第30話 振り回される
「ユーリは才能がある。多分、この中で誰よりも風魔術が得意なはず。だから、教えよう。風魔術の面白さを」
尻もちをついたユーリの手を、エストが取る。エストの青く澄んだ瞳には、風魔術への熱い思いがこもっていた。
一方ユーリは、自分には魔術を使う才能が無いと思い込み、そんなエストの言葉を信じられないでいる。
「……無理、だよ。ボク、どうしても緊張しちゃうんだ」
「そうなの? まぁいいや、使ってみて」
「い、今?」
「うん」
あまりにも純粋な興味で頷かれてしまい、ユーリは気が抜けたように立ち上がった。
この1回を見たら、きっと失望してくれる。
もう教える価値も無いと思ってくれる。
そう信じ、風の初級魔術である
「フ、
緑色をした太い棒は、先端が少し尖っていた。それは魔法陣の位置からズレることはなく、形も維持できていた。
「うん、良いね。次は
「えぇ!? フ、
「……わかった。結果と創造が得意なんだ」
「ど、どういうこと?」
見透かしたかのように魔法陣の安定した部分を見て言うと、ユーリはその理由を聞いた。
ただ、エストはユーリに顔を向けなかった。
「メル、来て」
「なになに〜?」
「ユーリに単魔法陣の構成要素とか、魔道書で読んだこと教えて」
「エスト君は教えないの?」
「めんどくさい」
「……本当に面倒事を押し付けたね」
じゃ。そう言って茶髪のツインテールの女の子にバトンタッチすると、エストは休憩中のクーリアの元へ行った。
その姿を惜しそうに見つめたメルだったが、自分が言った以上、やり切ろうと決めた。
「えっと、私はメル。土の適性があるの」
「ユーリです。その、エスト君は……」
「気にしなくていいよ。ユーリ君はまだ、エスト君の話を理解できる知識を持ってない。だから私が呼ばれたの。魔術は使う前に、理解する必要があるから」
「でもっ、ボクはエスト君に──」
「でも? どんなに才能があっても、無知は恥じるべきよ。立派な魔術師になりたいなら、ちゃんと話を聞きなさい」
普段はふわふわした印象があるメルだが、ことエスト以外の男子にはかなり鋭く当たる。それは男子がエストを良く思っていないことが理由の大半だ。
ただし、それ以前にメルは弱々しい男子が嫌いだった。
なよなよしたユーリという男子は、メルの逆ストライクゾーンなのだ。ゆえに、かなり厳しく当たる。
「単魔法陣の構成要素は言える?」
「……言えない。でも、6つあるんでしょ?」
「どうしてそれを?」
「前にエスト君がクーリアさんと戦ったとき、言ってたから。だから、実際そうなんだろうなって」
ユーリは意思が弱いが、重要な言葉は頭に残していた。
彼に足りないのは知識であり、努力の半分は才能で代替できる以上、知識があれば輝く宝石になれる。
単魔法陣の構成要素は3つ。
そんな凝り固まった思考を捨てられるぐらいには、ユーリは適応能力が高い。そう判断したメルは、速やかにその6つを教えた。
「──なる、ほど。あぁ、そういうことか!」
「な、なに? 急に大声出して」
「ボクが緊張する理由が、少しだけ分かったんだ。ボクはいつも、自分の魔術で他の人を傷つけないか不安になるんだ」
「はあ……でも、分かったんでしょ?」
「うん。周りの人が笑顔になる。そんなイメージを持っていれば、多分ボクは、緊張しない」
決意を胸に、ユーリは誰も居ない方向に手を向ける。
そしてキーワードを口に出そうとするが……トラウマを思い出したように、体が震える。
人間、そう簡単に過去を忘れられない。
ユーリの過去……5年前、自分の魔術で妹を傷つけてしまった日から、彼は魔術を使うことに抵抗ができた。
可愛い妹を泣かせ、血を流させてしまったこと。
その罪悪感は年々降り積もり、ユーリは自分の魔術を嫌いになっていった。
「当分使えないと思った方がいいよ。今日はもう時間が無いから、明日、風魔術の話をするわ。構成要素についてはしっかり復習して、自分の考えを出しなさい。これは一朝一夕ではできないの。ゆっくり向き合うことね」
無情にも、鋭い正論だけがユーリの背に刺さる。
だけどどこか安心させるような言葉が含まれていたのは、きっとメルなりの優しさだろう。
ユーリは小さく頷くと、小動物のようにエストの元へ駆け寄っていくメルを見送った。
翌日。
午前の読書タイムを終えたエストは、珍しく学園の食堂に来ていた。
普段堅パンサンドだけを食べていると言うと、ガリオやミィ、そしてディアまでもが「ちゃんとした物を食べろ」と叱ったからである。
エストは肉や野菜のセットを山盛りで注文すると、空いている席を探した。
すると、昨日メルにパスしたユーリが黙々と食べていたので、その隣に座った。
「おっすっす」
「んぐッ!? げほっげほっ、み、水──」
驚いた拍子に喉を詰まらせたユーリ。
必死にコップへ手を伸ばすが、中の水は空である。
エストは、ユーリのコップを手渡すと同時に水魔術で満たした。
ごくごくと飲み干し、ユーリは回復した。
「あ、ありがとうエスト君」
「ゆっくり食べなよ。別に僕、取らないよ?」
「びっくりしただけだよぉ!」
何に? と思うエストだったが、なんだか可哀想に思えたので口にはしなかった。
ユーリが落ち着いたのを見て、エストも食べ始める。
堅パンサンドでは味わえなかった柔らかい肉の食感やサラダの味は、もうあの生活には戻れないと思わせる。
何しろこの魔術学園の調理師は、国で優秀なシェフを雇っている。
体が弱い傾向にある魔術師に、少しでも栄養のあるものを美味しく食べて欲しいという、学園長の計らいだった。
「た、たくさん食べるんだね」
「そう? お腹いっぱいにはしないよ?」
「こんなに山盛りで!?」
「うん。満腹は気持ち悪くなるから嫌い」
「……大体は幸せって感じるんじゃないかな」
毎朝トレーニングを欠かさない上、成長期の今、エストの食べる量は決して少なくない。
食べる量が多すぎても少なくてもゾンビ君から逃げられないため、自分に合った食事量を見つけることもトレーニングになっていた。
今では感覚で分かるために、使うエネルギーの補給として適切な量を頼んだ。
「で、どう? 構成要素は理解した?」
「……メルさんから聞いてたの?」
「ううん。ただ、なんとなく。ユーリならそれぐらい分かってるだろうな〜って」
なんとなく。そうは言ったが、ユーリの現状をピッタリと当てはめる程度には正確だった。
ユーリはあの後、寮で何枚も紙に自分の意見を書き記し、ああでもないこうでもないと唸っていた。
そして今朝、冴えた頭で考えていると、パッと自分の理解が降ってきたのだ。
「自分の中で、こうだろうな、って思ってる」
「いいね。メルとクーリアの次に良い」
「う〜ん……う〜んって感じだなぁ」
褒められているのは分かるが、純粋に喜べない。一言、いや二言ほど余計だ。
「まぁ、後でメルに風魔術の基礎を聞いて」
「どうしてエスト君が教えてくれないの?」
「僕よりも、メルの方が教えるの上手い。僕は僕の考えを喋るけど、メルは知ったことを話して、後から自分の考えを言う。あとめんどくさい」
「絶対最後のが理由だよね!?」
「違う。億劫なだけ」
「意味は一緒だよ!」
めんどくさい。そう口では言いつつも構ってくれたことを理解したユーリは、自然と笑みが零れていた。
冷たいけど、意外と優しい人だな、と。そう感じた。
山盛りのランチを平らげたエストは、ユーリと共に実技教室に来ていた。
早々に昼食を終えた生徒が集まるので、その中に居るであろうメルをさがす。
「……居ない。暇だ」
「エスト君はよくメルさんと一緒に居るよね」
「逆。メルが僕と一緒に居る」
「変わんないよ。2人は友達なの?」
何気ないユーリの質問に、エストはハッとした。
友達。それを作るため学園に訪れた。
魔女への恩返しやダンジョン攻略に夢中で忘れていたが、本来の目的は友達作りだ。
果たしてメルは友達と言えるのか?
そもそも友達とは何だ?
考えれば考えるほど、関係性というのは言葉にしづらい。
「あ、エスト君、もう来てたんだ」
丁度いいところにメルが来た。
すかさず距離を詰め、メルの瞳を覗き込みながら問う。
「メル。僕たちは友達なのか?」
「えひゃいっ!? ど、どういうこと?」
「僕とメルは、何だ?」
「えっと…………夫婦?」
「それは違う」
「そうですよねごめんなさい」
「で、なんだと思う?」
「友達……だと、思います。ほ、ほら、気兼ねなく話せる仲で、一緒に遊んだり……は、してないけど」
「──らしい、ユーリ」
メルのちょっぴり頑張ったアピールを受け流したエストは、そのままユーリに投げつけた。
本人に直接聞くことは好まれないが、あまり交友関係の広くないエストでは仕方がない。
「う、うん。なんかごめん」
「どうして謝る?」
「ああ……メルさんに頑張れって言いたい」
「うん、僕も応援してる。メルはきっと、立派な魔術師になる」
「…………はぁい、頑張りまぁす」
良い意味で振り回されるユーリ。
そして悪い意味で振り回されるメルであった。
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