第345話 帰りたい



「待機中の冒険者たち〜! 全軍突撃〜!」



 アリアの声で雄叫びを上げた冒険者たちは、中央ダンジョンを囲う円形の道に展開すると、星付きたちがあえて見逃したイビルゴブリンと戦闘を始めた。


 第3波が始まってから、実に1時間が経った頃。

 抗魔の鎧を着たオークが出なくなり、しばらくイビルゴブリンしか出て来なかった。

 アリアたちは体力と魔力を節約するために、遂に冒険者たちを解放したのだ。


 しかし、ここで問題が発生する。


 皆、餌を待つ雛鳥のような顔で待機していたのだが、イビルゴブリン1体に手こずる冒険者が多く、あまり優勢とは言えない状況が広がっていた。


 たまらずエストは、近くに居た彼に言った。



「ガリオさん。これ壊滅しそうだよね」


「ああ! なにせ単体Aランク中位だからな! 普通に死ぬ!」


「救護所を作っておいてよかったよ」


「……喋ってねぇで援護してくれねぇか?」


「空を見てから言ってほしいな」



 ディアが盾で受け止め、ガリオが炎を纏わせた剣でイビルゴブリンを屠っていると、言われた通りに空を見た。


 そこには、現在の天気が分からないほど大量の魔法陣が展開されており、死にそうになった冒険者が現れた瞬間、凄まじい速度で魔術の槍が降っていた。



「……キモいなお前」


「ちんたらしてると、そのキモい魔術師に助けられるよ。ほら、さっさと倒して」


「あのなぁ、この強さの魔物をそんな簡単に……あぁもうっ! ……くははは!」



 イビルゴブリンを切り伏せながら、ガリオは笑う。



「本当にお前は面白いやつだな。行く先々で出会えば、デケェ問題に当然のように紛れていやがる」


「今回はコレ目当てだけどね」


「そうなのか?」


「妊娠したシスティに干渉しすぎてたから、頭を冷やしに」


「妊娠したのか!? おめ────おぉ」



 お喋りに意識を割かれたガリオに、イビルゴブリンが容赦なく爪で首を掻き切ろうとしたが、上空の魔法陣がひとつ輝き、氷の槍が貫いた。



「なるほどな。あれだけ愛してるお前なら、過干渉になるのも納得だぜ。じゃあなんだ、システィリアさんに何か言われたのか?」


「ううん。お姉ちゃんが察して、僕を活性化に連れて行ってくれたんだ」


「ははっ! お前は愛されてるな」


「うん。僕もそう思う。ガリオさんはどう?」


「てめぇ……ぶち転がすぞ」


「……親愛を僕から贈るね」


「可哀想な人を見る目で言うのはやめろ! 泣きたくなるだろ!」



 とても戦闘中とは思えない会話だが、どこかガリオはリラックスして戦えているようで、適度に肩の力を抜いてイビルゴブリンを斬っていた。


 普段はリーダーとしてしっかり者で居ることが多い彼だが、エストの前では砕けられるのか、普段以上の剣速で首を落とす。


 そんなガリオと会話しているエストも、常に上空の魔法陣と空間把握での戦況管理は徹底しており、こちらは余った脳のリソースで会話しているようだった。


 2人の会話を後衛で聞いているマリーナは、改めてエストがおかしいことに片手で顔を覆う。



「喋りながら千以上の魔術を使う……? バカでしょもう。脳が何個あっても足りないわよ」


「けひゃひゃひゃ! エストっちが居なかったら、今頃人間の死体で山が出来てるニャ。賢者パワー、恐るべし」


「これでもAランクになって、属性融合魔法陣も使えるようになったのに……霞むわ」


「マリっち、アレと比べるのはバカのすることニャ」


「……は〜い」



 ミィに慰められながらも魔術を放つマリーナは、他の魔術師からは圧倒的な精度と威力を誇る有名人である。

 相反する属性の適性を持ちながら、その両方を巧みに操り、敵を穿ち、侵入を拒み、仲間を守る強さを持っていた。


 しかし。


 目の前に立つ、白いローブの少年と比べれば、自身の才能など道端の小石よりも小さいものだったと思いしらされる。


 才能の差は元より、努力量が人外の域に達しようとしているのだ。

 彼が寝ている間も魔力制御と高速詠唱のために魔法陣を出しては消していることを、マリーナは見たことがある。


 そこで感じた差を前に、他人からの評価など、所詮エストを知らない者というフィルターがかかって見えた。



「相変わらずえげつねぇ魔術を使うな、お前」


「3種類もドラゴンの魔力を宿してるからね。相変わらずって言うけど、変わってないのは水と土魔術だけだよ」


「俺の記憶が正しければ、出会った頃からお前の水と土の魔術はおかしかったぞ」


「あれ、そうだっけ。僕わかんな〜い」


「ははっ……なぁエスト。こういう時に役立つ火魔術はねぇのか?」


「既存の魔術だと無いね。火刃メギルでゴブリンの四肢を落とすぐらいかな」


「……俺の精度じゃ無理だ」


「残念。じゃあガリオさんの分まで、僕が使うね」


「何言ってんだお前……何やってんだお前?」



 エストは右手に持った槍剣杖で上空の魔法陣を追加しつつ、左手に透明な水晶のワンドを握ると、ガリオと同じ前線に立ち、複数のイビルゴブリンがエストを標的にした。


 しかし次の瞬間。

 水晶のワンドから炎の刃が飛び、眼前のゴブリンは首が落とされ、ガリオに向かっていたゴブリンは四肢が焼き切れ、実に半径10メートルに渡るゴブリンたちが、一瞬にして死体になったのだ。


 これにはガリオも、口をぽかんと開けている。



「ざっとこんなもんですよ。えへへっ」


「……キモいなぁお前。エストよぉ、お前は魔術を使わず、一生システィリアさんとイチャイチャしとけよ。割に合わねぇ!」


「システィを愛してるけど、その次に魔術も愛してるから無理。それより今の火刃メギル、システィの剣筋と同じなんだよ。気付いた?」


「分かるわけねーだろバカ! 今の魔術で走り回ってこい!」


「……わかったよぉ」



 杖を2本同時に使うなど、熟練の魔術師が最も拒む行為と言える。その理由は様々だが、一番はやはり、異なる杖による魔力伝導率の違いだろう。


 同じ材質であっても、左右の杖で出力の速度、及び上限が異なるため、感覚が狂って暴発したという魔道書の一文は稀に見られる。


 そのため、他者を巻き込まないためにも杖は1本しか持たない……というより持てないのが常識だ。


 しかしエストは、左右の杖で違う魔術を使うなら、感覚を狂わせることが無いと、システィリアとの打ち合い中に発見した。


 彼女が二振の剣を使うなら、エストもまた2本の杖を使ってやろうと始まった勝負が、思わぬ発見を生んだのだ。


 そうして異なる術式であれば、むしろ1本の時より同時に扱いやすいことを知り、愛する人の剣筋を真似た超高精度な魔術をエストは使えるのである。



「戦えないシスティに代わって、この魔術が斬ってくれるよ……システィ」



 早く終わらせて、早く帰りたい。

 システィリアを抱き締めて、キスをして、頭を撫でて手を繋いで、今日あったことを話したい。


 そんな想いを隠すことなく魔術に乗せたエストは、円形の道を一周して帰ってくると、数百体のイビルゴブリンの死体を作り、その全てを灰に変えた。



「……本当にやる奴が居るか!」


「死体で足場が無かったよ。ちゃんと掃除もしたから褒めてほしいな」


「凄いなエスト! お前は最高の魔術師だ!」


「うむ、くるしゅうない。お姉ちゃんが呼んでるみたいだから僕は行くね。明日の昼ご飯、ここで一緒に食べよう」


「ったく、お前の奢りで頼む」


「ポーカーで勝てたらね〜」



 最後にとんでもない言葉を残されたガリオは、思わずマリーナたちの方へ振り返った。

 すると、まぁまず負けるだろう。その上で、敗者として全額支払うことになるだろうと、ガリオに優しい目を向けていた。



「そんなのって、アリかよぉぉぉ!!!!」



 ガリオの悲痛な叫びが聞こえたエストは、心から楽しそうに笑い、入口付近の星付きたちの元に帰ってきた。



「エスト、ゴブリンの波が止まったよ〜。あとは……アレを倒すだけだね」


「うわぁマジか」



 吉報と同時に入り口を指さしたアリア。

 肩で息をする2人に氷のコップで水を飲ませたエストは、中央ダンジョンの入り口から出て来た、最悪の魔物を見て後ずさる。



 それは、焼け爛れたような筋肉の跡を残し。

 露出した骨からは炎の血が噴き出ている。

 見上げるほどの巨体は入り口よりも遥かに大きく、全身からバキバキと音を立てながら外に出て来たのは──




「アンデッドの…………炎龍」

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