第407話 お兄ちゃんの提案
「う〜む……」
「珍しいわね。そこまでエストが悩むなんて」
メルたちと別れてから一週間が経った。
回収出来たボタニグラの種はファルム商会に無償で送り、捕らえた研究員たちは皇族に預けてから、罪人の数に応じて
学園長を通したのは、エストと宮廷魔術師団の仲が悪いことが理由である。
例外的にメルが、そして今回仲良くなれたオールスが居るが、エストは乗り込む気になれなかった。
そして今。
エストはソファにだら〜っと寝転がりながら、腹の上で眠るウルティスを眺めている。
「ウルティスを学園に行かせるか否か……」
「あら、生涯冒険者コースじゃないの? 今更その子が学ぶことなんて無いでしょ」
エストの分の紅茶を淹れたシスティリアは、対面のソファに腰をかけた。
湯気が立つカップの奥から、黄金の瞳がエストを見ている。
「それはそうなんだけど……ウルティスは僕と違って社交的な子だ。友達が居た方が、幸せになれるんじゃないかと」
「そうね。でも、アタシは友達居なくても平気だったわよ?」
「僕と出会う前、システィはかなり荒れてたけど。しかも社交的かと言われると……」
「……確かに。ギルドマスターしか頼れる人は居なかったし、友達が居たら……アタシも変わってたかも?」
一匹狼という言葉が歩いている。そんな言葉が似合う少女だったのが、数年前のシスティリアである。
それがエストと出会い、旅を経て、魔族を倒し、結婚して……今では甘えることも覚え、幸せをその手で掴み取った。
その始まりは、エストとの出会いだ。
「のぅ。友達を作らせたいとエストは言ったが、わらわも同じ思いで入学させたんじゃぞ? それが3ヶ月で卒業するわ、宮廷魔術師団と仲違いするわ、挙句、友には何も言わずに旅に出よったからの。思い通りには行きまいて」
そう突っ込んだエストの
今のエストと同じ願いを込めて入学させた結果、まぁ色々とやらかした果てに、賢者の称号を得て世界を救ってしまった。
しかも、被害が殆ど出ていないために、世間は賢者の重要性を知らないときた。これには魔女も苦笑するしかなかったものである。
「それにウルティスは聡い子じゃ。直ぐに学園のつまらなさに気付いて、爆速で卒業すると思うぞ」
「有り得るわね。友達より冒険者仲間の方が大切にしそうよ」
「でも、冒険者に酷い目に遭ってるからなぁ」
冒険者としても、結局はソロで活動して、システィリアを追うように星付き、またはAランクまで駆け上がる……気がしているのだ。エストは。
「まぁ、お主の育てによって、払拭されたがの」
「アンタにベッタリだし、ウチに来た時より図々し……わがま……生意……子どもらしくなったわ。良い傾向ね」
「悪口3つ、隠せなかったね」
「うっさいわよ!」
ちょくちょくエストを狙って敵視されるシスティリアである。二人の時間を邪魔された回数は数しれず。
煩わしいと思う瞬間はあれど、嫌いになれない愛嬌と絶妙なバランス感覚を有していた。
「ま〜ま〜、お兄ちゃんとして妹を思う気持ちがあるんだね〜? お姉ちゃんは入学賛成かな〜」
「はっ。最短卒業生が何か言っとるわい」
「アリアさんはアレよね。ふらっと現れてふらっと去ってるイメージがあるわ」
「ウルティスにはできれば一年は過ごしてほしいな」
「どして〜?」
「一年で学園行事は体験できるでしょ? それに、僕ほど魔道書を読むペースは早くない。だから、図書館にある分を読み終えるまで卒業してほしくない」
「そっか〜、エストは魔術対抗戦だけで終わったもんね〜」
「創魔祭や術式発表会、ダンジョン遠征など全く経験しとらんかったな」
一応、学園関係者である魔女がエストの経験していないイベントを例に上げると、エストはうんうんと顎だけ頷いている。
右手をウルティスの頭に乗せて撫でると、ぴこぴこっと耳が跳ね、安心したように脱力する。
溶けるように寝顔も崩れ、溢れ出す愛嬌にエストは小さく微笑む。
「またデレデレしちゃって……アタシも撫でなさい」
「妬いてるの?」
「当たり前よ! エストの笑顔はアタシのなの!」
素直なシスティリアに思わず笑みをこぼすと、ずいっと頭を向ける彼女を撫でたエスト。指を通るサラサラの髪から、ふわりと花のような香りが鼻をくすぐる。
触れていると落ち着く感覚に意識をぼーっとさせていると、いつの間にか寝息を立てていた。
「ね、寝ちゃったわ」
「最近は氷獄にも
「システィちゃん、癒してあげなよ〜?」
「やってるわよ。毎晩ぎゅーってしてるもの」
「まさか〜、マンネリ……?」
「んなっ! ちゃんと耳も尻尾もお尻も触らせてるのよ!? 嬉しそうに揉んでるもの!」
「後半は要らない情報かも……」
姦しくなるとエフィリアが起き出し、魔女が抱き上げてあやしている。
平和である。
そんな穏やかな時間を壊したのは、この家では珍しい……本当に珍しい、来客の報せが鳴ったからだ。
リーンリーンと鈴の音で起きたウルティスは、眠っているエストの肩を揺らす。二度寝しようとするとシスティリアが鼻を摘んで起こした。
面倒くさそうにエストが空中で手を振り下ろすと、ガチャリとドアが開く。
アリアが出向き、部屋に連れて来たのは──
「やぁ、エスト君。そっちの赤毛の子がウルティス君だね?」
「……学園長」
紫色の髪をなびかせながら優雅に片手を上げ、空いている席に座ったのは件の学園長、雷の魔女ネルメアだった。
「君が手紙に書いたんだろうに。パーティ以来だな、システィリア君。遅くなったが、出産おめでとう」
「どうも、ネルメアさん。手紙って?」
「そこのぐーたら賢者が『妹を学園に入れさせるか迷っている』と書いたものでな。面談……というわけではないが、一度本人に聞いてみたかったのだ」
魔術師団への手紙とは別に、ネルメア個人に宛てた手紙を受け取った時、ネルメアは酷く驚いた。
あのエストから悩み相談のような手紙を受け取り、是非とも解決してやりたいと思ったネルメアが、休日であるはずの今日に訪れたのだ。
曜日感覚などとうの昔に失っているエストは、失礼にも『暇なんだなぁ』と内心で呟いた。
ソファに座り直したエストの隣にウルティスが座り、対面にはネルメアとシスティリアが座ると、早速面談が始まった。
「まずウルティス君」
「はい!」
「学園で学びたいことや、やりたいことはあるか?」
「お姉さまを倒したい……です」
その答えの矛先はシスティリアに向けられており、ちらりと隣を見るネルメア。
システィリアが肩をすくめると、ウルティスにエストが耳打ちをした。
「えっと、あたしと同じくらい強い魔術師と戦ってみたい」
「ふむ。エスト君、具体的にどれくらいだ?」
「上級魔術で魔法陣詠唱、中級は完全無詠唱。術式第三位改変まで即興でできて、武術はBランク冒険者くらいかな」
第三位改変……つまり、構成要素3つは自由に改変出来るという技術だが、そもそも術式改変自体が高位の魔術師の技である。
まず同い年には居ない上に、エストの一番優秀な生徒だと誇るクオードでさえ、改変は第一位……1つまでしか出来なかった。
「うむ、居ないな。ミツキぐらいか?」
「ミツキは例外でしょ。ウルティスが死ぬ」
「やはり戦いたいのか? 研究は苦手か?」
「魔道書を読むのは好き! でも、術式を作るのは……う〜ん。お兄ちゃんがやってるのを見るのは好き!」
エストに『やれ』と言われたら嬉々としてやるだろうが、そうでないなら体を動かすか読書する方が性に合うのだ。
システィリアも「分かるわぁ」と頷いており、オリジナルの術式は片手で数えられるぐらいしか作っていない。
……ひとつあれば一財産なのだが。
「……冒険者になった方が良いと思うぞ」
「ウルティスは友達を作りたいと思う?」
「友達? ヌーさんのこと?」
「ヌーさんを人間に置き換えた人のことよ。一緒に遊んだり、魔術の練習をしたりすること」
「……ヌーさんが居るからいい」
システィリアが分かりやすく説明すると、珍しく嫌そうな顔で首を横に振った。
その顔を見て、人と長く付き合うことにまだ苦手意識があるのかと、エストは察した。
「……冒険者になった方が良いと思うぞ」
「冒険者……ウルティスが傷つくのヤダなぁ」
「過保護ね。ちょっとやそっとじゃ死にはしないわよ」
「お兄ちゃんが嫌なら、あたし冒険者にならない」
「いやいやウルティス。あれだけ息巻いてたじゃん。オーガキングには負けるけど、オーガなら倒せるんだから、なりなよ、冒険者」
「……冒険者になった方が良いと思うぞ」
ネルメアは壊れたように同じことしか言わない。
それもこれも、ネルメアはヌーさんがどんな種族かを知っているからであり、オーガキングに関しては帝都でも有名になっている。
期待の超新星として、既にウルティスの名前は広がりつつあるのだ。
たっぷり5分考えたエストは、ウルティスに提案する。
「ウルティス、3ヶ月行ってみて、辞めたかったら辞めるようにする?」
「……いいの?」
そんなことが可能なのか。
小首を傾げるウルティス。
エストがネルメアを見ると、最高責任者の口が開かれた。
「ああ、可能だ。卒業したいなら試験を受ける必要があるが、退学は自由だからな。オススメはしないが」
「ウルティスが最初に経験する、魔術対抗戦でつまんないと思えば辞めたらいい。僕が居た時はミツキに負けちゃったけど……もしかしたら同じくらいの逸材が居るかもしれない」
「……アンタ初級魔術縛りだったんでしょ?」
「まあまあ。で、どうする? 試してみる?」
ウルティスなら全力で戦っても正しく評価される。冒険者として既に高めつつある名声を、より確固たるモノに出来るかもしれないし、とりあえず対抗戦に出れば得るものはあるはずだ。
そう言ったエストに、ウルティスは逡巡すると──
「うん! あたし、学園に行ってみたい!」
お試し入学を決意するのだった。
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