第408話 苦難に備えて
「ウルティス、入学までの一年、修行しよう」
妹分の3ヶ月の入学予定が決まり、10歳になるまでの残り一年間。
エストは『学園でナメられないように』という理由で、ウルティスの更なる強化を考えている。
「しゅぎょう? 毎日やってるよ?」
「それは鍛錬だ。まぁ、呼吸みたいなもの。やって当たり前なやつ。これからウルティスにやってほしいのは、神経を研ぎ澄まして生存能力を磨きをかけ、更なる力と適応力を身につけてもらうこと」
「あたし……また強くなれるの!? やる!」
ただの修行のお誘いならウルティスも断ったかもしれない。しかし強化を餌に見せた瞬間、全力で縦に頷いていた。
だが、何ともエストの格好がつかない。
ソファでシスティリアに膝枕をしてもらいながら、魔道書を読んでいるせいか。
90度傾いたウルティスの期待に満ちた顔を見ながら、エストは頷く。
「30分後に外に出よう。今日は一段と冷えるからね。都合がいい」
「今からがいい!」
「ダメだ。僕はもう少しシスティの太ももを堪能する。それからじゃないとやる気になれない」
「……堂々としてるのが腹立つのよねぇ」
私利私欲のために修行時間は少し後回しだ。
今日のシスティリアは真冬なのにミニスカートを履いており、服もかなり薄着なのだが……火の魔石が練り込まれた糸で作られているため、暖かいそうな。
おもむろに膝をぽんぽんと叩いた結果、見事にエストが釣れたのだ。
かれこれ1時間は堪能している。
「ほんっと、エストはシスティちゃんが好きだね〜」
「ここまで溺愛し合う人間も少ないじゃろう」
「何よ、いいじゃない。甘えるエストはどんな芸術品よりも価値があるわ。まだまだ甘え下手だけど、一生懸命で可愛いもの」
「そういうシスティも本当に可愛いよ。システィに触れてると心の底から癒される。家のことを任せっきりにしてるから、もっとわがまま言っていいんだよ?」
「いーいーの。アタシがやりたくてやってるもん。それに旅してる時から、アタシが生活面は見てたでしょ? 完全に慣れちゃってるから、今更変えたくないわ」
「システィ……」
「エスト……」
見つめ合う2人の唇が重ねられる近くで、ウルティスはぽけ〜っとしながら魔道書を読んでいる。
こういったやり取りはもう慣れているのだ。
そして、対処法も知っている。
落ち着くまで待つ。それが最前手だと。
「おい、こやつら放っておくと無限にいちゃつきだすぞ。アリア、止めんか」
「えぇやだぁ……反撃怖いもん。ご主人やってよ〜」
面倒事を押し付け合う2人だったが、ようやくエストが体を起こした。
どうやら今のキスで充分なシスティリア成分を補給出来たらしい。次はエフィリア成分を補給しようと、手早くオムツ替えをした後、もちもちの頬を撫で始めた。
そうして、修行宣言から15分でエストは立ち上がる。
「行くよウルティス。修行だ」
「あいっ!」
「風邪引かないようにするのよ〜」
「お姉さまも修行する?」
「アタシは合わないからいい。窓から見守ってるわ」
修行内容を知っているかのように答えるシスティリア。事実、エストの最終目標を知らないのはウルティスだけであり、他の3人は見守ることしか出来ない。
庭が見える窓の前にロッキングチェアを持って来たシスティリアは、エフィリアを抱えて座る。
「あの子、耐えられるかしら」
◇ ◇ ◇
「さ、寒いよぉ……」
「ウルティス、魔力制御で全身に火属性の魔力を流すんだ。指先やつま先、顔や耳、頭皮に至るまで」
「は、はいぃ」
現在ウルティスは、庭で吹雪に見舞われている。
無論エストが発生させている吹雪なのだが、体感温度はマイナス15度といったところか。
火属性の適性があるウルティスは、全身にその燃えたぎるような魔力を流すことで、意図的に体温を上昇させられる。
やがて寒さに耐えられるようになると、エストが講義を始めた。
「人体で最も守らなければならない部位はどこか。それは一般的に『脳』と『心臓』だ。ウルティスもそう認識しているね?」
「うん!」
「でも、それはあくまで対人戦における部位なんだ。厳しい環境で生き抜くには、先の2つに加えて、最優先で守るべき内臓がある。どこかわかる?」
「……お腹?」
「それは3番目だね。答えは『肺』だよ。僕らは空気を吸って、脳と心臓に生命の源を送って生きている。つまり、吸った空気を貯める肺が死ぬと、人は簡単に死んでしまうんだ」
大きく頷くウルティス。
「まずは魔力制御で、肺の保護と吸った空気の適温化を学んでもらう。誰かを助けるには、まず自分が強くなければならない。返事は?」
「はいっ!」
「じゃあ練習開始。魔力探知で僕の魔力の流れを見ておいて」
そう言ってエストはウルティスの前に立つと、分かりやすくするために上裸になった。そして洗練された魔力制御により、火属性魔力だけを体に流す。
……空間属性の魔力から属性を抽出するという、人類初の技術をさらりと見せている。
魔力探知には、エストの全身に流れる熱い魔力が均衡を保って体内に流れ続け、特に肺、気道、口内は一切のムラなく魔力で保護されて見える。
一段と勢いを増す吹雪。
ウルティスの吸う空気は肺を破壊する冷たさを誇るが、遠くで丸くなっているヌーさんの
目を凝らし、エストが吸う空気が口で温かくなっていることを察知した。
「見えたね。これが冷気の中でする呼吸の仕方だ。次はウルティスの番だよ。気負わずやってみよう」
吹雪の勢いが弱まると、エストは空間探知でウルティスの魔力制御を隅々まで観察する。
幼さゆえか、甘い制御は節々から紅い魔力が漏れ出ている。しかし、それでも宮廷魔術師並の熟練度である。
その辺りは鍛錬でやるとして、呼吸に注意する。
言われた通りに肺を守ろうとしているが、自身の肺の形を理解していないのか、保護する魔力にムラがあり、口内はかなり分厚く守ろうとしている。
どう? と目を輝かせるウルティスに、エストはわしゃわしゃと頭を撫でた。
そして、吹雪を止めた。
「よし、まずは内臓の形から知ろう」
「……ダメだった?」
「ダメじゃない。根本的にできないんだ。僕が見誤っていた。だから、一歩ずつ一緒に学んでいこう」
「うんっ!」
そうしてこの日の午前中は、体内の勉強と魔力制御による内臓の形と位置の把握に費やした。
◇ ◇ ◇
「やってるわね。アタシの時よりも優しいわ」
「そなの〜?」
「アタシはエストに魔力を飲まされて、体内で実際に動かしてもらって覚えたもの。あの内臓を弄ばれる感じ……思い出しただけで吐き気がするわ」
「グロい……しかも強引だね〜」
「仕方なかったのよ。アタシがあまりにも覚えが悪いせいで、エストが気にかけてくれたから。気持ち悪かったけど、一発で覚えられたわよ」
「そもそも〜、飲めるだけ魔力を具現化できるのは〜、エストのとんでもない魔力量の賜物だよね〜」
「……美味しかったわぁ」
ロッキングチェアでリラックスしながら当時を思い出すシスティリアは、甘美なエストの魔力に震えていた。
体内をまさぐられる感覚こそ気持ち悪いものの、内臓の感覚を覚えてからは魔力の虜になったものだ。
……内臓を治癒出来るようにするためだったが、システィリアにはご褒美になっていた。
アリアは目を細めると、頬を紅潮させるシスティリアを見て言った。
「うわ出た、変態システィちゃん」
「誰が変態よ。今は口移しで味わってるもの。変態じゃないわ」
「……ねぇ〜、人の魔力を味わうこと自体、変態なんだよ?」
「知りませ〜ん。変態じゃないですぅ」
視線を修行するウルティスに戻し、2人は見守ることにした。
質問の余地を残して解説するエストと、何度も手を挙げて訊くウルティス。
学習意欲を極限まで高めさせて覚えた知識は、体の髄まで記憶するというもの。
あっという間に内臓の感覚を掴んだウルティスは、午後はリベンジに燃えるのだった。
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