第344話 逸脱した者たち


「救護所、作ってくる」


「りょ〜か〜い。ユルくん、2人で抑えるよ〜」


「なるべく早く終わらせろ、エスト」



 中央ダンジョン前は騒然としており、住民の避難と並行して冒険者たちの防衛線が出来上がりつつある。

 エストは放射状に伸びた道のひとつに、ルミスを含む光の適性を持つ集団を発見すると、その純白のローブと槍剣杖を出して近付いた。


 彼の姿を見た者は、賢者の登場に胸を踊らせた。



「この中に魔道具師は居る? もしくはメイワールの魔道具師を呼べる人」


「……は、はいっ! 俺、魔道具作れます!」


「既製品の術式改編はできる?」


「出来ます!」


「じゃあ幾つか給水の魔道具を弄って、お湯が出せるようにして。光魔術で治癒するとはいえ、物資は多い方がいい」


「了解です!」



 適当な治癒士に声を掛ければ、一発目で魔道具師を引き当てたエスト。これなら早く済みそうだと思いながら、布が敷かれただけの簡易救護所を作る集団を前に、杖を振るう。


 すると、旅で愛用する拠点の魔術を改変した、屋根とベッドを大量に設置した救護所を土像アルデアで造り上げた。



「とにかく布を大量に用意して。手の空いている人はそのまま待機」



 手早く指示を出したエストに、異を唱える者は居なかった。特に神国で生まれ育った光魔術の使い手にとって、賢者エストの言葉に背くことは、ラカラに背くことと同義とすらされている。


 治癒士として、神官として長く就いた者に現場の指揮を任せると、エストはダンジョン前に戻った。



「後方支援よろしくね〜」


「任せて。ユルも死なない限りは僕が治癒し続けるから」


「この私が怪我をするとでも?」


「知らない。背負いすぎず、落ち着いて戦おう」


「……ああ」



 講師時代のエストらしくない発言に、ユルは調子が狂ったように頬を掻く。その様子が可笑しいのか、アリアは手を叩いて笑っていた。



「あはははっ──来るよ」



 笑顔から一転、腰の剣を抜いたアリアは姿勢を低くして構えをとった。

 中央ダンジョンを囲う道には、冒険者たちが塞ぐように集団を成し、居住区への侵入を拒んでいる。


 重たい空気が溢れ出す。

 それと同時に、凄まじい数の足音が聞こえた。


 前衛のユルとアリアが動き出した瞬間、数体のひび割れた赤黒い肌のゴブリンが、ネズミの様な足の速さで接近する。



「イビルゴブリン……ユルくん」


「ああ。今回はマズイな」



 イビルゴブリン。それはダンジョンの最奥に主魔物として現れ、その体格の小ささと武器を持たないという点から、気を抜いた熟練の冒険者を瞬時に爪で屠るという、ゴブリンの上位種。


 単体危険度はAランク中位。人によっては、ワイバーンよりも厄介と言われる最悪のゴブリンである。


 そんな魔物が……次から次へと溢れ出す。



「ッ、討ち漏らし!」



 アリアの筋力を持って二度も急所を斬りつけないと死なないイビルゴブリンは、同等の速度で切り伏せるユルの元へと跳んで接近した。


 完全に背後をとられたユルが気付いた頃には、血が固まったドス黒い爪が──


 当たらなかった。



「……凄まじい精度だ、至高の魔術師」



 ユルが振り返れば、視界を埋め尽くすほどの様々な属性の単魔法陣が展開されており、2人の状況に合わせて魔術の槍が飛来する。


 その精度は針の穴に糸を通すが如く。


 重たい杖を片手で握り、欠伸をしながら魔術を放つ姿は恐ろしいと感じるほどだ。



「うっひょ〜! 後方支援が熱〜い!」


「集団戦闘はやはり魔術師が強いな。それも……あれほどの腕前だ。彼のパーティメンバーが心底羨ましい」



 怪我をする暇も無くイビルゴブリンの胸が貫かれ、頭が爆散し、胴体に風穴が空く。

 これからの活性化もエストひとりで済むのではと思いながら、他の冒険者に一切戦わせることなく始末していると、遂にその壁に歪みが生じる。


 ダンジョンの入口から現れた、藍色の鎧を纏ったオークが3体。


 その手には鈍色に輝く大きな戦斧が握られており、一撃を受け止めたアリアが近くの建物まで吹き飛ばされた。


 エストが天空龍の魔力を注いだ風槍フディクを放つと、藍色の鎧に触れた瞬間、消滅した。



「あれ? 魔術が効かない。ユル、頑張って」


「抗魔の鎧だと!? あれは……秘宝だぞ!」



 オークの纏った鎧は、かつての旧帝国が武力で名を上げた時に使用したという、魔力的干渉を拒絶する秘宝の金属、アルタマイトで出来た武具。


 旧帝国の滅亡と共に失われたはずのそれらを、このオークが身に付けている。



「へぇ〜? アレってぇ……おとぎ話じゃないんだぁ」



 衝撃を受けたアリアが肩を抑えながら立ち上がると、エストが瞬時に治療した。



「お姉ちゃんでも骨が折れるんだね」


「えへへぇ、情けない姿、見せちゃったね〜。あの斧……えげつない重さしてるんだよ〜」



 そう言いながらエストの視界から消えたと思えば、オークに急接近したアリアは鎧の隙間に剣先を通していた。


 しかし、視界の端では2体を相手にしたユルが、右肩から先を失う光景が見えた。



「──っ! 腕が……治っている?」



 1体目のオークが息絶えたのと同時。

 ユルの右腕が氷の糸で引っ張られ、骨や筋肉、神経から何まで再生すると、剣を取り落とす前にその場を離れた。



「貴様の弟は……精霊本人だったりしないよな?」


「無いねぇ〜。だってウチもラカラに会ってるも〜ん」


「2人とも、来るよ」



 エストの声でオークと対峙したユルは、アリアに倣って鎧の隙間にレイピアを突き刺し、剣先から風刃フギルを放つ。


 鮮血と共にオークの肉片が飛び散ると、アリアの方も倒し終わっていた。


 そして、オークと戦う2人の後ろで、エストはイビルゴブリンの波を殲滅し続けた。



「見て。なんか溶けたワイバーンが出た」


「アンデッドワイバーン……エスト、この魔物には火魔術が効くぞ!」


「うん。もう終わった」



 数秒だけ、エストに振り返った時だった。

 全身の筋肉が腐敗し、骨と濃密な魔力だけで活動するアンデッドワイバーンが、炎龍の炎で焼き尽くされたのは。


 地面に散乱する死体の数は1000を超える。

 ここまで戦ってきた人数が3人というのは、過去の活性化の歴史を見ても初めてのことだった。


 その戦いぶりは、英雄譚の如く。


 細く強靭な細剣を操る剣士。

 見た目にそぐわぬ、剛力の女剣士。

 そして、守るために才を研ぎ澄ました、氷の賢者。



「……ありゃ常軌を逸しているな」


「エストっちは昔から逸していたニャ」


「あの魔術……術式が見えない」



 そう呟いたのは、エストよりも更に後ろで防衛線を敷いている、ガリオたちのパーティだった。



「そろそろ俺たちも出撃だ。お前ら、気合い入れろ!」


「「「おー!」」」


「…………やだ恥ずかしい」


「まぁそう言うなってマリーナ」


「……おー」



 かくして5人は、来たる共闘の瞬間を今か今かと待っていた。

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