第346話 屍のドラゴン



「エスト……お前が言っていたドラゴンというのはコレか?」


「まさか。僕が言っていたのはドラゴンがうじゃうじゃ居るダンジョンのこと。少なくとも腐ったドラゴンは見たことがないね」


「……聞いた私が愚かだったか」



 アンデッドドラゴンの出現に一度距離を置いたエスト、ユル、アリアの3人。


 イビルゴブリンの大量発生が止んだことで、上空に展開していた魔法陣が一斉に輝き、地上に残っていたゴブリンは尽く肉片と化した。


 そして最後のアンデッドドラゴンだけが残ると、にわかに冒険者たちが勝利の気を帯び始めた。



「今だ! あのデカブツをぶっ殺せぇ!!!」


「「「おおおおおお!!!!!」」」



 3人が退いたせいか、華を持たせてくれたとでも思ったのだろうか。ドラゴンの恐ろしさを知らない冒険者たちは、一致団結して突撃した。


 そして当然ながら、ドラゴンに苦い思い出のあるガリオたちは、用心深くエストたちの後ろまで退避していた。



「……あぁ」



 アリアから呆れた声が漏れると、ダンジョンから出て来たアンデッドドラゴンが、巨木よりも大きい骨の尻尾を振り回す。


 本物の炎龍には及ばないが、エストが見た中で最も大きなダンジョン生まれのドラゴンは、たった一撃で惨たらしい血の跡を残した。


 超質量の尻尾に潰され、引きずられた10人を超える冒険者は、原型すら留めていない。



「なに……してんだよ」



 冷気と共に冷たい言葉を吐き出したエストからは、氷龍の魔力が溢れ出ていた。


 アリアに並ぶ威圧感を放つソレに、アンデッドドラゴンが3人の方を向くと、下顎を大きく開けた。



「アリア、エスト。離れるぞ」


「あいさ〜」


「2人は挟撃して。アイツが吐き出す物なんて、良くない物だとわかりきってるからね。僕が受け止める」


「ああ、分かった」



 後ろに居たガリオたちも同時に散開した。



「ドラゴンが怖いって、どうしてわからないかな……本能が警鐘を鳴らすでしょ?」



 強烈な魔力と共にドラゴンが吐き出したのは、闇属性の魔力が混ざった地獄の業火である。


 射線上にあったレンガや鎧の残骸を刹那に溶解させた炎は、エストが左手を広げて展開した半透明の魔法陣に吸い込まれていく。


 そして何事も無かったかのように炎が亜空間へと収納されると、アリアとユルがドラゴンの首に鋭い一撃を浴びせた。


 が、しかし。


 爛れた肉に刃が食い込んだ瞬間、内部のガスが表皮の炎で引火し、小規模な爆発を起こして2人が吹き飛んだ。


 アリアは両腕があらぬ方向へひしゃげ、ユルはまたもや右腕が消し飛んでいた。



聖域胎動ラシャールローテ



 杖を一振りして2人の腕を治したエストは、ユルの細剣が無くなっているのを見て、全く同じ造形の氷の細剣を創り出す。


 彼の剣の重さを知らないが、アダマンタイトが使われていることは知っていたエストは、感覚で近い重量の剣に仕上げている。


 本物には届かないが、それでもユルの剣速に耐えられる強度の氷は、再びアンデッドドラゴンの首に突き入れられた。



 一方で、剣を手放さなかったアリアは、全力を込めて地面を蹴った。


 その瞬間、敷かれていた石レンガが木っ端微塵に砕け散ったが、凄まじい速度で接近したアリアがドラゴンの翼を斬り落とし、爆発よりも早く反対側へ着地した。


 龍人族の力を使ったその動きは、高揚していた冒険者たちの肝を冷やす速度である。



「う〜ん、下手に攻撃すると邪魔しちゃうな」



 この2人なら大した怪我も無く勝てそうだと思うエストだったが、既に2人は大怪我をした後である。

 何度か魔術を放つ隙を窺うも、風を纏うユルと、圧倒的な筋力を誇るアリアの速度を前に、下手な援護が出来ないでいた。


 唯一出来たことが、2人に注意が向かないように、エストが龍の魔力を放ち続けることだった。



「仕方ない。原型を留めているうちにスケッチしちゃおう。意外とかっこいい見た目してるからね。早く描いちゃわないと」



 流れるようにトレント紙と黒鉛のペンを取り出すと、2人が倒し切る前にスケッチを始めた。


 遠くから眺めていたガリオたちは目を見開いてその行動に驚いていたが、よく見ればアンデッドドラゴンの足元は凍りついており、動けなくなっていることが分かる。


 ドラゴンと戦う上で大切な、行動を封じている状態だからこそ、エストはスケッチが出来たのだ。



「ユルくん! 次の一撃合わせて!」


「ああ!」



 ドラゴンの周囲を縦横無尽に駆け回るアリアとユル。星付きの圧倒的な機動力に皆が注目する中、エストは黙々とその外見を絵にしていた。


 だが、次の瞬間。


 尻尾で無惨に殺された冒険者に足を取られたアリアに、アンデッドドラゴンが待っていたと言わんばかりに首を向け、腐敗の炎を吐き出した。



「あ……」



 小動物が最期に遺したように小さな声は、誰に聞こえることもなく、炎に飲み込まれて消えてしまった。





「アリアぁぁぁ!!!!」





「生きてるけど」


「……は?」



 気付けばユルの隣にアリアが移動しており、吐き出された炎というのも半透明の魔法陣に収納されている。


 即座にドラゴンの前方を見たユルは、スケッチをしながらアリアを転移させ、同時に亜空間への魔法陣を出していたエストを見つけた。



「……規格外め」


「あ、危なかった〜……エストが居なきゃ死んでた〜」


「お前は足元を見ろ!」


「へいへい。分かってますよ〜」



 気の抜けた返事をしたアリアだったが、その両手は震えていた。

 一瞬とはいえ、死に直面したのだ。

 本能が体を震わせて動きを止めさせてしまった。


 文字通り、エストが居なければ死んでいたのは間違いない。


 深く息を吐いて体の震えを止めたアリアは。

 改めて両手で剣を握り直すと、ユルの顔をちらりと見た。

 頷いて返したユルと共に地を駆ければ、アンデッドドラゴンは首を反対側へ──2人の居る方へ首を向け、再び炎を吐こうとする。


 しかし、当然のように口の前を半透明の魔法陣が塞いでおり、アリアたちはその首を落とさんと跳び上がった。



 そして──



「いっけぇぇぇい!!!」



 ユルが突き刺し、骨と共に剣を砕くと、その部位を狙ってアリアの全力の一撃が振り下ろされる。


 息を合わせた2人の攻撃を前に、アンデッドドラゴンの大きな首は耐え切ることが出来ず、遂にその首を地面へと落とすことに成功した。



「……たお……した?」


「……ああ」


「し、死んでる……よね〜?」



 アリアがそう言って動かなくなった胴体を剣先で突くと、歩いて来たエストが首を振って止めさせた。



「待ってお姉ちゃん。念には念をってやつだよ。浄化ラスミカ聖域胎動ラシャールローテ……壊死光線ラガシュム!」



 槍剣杖を振って浄化をしまくった挙句、魔族を討ち滅ぼすべく伝承された魔術を放ったエスト。

 貴重なドラゴンのサンプルだったが、ものの数秒で灰すら残さず消滅し、アンデッドならではの不死力を完全に殺した。


 あまりにも勿体ないことをするエストに注目が集まる中、アリアは剣を納めると、思いっきりエストを抱き締めた。



「さっっっすがウチの弟! 万が一にも塵一つ残さない徹底ぶりはウチ以上だよ〜! う〜ん、えらい!」


「でしょ? それにドラゴンの骨なんて争いの種になりかねないからね。消すに限る」



 頬擦りをして褒め称えるアリアと、自信満々に頷くエストを見て、この2人はやはり異常者の中の異常者だと、ユルは大きな溜め息を吐いた。


 しかし、こうして見ると過去最悪の活性化にも関わらず、死者十数人で済んだのは奇跡だと。賢者が居て良かったと心から思ったのだ。


 愚かにもドラゴンを自分たちで倒せると思った冒険者だけが亡くなり、ゴブリンには誰もその命を奪われていない。



「終わった……終わったぞ!!!!」



 遅れた歓声が救護所の方にも伝わると、応急処置を受けていた冒険者たちに本格的な治療が始まり、数分後には皆、健康な状態でダンジョン前に集まっていた。


 そして冒険者全員がアリアたちの前に集まると、アリアはうんうんと頷いてから言う。



「お疲れさま〜。みんな、イビルゴブリンを相手によく生き残ったね」


「上空の魔法陣に助けられました」


「上空の魔法陣で助けたよ」


「それもそっか。とにかく、街の被害ゼロで終わったのは何年ぶりだろうね〜。魔物より私の方が道を壊しちゃったし」



 街への被害という面では、アリアの跳躍に耐えられなかった小さなクレーターが最も大きな被害だろう。


 小さな笑いを起こしながら彼女の強さに冒険者が震えると、隣に居たエストが、おもむろにワイバーンジャーキーを齧り始めた。


 マイペースな行動に皆の緊張が完全に緩むと、アリアはビシッと人差し指を立てた。



「みんなも見たと思うけど、ドラゴンは最強の魔物。尻尾の一撃だけで10人以上が犠牲になった」



 引き伸ばされた血の跡が固まりつつある地面を見て、歯を食いしばるアリア。



「いい? ドラゴンは人数で勝てる魔物じゃない。大きなワイバーンじゃないの。見かけたら即撤退、即報告を徹底して」


「「「はいっ!」」」


「うむ、よろしい。それじゃあみんなで後片付け、しよっか。亡くなった人のリストアップと、ゴブリンの死体の収集班、あと、水魔術が使える子は道の清掃。さ、動こう!」



 アリアが手を叩くと、一斉に冒険者たちが動き出した。


 その中でもガリオたちのパーティが死者のリストアップを名乗り出ると、皆慌ただしくイビルゴブリンの死体を集め始める。


 エストとユルは念の為にとダンジョンの中に入ったが、魔物の気配は無く、荒廃したダンジョン街を見ると入り口前に帰ってきた。



「エスト。貴様の魔術はデタラメだ。ドラゴンの動きを封じるなど、何のつもりだ?」


「大丈夫だよ。本物のドラゴンには手も足も出ないから。あくまでダンジョンのドラゴンは創られた命。偽物だよ」


「……恐ろしいことを平然と言う」


「それより、ラゴッドのダンジョン、今度一緒に行こう。もうね、ドラゴンが空を埋めつくしてたから!」


「どうして楽しそうに話すのだ? この男は」



 狂っている。そう言ったユルだが、ダンジョンについては非常に興味を示していた。

 覗き見るぐらいなら参加したいと思っていると、死者のリストを受け取ったアリアが、真剣な表情でエストを呼んだ。


 一歩引いて会話を聞くことにしたユルは、元の冷静沈着として空気を纏う。



「エスト、落ち着いて聞いてね」


「なに?」




「亡くなった人にね…………ファイスくんと、ウィルくんが居たんだ」




 思わず引き伸ばされた血の跡を見たエストは、どこか見覚えのある剣の破片を見つけると、大きく息を吐いた。



「……そっか」


「ごめんね。お姉ちゃんが、ちゃんと指揮を執れていたら……」


「謝らないで。冒険者は全てが自己責任」


「でも」


「過ぎたことだよ。お姉ちゃんが謝っても、2人は帰ってこない。僕らにできることは、討伐報告と弔い……でしょ?」


「…………うん」



 守れない人が居ることは、とうに分かっていた。

 そこに大切な人が居るかもしれないし、新しい友人が居るかもしれないと。

 誰もが初めて戦うアンデッドドラゴンを相手に、無謀にも突っ込んだ冒険者が死んでしまった。


 きっと死の直前、エストが転移で助けたところで、その未来は回避出来なかっただろう。




「僕はルミスに伝えてくるよ。また夜に」


「うん……いってらしゃい」




 そう言って救護所へ向けてエストは、霜の足跡を残すのだった。

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