第140話 高貴なる食べ歩き
「お久しぶりでございます、エストさん。そちらの方は?」
「ブロフだよ。経験豊富で優秀な戦士なんだ」
「まあ! わたくし、ルージュレット・エル・レッカと申します。お見知り置きを」
「あ、ああ」
間近で見る本物の皇族に、ブロフは狼狽えていた。頭の中で跪いた方がいいとか、敬語の方がいいと分かっているが、横に居るエストが作法をぶち壊していく。
頭をペコッと下げると、一歩引いたブロフ。
そんな彼とは対照的にエストは一歩近づき、再会を喜んでいる。
「火魔術、良いアイディアは思いついた?」
「それが中々難してくて……もしや、また新理論を?」
「もちろんあるよ。ルージュも使えると思うから、後で教えてあげる」
「ありがとう存じます。是非とも!」
まさか馬車から降りてきた皇女が一介の少年に頭を下げるとは誰も予想しておらず、周囲の視線はエストへと移っていく。
純白のローブを着ているものの、宮廷魔術師団の紋章は無く、首を傾げる者も居た。
その様子を見てか、皇女の後ろから御者をしていた執事が耳打ちする。
「エストさん、ブロフさん。よければわたくしの馬車でお話ししませんか?」
緊張したブロフが真っ先に頷くが、エストは右手に持っている
「ううん、食べ歩きを続けるよ。むしろルージュの方こそ一緒に来ない? ここにある屋台、全部美味しいよ」
「そうしたいのは山々なのですが……」
とても行きたそうな表情で断るルージュ。
何か理由があって無理なんだろうなと思っていると、その理由であろう人物が馬車から降りてきた。
ドレスのような装束に身を包み、肘の辺りまで伸びた煌びやかな金髪をふわりと風に乗せ、空色に澄んだ瞳でルージュを見つけたその少女は、気品を放ちながら近づいてくる。
リューゼニス国民にとっては知らない者は居ない。国の美の象徴とも言われている、シェリス・フィア・リューゼニス第2王女だ。
「ルージュ、何かあったの? 急に馬車を停めて……」
「誰? ルージュの友達?」
「え?」
「え?」
「え?」
リューゼニス国民でも無ければ王族に興味が無いエストは、当然のように彼女の存在を知らなかった。
背中をブロフに小突かれると、それがブロフでも知っている人のようであり、どんな有名人なのかと首を傾げる。
「まぁいいや、魔術が知りたかったからあそこの宿に来て。それじゃあね」
食べ歩きを再開しようとするエストに、慌ててシェリスが呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 貴方、私のことを知らないの!?」
「知らない。有名な魔術師か魔道具師?」
「この国の第2王女です!」
「へ〜。あそこの屋台おすすめだよ」
まるで興味がないエストに、今まで関心を向けられてきたシェリスは面食らった。なぜそんなにも興味が無いのか、そしてルージュレットが当たり前のように受け入れている姿に、自分がおかしいのかと思ってしまう。
だが周りを見ればおかしいのはエストであり、付随してルージュレットも異常だった。
本当に友達と会った時のように別れるエストを見て、馬車に戻ったシェリスは対面に座る彼女に問い詰める。
「何なのよあの男。私のことを知らないなんて」
「あの方に知ってもらうなら、魔術を見せればいいのです」
「……魔術?」
「エストさんは全属性を使える魔術師です。シェリスの光魔術にも、並々ならぬ知識をお持ちですよ?」
全属性を使える魔術師。そう言われた瞬間、シェリスの頭に2ヶ月前の記憶が蘇る。
それは、3代目の賢者が現れたということ。
何でもドラゴン直々に認めたとかで、リューゼニス国王が不安そうな顔で明かしたことだ。
国民への大々的な発表はまだだが、王侯貴族や仕える者には知らせている。
「……まさか、アレが新しい賢者?」
「ええ、そうですよ。驚きましたか?」
「う、嘘よ! 私のことも知らない人が賢者なんて、ありえないわ! それにあの態度……意味が分からない」
「シェリス、自惚れが過ぎます。貴女は真に優れた魔術師を知らないのです。ああいった方たちには、貴族や王族なんてどうでもいい。面白味のない人間として、わたくしたちも括られるのです」
悟ったように。或いは、諦めたように。
魔女エルミリアや一ツ星のアリア、そしてエストと関わりのあるルージュレットは、もう彼女らが王族としての扱いをしないことに慣れていた。
王族としての責務を果たす中で何の分け隔てもなく話しかけてくれる彼女らは、むしろ心の拠り所になったのだ。
「だから、魔術を学ぶのです。幸いにもわたくしたちは、才能があると呼ばれる側。シェリスも一緒に、エストさんに伺いましょう」
「……ルージュがそこまで言うなら」
ルージュレットの目的は温泉にるリフレッシュだ。親友であり同じ立場のシェリスと旅行にでもと訪れたら、思わぬ偶然が舞い込んだ。
これを機に王族としての過剰なプライドが捨てられたらと願うルージュレットは、街一番の高級宿へと向かう。
夕方前に、2人であの宿に伺う。そう約束して。
「──そんなことがあったのか」
「僕の数少ない魔術友達だね」
「皇女を友達と呼んでもいいものか」
昼過ぎまで食べ歩きを楽しんだエストとブロフは、宿にある大浴場に入っていた。
宿泊料金の高さもあってか他の客も居らず、広々とした空間では少しもの寂しさを覚えてしまう。
「システィリア嬢は気にするんじゃないのか?」
「そこまでシスティの心は弱くない。少なくとも、僕の気持ちを疑うことはないよ」
「……そうか」
「僕が毎日どれだけ好きだって伝えてると思ってるのさ。疑われたら僕の方が悲しいね。髪も尻尾も究極の美しさを──」
「もういい、分かった、オレが悪かった」
その後も延々と惚気話を聞かされるブロフであった。
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