術の腕を磨くしかない。鍛錬を怠れば、すぐに星付きは名折れとなる。
出産してしばらくまでは魔術師で居ることを決意したシスティリアは、今日も密かに鍛錬を重ねる。
そんな彼女をサポートしながら、ウルティスに火魔術を教えるのは、他でもない魔女エルミリアだった。
「今日か明日に第3波が来ると思うよ〜」
「ダンジョン内で迎え撃とうか?」
「単体Aランク中位以上の魔物、数百体を相手に出来るならね〜」
「……うん、やめておくよ」
「ん〜、賢い賢い。だいじょ〜ぶ。お姉ちゃんも居るから〜、安心して戦っていいんだよ〜」
宿でアリアと合流したエストは、ここ最近の活性化対応手段として、あえてダンジョンの入口で戦うやり方を教わっていた。
ダンジョンの外に出た魔物は魔石にならず、そのまま死体が残ってしまうのだが、入口の狭さを活用した殲滅戦が戦いやすいようだ。
大きめのオーク2体が通れるかといった入口なら、アリアでも何とか抑え込める。
……というのが、数年前に死者1桁で乗り越えた時の話。
今回は第2波の報告からして、過去最多の魔物が溢れ出すと予想しているアリアは、合流予定のもう1人の星付き冒険者を待っていた。
しばらく兄妹で冒険者談義に花を咲かせていると、コンコンとドアがノックされた。
「久しぶりだな、賢者エスト」
入室したのは、アリアと同じ二ツ星冒険者。
フラウ公国はウィンドバレー領の英雄。ユル・ウィンドバレーである。
肘まで伸びた翡翠色の髪を払い、彫刻のように整った顔立ちをしながらも、野心を秘めた瞳がエストを射抜く。
「久しぶり。賢者業は辞めたよ。手紙見た?」
「ああ。ではエストと呼ばせてもらおう。そして、そちらも久しぶりだな、二ツ星」
「キミも二ツ星ってこと忘れたの〜?」
「……名前で呼ぶのは抵抗があるが、まぁ仕方ない。しかし、どうしてエストも居るのだ? そちらにも指名依頼が来たのか?」
洗練された滑らかな所作で椅子に座ったユルは、ベッドに寝転がって手のひらシスティリアで遊ぶエストに訊いた。
「お姉ちゃんに着いてきただけ。システィが妊娠して、過干渉気味だった僕を見つめ直させてくれたんだ」
「言い忘れていたな。おめでとう。だがお前が居るなら心強い。死者数ゼロも夢じゃないな」
嬉しそうに口角を上げたユルに、眉をひそめたアリアがう〜んと唸る。
「それがね〜……今年は怪しいよ〜?」
「数か? 質か?」
「両方かな〜。数の年は第2波で上位種が紛れるけど、今回はゴブリンとオークの原種のみ。その上、数が多かったらしいの〜」
「……数も質も多く、高いか。ますます2人では厳しかったところだな」
「そんなに僕を頼らないでほしい。人を守りながら魔術を使うの、大変なんだよ?」
ベッドの上に立っていた氷の手のひらシスティリアが、『めっ』と人差し指を立てると、ユルに向けてポーズをとった。
ここまでの精度で魔術を使える人間が何を言うのか。風魔術師としても名高いユルでさえ、エストの言っている意味が分からない。
「上位種相手には〜、流石に上級魔術を使うよね〜?」
「わかんない。中級で済むなら嬉しいけど」
「何にせよ、魔術師は温存せねばならない。こちらの討ち漏らしを適宜撃破して欲しいところだな」
返事は手のひらシスティリアが親指を立て、色まで再現された黄金の瞳でパチッとウィンクをした。
かつてエストがデレデレになった攻撃だが、ユルには一切の効果を示さなかった。
可愛いのになぁと思いながら両手で掴んで持ち上げると、小さくても凛々しく、美しいシスティリアの姿に満足気に頷くエスト。
ツンツンとした狼の耳に頬擦りをすれば、ユルが吐瀉物を見るような目でエストを見た。
「変態だな、アレは」
「システィちゃんも変態だけど〜、エストも中々なんだよね〜。似た者同士〜」
アリアは知っているのだ。
エストが使った後の枕に、システィリアが顔をうずめて楽しんでいることを。
他にも、エストの服を一度抱き締めてから渡したりと、あの手この手で匂いを堪能していることを知っている。
そしてまた、エストが気付いていることも。
分かっていてシスティリアを甘やかし、そんな彼女の匂いが好きなエストが、段々と彼女の嗜好に寄りつつあることを知っている。
「匂いの持つ力は凄いんだよ〜? ユルくん」
「は?」
「こっちの話〜。さ、そろそろ行こっか」
アリアが立ち上がると、部屋の空気が一変する。
先程までの落ち着いた雰囲気はどこへやら、エストは白雪蚕のローブに着替え、ユルも鋭い目つきでドアを見つめていた。
その数秒後。
世界が揺れたように、中央ダンジョンが活性化を始めた。
「凄まじい気配だね。ドラゴンより厄介かも」
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