第411話 新たなる発見


 エストも氷獄で鍛錬をするようになってから、3日目のこと。


 ジオこと初代賢者リューゼニスから空間魔術の『型』である、結界術式を学び、その仕組みと考え方は頭に叩き込めた。


 空間魔術の革命とも呼べる変化に、内心では舌打ちしたくなるぐらいジオを睨みつけたが、結界に気付けなかった自分の落ち度だと認識している。


 そして心機一転、エストは家の結界や魔女の館の結界を調べ、大体の効果を読み取ることが出来た。



「なるほどね。魔物は本能から光属性魔力を嫌うから、結界に混ぜると魔物除けになると。逆に闇属性魔力を好む傾向にあるから、敢えて魔物を集中する点を作って利用することもできると。でも、結界自体には攻撃能力は無い。ふ〜む興味深い」



 思考を全部口に出して頷くエストに、外鍛錬が終わったウルティスに、紅茶をいれるジオが言う。



「アイツ頭良いよな。闇属性に関してはデメリットしか無いように思えたが、ちゃんと利用する前提で考えてやがる」


「お兄ちゃん、楽しそう」


「よく結界も知らずに空間魔術を使ったよ、全く」



 ウルティスに甘いジオは紅茶とクッキーを差し出すと、椅子の上にちんまりと座る彼女の前に、魔術の祖である自身が書いた魔道書を置いた。


 ご丁寧に、著者名は初代賢者である。



「お前は一にも二にも知識が足りん。エストは最低限の『種』があれば勝手に花を咲かすが、チビ助はそうじゃない。これを読んで魔術の基礎を改めろ」


「はいっ!」


「魔法陣の説明はこっちの棚にまとめてある。エス……バカ弟子が極秘に書いたものもあるから、それ読み終わったら次はこれ全部読め。危険なのは無いと本人が言っていた」


「わかった!」


「あとそっちのソファも使っていい。リラックスして頭に入れることが大切だ。そこの我が物顔野郎みたいにな」



 くいっと顎で指した先には、カーペットの上で暖炉の熱を受けながら、シュンを撫でつつ仰向けで魔法陣を出すエストが居た。


 凄まじい寛ぎようである。


 だが、それは彼の修行時代と変わっていない。何か新しい発見をして試行錯誤する時は、ああして最もリラックス出来る環境で思考と試行に耽るのだ。


 早速ウルティスは、そんなエストの隣にピッタリとくっ付いては、うつ伏せになって魔道書を読む。



 その瞬間ジオは、ウルティスが尋常ではなくエストのことが大好きなことを思い出した。



 気付けばエストの右手はシュンを。左手にはウルティスを撫でており、空中の魔法陣はおぞましい速度で改変が繰り返されている。



「静かだな」


「ん、氷龍きた」


「は?」



 何気なくジオが呟くと、エストが有り得ない存在の来訪を告げる。すると5秒後、ログハウス前の庭に、ドシンと腹に響く揺れが起きた。


 そう思ったのも束の間、誰かがログハウスに入ってきた。


 さらりと伸びた水色の髪と同色の瞳。中性的な顔つきをした美男とも美女ともとれる整った顔立ち。

 そして人間とは思えない濃密かつ透き通った印象の魔力を放つのは、他でも無い氷龍……の分身である。



「盟友! ボクに会いたいだなんてどうしたんだい! まさか、ようやく龍血を受け入れる気に──」


「あ、やっぱり伝わったんだ。結界術式で音を伝えられるか試しただけ。特に用は無いよ」



 それを聞いて『ガーン』と聞こえそうなほど落ち込む氷龍。ジオとしては氷龍を刺激しないで欲しいのだが、エストには伝わらなかった。


 ショックから気を取り直した氷龍は、エストに近付くと傍らに寝そべる紅い狼を見つけた。



「なんだい? この小さな犬は」


「僕の妹分だよ。前に言ったじゃん。ウルティスっていう、拾った子。せっかくだからここで鍛えさせてるんだ」


「ふ〜ん、システィリアほど気骨も筋力も魔力も無いけど、確かにね。盟友が好きそうな顔をしている」


「可愛いよ、この子は。きっと氷龍も気に入ると思う」


「はっはっは! ボクは盟友みたいなクールで熱い人が好きなのさ!」



 クールで熱い。一見して矛盾しているように思える言葉だが、エストを知るジオたちにはしっかりと伝わっていた。


 表面上は氷と見紛うほど冷たいが、内面は逆。

 飽くなき探究心と空を引き寄せるような向上心の強さは、その心に触れた者まで触発する熱を持っている。



「お兄ちゃんのお友達?」


「ああ、ボクは氷龍。よろしくねちびっ子」


「あたしウルティス。ちびっ子じゃない!」


「ほぉ? ボクを畏れないか。盟友より気概があるのか……いや、無知なだけかい?」


「正解」


「なるほど盟友が好むワケさ。楽しみだね。知を得た時、このちびっ子がボクをどう思うか。盟友のように敬意を払いながら友として接するか、はたまた畏れて逃げるか。ボクは好きだよ」



 酷く冷たい手でウルティスの髪をわしゃわしゃと撫でた氷龍は、我が物顔で椅子に座ると、ジオに『もてなせ』と一言告げた。


 傲岸不遜だがこの場で最強の生物である。

 ジオが黙って従うくらいには強いのだ。


 しかし、氷龍は気付いていた。

 ──と。


 手を握ったり開いたりして確認すると、不意にエストが視界に入った。すると目が合い、双方がニヤァと三日月に口が歪む。



「やったな盟友。ボクの魔力をね?」



 その言葉に一番驚いたのは、ジオであった。

 当然と言えば当然なのだが、ジオはエストが魔術を使った気配も感じていなければ、氷龍が弱ったことにも気付けなかったのだ。


 本人しか気付けない微々たる変化。

 運良くエストが視界に入ったから気付いたものの、普段なら気の所為で済ませてしまう小さな変化。


 その答えは、エストの口から紡がれた。



「結界が外部から拒むだけっていうのは、おかしいと思ってね。内部に影響する術式を組んでみた」


「はっは! それでどうやって魔力だけを抽出するのさ? 幾らボクでも、ここまで上手く出し抜かれたことは無い。何かタネがあるんだろう?」


「魔力を同調させた。君の氷属性魔力と僕の氷属性魔力で波長を合わせて、隠蔽術式に行き渡らせることで氷龍の魔力をしたんだ」


「……呼び水にしたってことかい? 龍の魔力を?」


「まぁね。僕の体内にも流れてるし、龍玉もあるし。氷龍の魔力をほんのちょっと奪うくらいなら、今の僕にもできる」



 魔力の同調。それは言い換えるなら、相手の血液に自分の血液を合わせること。


 魔道具で使う魔石から、異なる魔力を同一の魔力として扱い魔術を発動させる研究はあった。しかし、個人の魔力というのは魔石を介した物とは違い、唯一無二なのだ。


 遺伝子とも言える部分から違うが、恐ろしいのは完全に同じ魔力は絶対に存在しないこと。


 同じ属性の双子の魔力であっても違うのだ。

 血は同じでも絶妙に魔素の配列が違うために、この『同調』は理論の段階から不可能とされてきた。


 だが、エストは例外を保持している。


 氷龍と全く同じ魔力を体内に宿しているのだ。


 つまりその魔力だけを抽出して合わせてやれば、『同調』は出来る……はずだった。



「それはおかしいよ、盟友。君のを媒介している以上、ボクの魔素が揺らぐはずだ。そりゃあキミ本来の魔力に比べたら合わせやすいだろうが、魔素単位で制御するなど……無理な話だ」



 そう、揺らぐのだ。これが双子であっても違う魔力になる理由であり、同調が絶対に有り得ないことの証左となる。


 では何故、エストは同調に成功したのか?


 理由は至極単純。



「魔素を制御したからね。ちょろっと揺らぎを直してあげれば……はい、同じ」



 エストは逆に、氷龍に

 反論の余地を粉々に粉砕したエストの行動。

 それ即ち、やろうと思えば他人に魔力の譲渡を可能にしたり、逆に魔力を奪って無力化することが出来るということ。


 何より恐ろしいのは、反撃する術が無いこと。



「普段から毎日15時間くらいは魔力制御とか発動速度向上の鍛錬はしてると、気付いちゃってさ」


「……何に?」


「空気中の魔力を使う効率の悪さ、だよ。あまりにもが多い。だから最初は、僕の方で精製しようかとも思ったんだけど……そんなことしなくても、魔素だけ取れたらいいことに気付いたんだ。そこからは発想かな〜」



 氷龍に魔力を返し終わったエストは、彼を薄く包んでいた裏返しの結界を解除する。


 実は裏返しの結界……つまりは結界内部にだけ影響を与える術式は、魔女が既に使っている物と同じ術式だったのた。


 学園の魔術対抗戦で使うフィールドには、この術式を用いて内部の地形を作っている。


 だが、その発見は魔女が空間魔術を会得してから300年もかかった時である。それをたった数年で追いつくなど、ジオのこめかみを濡らすには充分の才覚だった。



「やれやれ……盟友には興味が尽きないな! やはりそれでこそボクの盟友だ! その発見、万年を生きたボクが言おう! 異常であると!」


「異常認定だってさ、ウルティス」


「かわいそー」


「読書の邪魔してごめんね?」



 氷龍の謎の宣言を軽く流し、ウルティスにも軽くあしらわれたエストは、寂しそうな顔をしてウルティスの耳を揉んだ。


 ゆさゆさと尻尾が振られ、それでも目は魔道書から動かない。



「まぁ、これから実験する技術だ。僕は少し、外に出てくるよ」



 そう言ってエストは、魔物の魔力を奪えるか確認しに行った。

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