第302話 収穫祭と藁人形
エストの魔術で米の収穫が終わり、予定よりも大幅に早く農作業に一段落つけた農民たちは、少し早めの祭りを開催することにした。
サツキの家にも早い段階で開催の話が入り、2週間前から用意していたという、叩いた藁を使った祭事用の人形作りを手伝うエストたち。
「そこをまげて……にーちゃん違う!」
「フブキ。僕は藁と分かり合えないみたいだ」
「何言ってんのよ。右手の薬指のところで曲げて、2つの間に挟み込むだけよ」
「フブキ。僕は藁と分かり合えるみたいだ」
秋祭りに使う収穫感謝と豊作祈願の藁人形は、山から下りてくるイノシシやタヌキなどの動物を象っており、その絶妙な造形にエストは苦戦していた。
魔術で創る像なら誰よりも上手い自信があるが、この藁人形は最後には燃やし、肉への感謝と作物を荒らさないで欲しいという祈りを込め、藁で編んで作るのだ。
初めて使う素材に何度もフブキに指摘されている横で、システィリアは膝の上にキサラギを乗せ、テキパキと作業をこなしていた。
「お上手ですね! システィリアさん。これまでに作ったことがあるみたい」
「えへへ、そうかしら? 普段から手先を使うことが多いから、案外やれてるのかもしれないわね」
「お裁縫とかされるんですか?」
「ええ。編み物とかも好きよ? 前にエストに手袋を編んだけど、『手を握った方が温かい』って言って、全然つけてくれないの」
「あら、口がお上手。おひとりの時も?」
「そうなのよ……殆ど2人で動くから、つける機会が無いの。それに、突然魔物に襲われたら手が滑っちゃうから、仕方ないわ」
隣で聞いているエストには少し耳が痛い話だった。
次の冬はお手製の手袋をつけようと思えば、背中を尻尾でバシバシと叩かれ、振り向くと小さな声で『アタシも手の方が好き』と言われた。
うんうんと頷きながら藁を編めば、目敏いフブキが差し込むところが違うと怒る。
「フブキ、見てごらん。確かに僕の藁人形は不出来かもしれない。でもね、僕には奥の手があるんだ」
「……おくの手?」
「手のひらに乗るイノシシだよ」
そう言うと、エストは目のくりっとした白いイノシシを
まるで生きているかのように鼻を動かし、地面に見立てた机を掘ろうとするイノシシだが、トコトコと縦横無尽に歩いていると、ひょいっと小さな手に掴まれた。
「すごーい! まっしろのいのししさん! ごわごわ〜!」
キサラギが白いイノシシを掴み上げると、もぞもぞと動いてその手から落ちそうになる。
すかさずシスティリアが支えてやれば、再び机の上に戻された白いイノシシが、今度はサツキの前で寝転がった。
警戒しながらもそっと手を伸ばし、娘の発した言葉の意味を理解した。
「ごわごわ……? まぁ! 毛並みまで本物そっくり……これ、エストさんの術ですか?」
「ふふん、そうなの! エストの創る像の魔術は大陸一番よ! 見た目や手触りだけじゃないもの。しっかりと本物っぽく動くんだから!」
本人よりも早く答えたシスティリアは、自信満々に胸を張って言う。
そして、そんな説明を補足するように、エストが複雑な多重魔法陣を出して見せた。
「匂いの再現も最近は頑張ってるんだ。猫や犬、馬の匂いなら再現できる。でも、まだ声が真似できないんだ。まだまだ修行の身だね」
「匂いまで……そういえば、初めていらっしゃった時に置いたあのミツキも──」
「うん。使う属性を変えただけだね」
居間に飾られているミツキの陶器人形を見れば、その細部に至る質の高さたるや、まるで本人がそこに居るかのよう。
藁を編みながらジッと見ていたシスティリアは、ふと気になったことを口にした。
「アタシの人形は作らないわよね」
「……あるよ?」
「あるの? 家以外に?」
「うん。修行中、僕が1体だけで満足できるわけないじゃん。多分、300体くらいは亜空間に入ってるよ」
「……なんか、気持ち悪いわね」
「そう言うと思って黙ってたんだ。色んな大きさと服のシスティを創って、どの服が似合うか考えたりしてた。でも」
「でも?」
一呼吸の後、エストは目を背けて言った。
「……本物のシスティが一番可愛いし、何を着ても似合うから辞めたんだ。僕の想像力を遥かに超える魅力があって、魔術じゃどうしようもできないって気付いた」
本物に勝る像を創れなかった。
ただそれだけである。
だが、仮に本物に並ぶ──或いは、本物を超える像が創れたとして、エストはその手を止めることに変わりはないだろう。
なぜなら、それは像に向ける愛情であって、システィリアに向けたものではないからだ。
「とても愛していらっしゃるんですね」
「当たり前だよ! だから、僕はもうシスティの像は創らない。システィの像に使う時間は、本物のシスティと過ごす時間にしたんだ」
「エスト…………ふふっ」
「わ、笑いごとじゃないよ!」
「いいえ? それだけアタシのことを想ってるんだもの……笑えない方がおかしいわ」
ニマニマと嬉しそうに笑いながら、人形作りを進めていくシスティリア。その背では激しく尻尾が振られ、今にもちぎれそうなほどだった。
そうして、5人で談笑しながら藁人形を作り終える頃には、その数が40体を超えた。
毎年50体ほど作っては各家に1体ずつ渡し、農家はその藁人形に火をつけて田畑を練り歩いて煙を出すので、農家用の人形には細工が必要になる。
幾つかの人形に布を被せてから藁で結ぶと、どこかへ行ってしまうサツキ。
少しして、小さな木箱を持って来ると、その中身に木べらを差し込めば、ぺたぺたと布に塗り始めた。
「何を塗っているのかしら?」
「松脂ですよ。長く燃えるようにするんです」
「……なるほどね。農地を歩くなら、確かに長持ちする火じゃないとダメだもの。考えられてるわね〜」
油と聞いてボタニグラの油を思い浮かべたエストだが、それが燃えると燻すどころではなくなり、火事になると察して首を振った。
松脂を使うことは、確かによく考えられている。
針葉樹の可燃性の樹液は火起こしにもよく用いるので、知識としてはエストも知っていたが、それを祭事に使う発想はなかった。
「面白い。いや、興味深いね。見てみたい」
「4日後の夜ですから、是非見てください」
「収穫も手伝ったんだから、アンタも持つかもしれないわよ?」
収穫祭が早く行われるのはエストが理由である。
既に農民たちはエストが
「それもそうだね。楽しみだ」
「にーちゃんが歩くの? 見たい!」
「フブキも手伝ってたからね。一緒に歩こう」
「うん!」
「燃えてる藁は危ないから、アタシたちと見るのよ?」
「わかってるよ、ねーちゃん!」
「ありがとうございます、エストさん、システィリアさん」
サツキに感謝された2人は、ただ子どもの頃の好奇心を冷めさせてはいけないと、力強く頷くのだった。
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