第294話 天からのお告げ


 曇り空の下で見る里長の家は、他の住民が住む平屋と同じ造りだが、玄関前に特徴的な物が置いてあった。


 雷石かみなりいしと呼ばれるソレは、大人の背丈ほどある大きさの、くすんだ翡翠色をした平たい物だった。



「銅板? でも音が鈍い……金属じゃないね」



 エストが雷石をコンコンと叩くが、地面に深くめり込んだそれはビクともせず、掘り出したらもっと大きいことが見て取れた。


 指の腹で擦るとザラザラとした小さな凹凸が感じ取れ、小さな水球アクアをぶつけてみると、その凹凸が水を弾いてしまった。



「不思議な石だ」


「術師も見たこたぁないか」



 里長の家に来てみれば、ブロフはライラに連れられて刀匠の元へ行き、エイダはその気概を買われて猟師と共に行ったという。


 元々自由行動で情報収集をしようとしていたので影響自体は少ないが、事前に言って欲しかったとシスティリアは尻尾を立てていた。


 せっかくだからと雷石の正体を探ることにしたエストは、魔道具のヒントになるかもしれないと、その不思議な石のレポートを書いている。



「これは元からあった物なの?」


「いんや、40年前かのぅ。これば2枚、空ぁ落ちてきた。掘り返さんば鉄が痺れて、ここにある」


「2枚? もう1枚は?」


「浅く刺さっとって、鍛冶場ぁ預けたわい」


「鍛冶師は痺れたりしなかった?」


「先に言うたでなぁ、木槌で割ったらしいが、ししの牙みてぇと言っとった」



 その時の話を里長は詳しく聞いていたらしく、断面が乳白色で硬い物ではあるものの、削る分には柔らかいという。


 また、痺れるのは表面だけで、内部は痺れなかったと。



「エスト、何か分かったの?」


「3つ候補があるかな。ひとつは完全な自然の産物。どこかの火山が噴火して飛んできた可能性だね。2つ目は、隕石の可能性。王国にも落ちた文献があって、王家が持ってる」



 前者は限りなく可能性が低く、後者は周囲への影響が少なすぎるため、エストはどちらも違うと踏んでいる。



「じゃあ3つ目は何よ?」


「全部予想でしかないけど……かな。ほら、天空龍は他のドラゴンと違って、ずっと空を飛んでるでしょ? だから、生え変わった時に鱗が地上に落ちるはずなんだ」


「ドラゴンの……鱗? これが?」


「聞いた話だけど、炎龍の何十倍も大きいドラゴンだ。鱗も大きいと思うし、この深さなら……雲の上くらいだと思うんだよね。ま、重さがわかんないけど」



 天空龍は常に上空を旋回するドラゴンだ。

 島が浮いている、と言われた伝承もある天空龍なら、それだけ大きな鱗である確率も高くなり、何より雷石という名前の由来である、帯電する性質にも納得がいく。



「どらごん、とは何じゃ? おい術師」


「ん〜、大きな魔物だよ。人よりも賢くて、信じられないくらい強い魔物。龍って言ったら伝わる……のかな」


「龍は知っとるわい。空を覆う雷帝様のことじゃろぅ? 術師は雷帝様の鱗じゃあ言うんか?」


「うん。雷帝様を知らないけど、多分それ」


「ドラゴンは大陸にしか居ないのよね?」


「個体数が1体だけなら、ね。僕らが出会ったドラゴンは、全員大陸に居た。それも殆ど飛ばなかった。でも、ずっと空を飛ぶ天空龍なら少し離れた島で見られても不思議じゃない」



 現に、龍として知られているのが空を覆う存在なのだ。大陸にもある伝承と重ねれば、それが同一ものと考えてもいいだろう。


 エストの脳内には氷獄で出会った氷龍の記憶が蘇るが、彼は雪山から出ようとはせず、基本的に“待ち”の姿勢だった。


 数十年から百数年に一度にしか食事をしないため、天空龍がずっと空を飛んでいられる理由も、氷龍がエストの腕で喜んでいた理由も分かる。



「天空龍……会いたいなぁ」



 恋焦がれる少女のように推定天空龍の鱗を撫でながら呟くエストに、二重の意味でムッとした顔のシスティリアが、その右手を自身の頬に当てた。


 バチッと静電気が発生しても、微動だにしない彼女は言う。



「アンタねぇ。これ以上ドラゴンの力を取り入れたら、死んじゃうかもしれないのよ?」


「……わかってる……いや、僕はわかってないね。頭では理解しているんだ。既に体を壊せる程度に魔力が混ざっているのに、更に取り入れたら危ないって。でも……興味がある。やってみたい。僕の魔術にどう影響するのか、それが知りたい」



 柔らかく、すべすべとした頬を撫でながら言うエストの目は、あの日出会ったエストと同じである。


 どこまでも透き通った瞳で。

 果ても光も無い魔術の世界を独り歩く。

 見つけた答えは悦楽の糧になり、つけた足跡が魔道となる。


 そこにシスティリアは居るのか。

 隣を歩き、時に手を引っ張れる彼女の存在が、その道で前に立てるのか。


 想像も出来ないような孤独の道を往く彼と共に。魔術のためなら人を辞めることもさないエストと共に、同じ選択をとれるのか。



 覚悟を決めようとした、その時だった。



「でも、僕にはシスティが居る。魔術よりも大好きなシスティリアがね。そんな君を不安にさせるなら、天空龍には会いたいけど、魔力は要らない」


「エスト……」


「それにもし、僕らに子どもが産まれたら、その子にどんな影響があるかわからないからね。既に僕は炎龍と氷龍が宿ってる。リスクを減らすことが、今の僕にできることだと思う」



 魔術が好き。人生を捧げようと思うくらいには。

 しかし、それ以上にシスティリアが好き。人生を捧げることを約束し、その先も、永遠の愛を誓うくらいには。


 魔術とシスティリア。どちらが大事かなんて、天秤にかけるまでもない。

 エストは天空龍に興味がある。だが、そんなことよりもシスティリアとの人生が大切だった。


 真剣な眼差しで未来を覗くエストの瞳は、確かに彼女を見ていた。

 覚悟など、するまでもなかったのだ。


 だが。



「なんか……ムカつく」


「え?」


「アンタばっかり頑張って、我慢して……アタシは甘やかされてる。エストに甘やかされてる! しかもそれを……アタシは当然だと思ってる。それがムカつく!」



 キッと歯を食いしばり、尻尾をピンと立てたシスティリアは、エストの胸ぐらを掴んで持ち上げた。



「死なない可能性があるなら、天空龍の魔力も取り込みなさい。アタシはアンタがどうなろうとも、死んでも愛してる。命をかけてエストを愛して、守ってるの。だから、アンタも差し出しなさい」


「……命を?」


「ええ。命をかけて強くなって、魔族を倒して……それから命をかけてアタシを愛して。そして、子どもを愛して。いい? アンタに拒否権は無いわ。今すぐ、縦に、頷きなさい」



 首を横に振ろうものなら、そのまま地面に落ちることだろう。そんな未来が見えるほどに彼女は殺気立って言い、それこそがシスティリアの覚悟である。


 どちらかを選ぶ必要は無い。


 片方を選んだ後に、もう片方を選ぶだけ。

 2人居れば2つ選べる。

 エストが魔術を。システィリアは未来を。


 そんな、彼女らしい欲張った考えだった。

 触れれば消える、泡のような理想。

 でも、エストはその理想を実現出来ると思ったのだ。


 全ては運次第。努力や才能でどうにか出来ることは全てやり尽くす。その上で、終わり方が天命に委ねられる。



「……うん。もとより君に捧げる命だ」


「……ええ、アタシも。後はアンタの得意なギャンブルよ。アタシたち2人の命を、未来に賭けるだけ」



 本当にこの雷石が天空龍の鱗なら、エストにとって大きなチャンスとなる。

 左腕は使えないままだが、新たな力を手入れることが出来れば、解呪のヒントを探す力になるかもしれない。


 反面、失敗すればエストは死に、魔族の脅威はそのままで、システィリアとの未来は潰えてしまうだろう。



「……何を言うとるんじゃ、こやつら」



 里長が呟くと、ポツポツと雨が降ってきた。

 すぐに大雨に変わる天気は、秋の空とは言ったもの。里長がすぐに家に入るように言うが、エストは立ち止まったまま、杖を構えた。



「リヴ……君のヒントはこれだったのかな」



 ゴロゴロと鳴る空の下で、雨に打たれながらエストは呟く。



 そして、雷石の上に紫色の多重魔法陣を展開した。




「僕を殺さないでくれよ、天空龍。雷柱リグドバード!」



 雷石に魔術の落雷が命中した瞬間──



 青白く光った雷石は凄まじい勢いでエストの足元に風を巻き起こすと、エストは風に揉まれて空へと吹き飛ばされていく。



「な、なんじゃありゃあ!」


「エスト……信じてるから」


「術師が……飛んで行きよったぞ……」




 雷雲を突っ切ったエストが雲の上まで吹き飛ばされると、そこには雲海の上を飛行する、大きな浮遊する島────否、超巨大なドラゴンが居た。




「あれが、天空龍…………大きすぎるでしょ」

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