第242話 龍に挑む者たち


「あら、もう主部屋なの? もっと遊びたかったわ。歯ごたえがないわね」


「……命の危機を感じた」



 30層の主部屋前に着いた2人は、一度休憩を挟むことにした。

 尻尾を振るシスティリアは高揚した様子で、方やエストは顔を青ざめさせていた。


 その理由は単純である。

 道中、二手に分かれたのは良いものの、合流時にシスティリアの水刃アギルが飛んできたのだ。


 危うく大怪我をする事故だったが、咄嗟にエストが凍らせて事なきを得た。



「ごめんなさい。思ったよりリザードマンの槍がへぼっちかったの。バサバサ斬って倒してたら、偶然エストが突っ込んできて……ね?」


「へぼっちぃなら仕方ない。ただ、2回目は死を覚悟した」


「も〜! 勝負は負けにしたんだから許してちょうだい!」



 リザードマンの魔石集めの結果は、エストの惨敗だった。彼女の圧倒的な機動力を前に、リザードマンは凄まじい速度で殲滅されたのだ。


 時刻は午前2時になろうという時。

 軽く栄養と水分を補給した2人は、この先で待ち構える炎龍とどう戦うか話し合った。



「水を纏わせた剣なら炎も斬れないかしら?」


「普通の炎なら斬れると思う。でも、仮にも相手は炎龍だ。その剣じゃないと鉄すら蒸発するし、魔力も同じように消えてしまうよ」


「じゃあ予定通りエストが動きを止めて、アタシが斬るしかないのね。気をつける動きはある?」


「鳴き声……咆哮、かな。僕でさえ一瞬で鼓膜が破れたから、システィだと──」


「良くて失神、悪くてそのまま死ぬわね」


「鳴かせないように攻撃するけど、耳は塞げるようにしてほしい」



 本物の炎龍なら、その炎こそが最も危険な攻撃なのだが、ことダンジョンの炎龍は、大きいワイバーンという強さであり、実物と比べるまでもない。


 大きな扉に手をかけ、軽く押し開きながらエストは言う。



「あとは尻尾かな。壁まで吹き飛ばされるよ」



 そう言って扉を完全に開けた瞬間、凄まじい速度で大きな塊が飛んできた。運良く反応が間に合ったシスティリアがエストを引っ張ることで当たらなかったが、主部屋から飛んできた何かは赤い洞窟の壁にぶつかった。


 うずくまる銀の塊が動き出すと、それが人間であることが分かった。


 まさかここまで攻略に来ていたパーティが居るとは思わなかったが、エストは即座に回復ライゼーアで傷を癒した。


 そして、顔を上げた人間がエストと目が合うと、呆けた様子で瞬きをした。



「あれ? ……ディアさん?」


「エ、エスト!? 何故ここに!?」


「お金稼ぎだよ。それより中は……」



 システィリアが主部屋に入ると、やはりそこでは炎龍と戦うガリオ達が苦戦を強いられていた。

 新たに治癒士として入ったリパルドが倒れており、最前線で攻撃を捌くガリオも怪我が酷い。炎龍の注意を引こうと魔石矢を放つミィも、尻尾や耳の毛が焦げていた。


 魔術師であるマリーナは杖を支えに立っており、魔力はもう殆ど残っていない様子だ。



「わお、ピンチ! 危うく全滅だ」



 炎龍が炎を吐き、ガリオが時計回りに大きく走って避けていく。先回りしたミィが矢を射るが、硬い鱗に弾かれてしまう。


 そして、ガリオが剣を構え、炎龍の腹を断ち切ろうとした瞬間──



 エストが忠告していた、尻尾がなぎ払われた。

 速度が尋常ではない。ガリオの身長より大きく、筋肉と鱗の塊である尻尾が迫る光景は、まるで死の壁が迫ってくるようだ。


 ディアは盾があったから命があったものの、ガリオはそうではない。



 真っ赤な鱗がガリオの肉を打たんという時…………気がつけば、なぎ払われた尻尾を上から見ていた。



 スタッという音で着地すると、眼前に水色の髪が靡いていた。



「シス……ティリアさん?」


「英雄になるにはまだ早いんじゃないかしら? ほら、体制を立て直して。すぐに彼が来るから」



 彼。それが示す人物は、本当にすぐ現れた。

 いつの日か手に入れた杖こそ持っていないが、はためく純白のローブと、同色の髪。

 炎龍の狙いが彼に定まった瞬間、水色の多重魔法陣が現れ、氷の槍が炎龍の鱗を貫いた。


 あまりの威力に、口から炎をこぼしながら体勢を崩す炎龍を見てから彼は……エストは振り返った。



「何かと出会うよね、ガリオさん。大丈夫?」


「……ああ。助かったぜ、お二人さん」



 システィリアに肩を貸してもらい、ミィとマリーナの元に連れて行くと、起き上がった炎龍がエストに炎を吐いていた。


 本物とは格が違う、目を焼くほどの威力も無い炎は、同時にエストが放った深紅の魔法陣とぶつかった。


 体内に宿る炎龍の魔力を集めて作った、何の意味も無い魔法陣である。

 しかし、偽物と言われるダンジョンのドラゴンでは、エストの魔法陣を破壊出来ずに飲み込まれてしまう。


 循環魔力の構成要素が一層輝きを増すと、そっと意識を切り替え、もうひとつの魔法陣──氷の多重魔法陣を出現させた。



「ドラゴン同士、仲良く戦いな!」



 2つの魔法陣を重ね合わせ、属性融合魔法陣として新たに作り替えたのは、それぞれのドラゴンを元にした氷と炎のブレスだった。


 魔力にものを言わせて強烈な熱気、冷気を同時に放つことで、肺やそれに類する器官から破壊しようという魂胆だ。


 溶解と凝結、気化を繰り返しながら変質する魔力が炎龍を襲う。ブレスを吐こうと喉元に集めた魔力も変質し、体内にある発熱器官までもが破壊された。



 あまりの光景に、ガリオは叫んだ。



「やったか!?」


「やってたら魔石になってるよ」


治療ライアをかけておいたから、ゆっくり休んでなさい。主魔物は貰うけど……構わないわよね?」


「あ、ああ。流石にドラゴン相手は無理だと分かったからな……逃げるに逃げれなかったんだ」



 魔力を節約するために初級の治癒魔術で皆の傷を癒したシスティリアは、振り返ることなく炎龍を見つめる彼の元へ走った。


 片手で剣を構えると、エストから少し待つよう手を制された。


 すると、倒れていたドラゴンがもがき始め、ズタズタになったはずの発熱器官から、再び炎が沸き立った。



「え……嘘でしょ? アレを受けても再生しちゃうの?」


「それがドラゴンという魔物だよ。強いとか、恐ろしいとか……それだけじゃないんだ。賢いし再生するし、手が付けられないよ」



 現にAランクで集まったガリオたちが敗走している。治癒士は倒れ、戦士は吹き飛ばされ、魔術師は魔力切れ。ダンジョンで生まれた魔物とはいえ、龍や、それに連なる者は規格外の力を持つ。


 どこか人間を辞めた強さを誇る……例えば星付きの冒険者でも無い限り、それを前にして立っているだけで御の字なのだ。



「まぁ、海を凍らせるほど手を付けられない僕には劣るかな。へへっ」


「へへっ、じゃないわよ! アタシだって、エストのことになれば手を付けられない……はず」


「そうだね。このドラゴンに比べたらよっぽど面ど……お世話のやりがいがあるよ」


「…………今夜は寝かせないわよ?」



 そういうところだ、と言いたくなるエストだったが、それこそ本当に面倒な話になると考え、笑顔で受け流した。



「おい、誰かアイツらを止めろよ」


「俺は……無理だ。ミィ、お前ならどうだ?」


「止めたって無駄ニャ。どうせあの2人は盛りのついたオスとメスニャ」


「ちょっと、ミィさん……っ!」



 ドラゴンの前だろうと止まらない雑談に、エストに対する、ある種の信頼感を覚えた。

 昔から彼はこうだった。

 飄々として、常識の枠を破壊する男だ。



 起き上がり、反射的に尻尾全体で周囲をなぎ払った炎龍は、再びエストに狙いを定めるとブレスの準備を始めた。


 頭を下げ、開いた喉の奥からボッと発火する音が聞こえるが、システィリアは臆することなく炎龍の脚部に飛び乗り、力を込めて背面に跳躍すると、炎龍の首を捉えた。



「ふんッ!!!」



 アダマンタイト合金の刃が、システィリアの体重と筋力を乗せて振るわれる。

 直後、火花を散らして鱗を剥ぎ落としたが、その強靭な筋肉に刃が阻まれ、中々振り切ることが出来なかった。


 ブシュッと音を立てて血が跳ねる。

 彼女の白く綺麗な頬に張り付いた炎龍の血は、肉を焼く音と共に火傷の跡を残して落ちた。



「あっついわねぇ! 早く……死になさい!」



 片手から両手に握り変えるも、筋組織の再生と切断のバランスが崩れていく。このままでは鱗を剥いだだけで終わってしまう。


 そう……感じた瞬間だった。


 彼女の鼻に凄まじい濃度の魔力が通り抜け、炎龍の首を見ていた顔を上げた。

 


 そこには、尋常ならざる冷気を放ち、ただ無表情で炎龍を見つめるエストが居た。



「お前……システィの顔を傷つけたな?」



 今も痛々しい火傷を負った彼女の頬を見ると、鋭く睨みつけた。すると、炎龍がピクリとも動かなくなった。


 戦慄しているのだ。


 野生個体でもない、極めて高い知性も有していないダンジョンの炎龍が、生命としての危険信号を出す程の魔力のを察知した。



 彼と相対する炎龍の眼には、彼が今にも暴れ出しそうな最強にして最恐の龍……氷龍に見えていることだろう。



 よりにもよってシスティリアの顔を傷つけたとなれば、彼女のことを深く愛しているエストは当然、怒りを露わにする。

 しかし、それは表情で見せるのではない。


 魔術師らしく……魔力の漏れで見せるのだ。



 暑かったはずの主部屋の気温がみるみる下がっていく。一歩エストが足を踏み出せば、パキッと音を鳴らして地面が凍る。



「なんか……寒くねぇか?」


「息が白くなってるニャ。風邪ひくニャ!」


「これが氷の賢者か……怖ぇ」


「とにかく、リパルドを連れて部屋の外に!」



 巻き添えを食らうのは御免だと、ガリオたちが慌てて主部屋を出て行った。

 その判断は正しく、再びエストが近づいた瞬間、部屋の床全体が氷に覆われたのだ。


 炎龍の喉が静まり、一歩下がろうとする。

 しかし、凍りついた脚が移動を許さず、がっちりと床と炎龍を掴んで離さなかった。



「ヒュドラの方が面倒だった……システィ!」


「ええ!」



 エストは右手を突き出し、大きな氷の多重魔法陣を展開すると、システィリアに合図した。


 剣を抜き、両手で構え直したシスティリアがジャンプした瞬間──



氷結世界ヒュレイド・レート


「やあああぁぁぁっ!!!」



 刹那に白く染まった炎龍は、まるで時を停められたように代謝が止まる。それと同時に首に剣を刺したシスティリアは、全身を捻って炎龍の首を断ち切った。


 代謝が止まっている間は、炎龍が自慢する再生能力も止まっている。彼女の刃にスッパリと首が落ちれば、その巨体は赤い魔力の塵となって消えた。



「良い連携だったね。ぐっじょぶ!」


「ぐっじょぶ? ええ、完璧だったわ! 最後の炎龍、完全にアンタにビビってたわね。面白かったわ。ふふっ!」



 笑顔でハイタッチした2人がガリオたちを呼ぶと、消えた炎龍と中央に鎮座する岩石のような魔石を見て、おおっと声を上げた。


 その中には目を覚ましたリパルドも混ざっており、ガリオたちが口々に感謝の言葉を述べる中、気絶したことを不甲斐なく思い、反省していた。



「仕方ないわよ。本物のドラゴンに会ったアタシですら怖いもの。そこの4人はただ経験が豊富だっただけ。じきに追いつけるわ」


「ありがとうございます。……エスト様は?」


「エストは例外よ。だってアレだもの」



 システィリアが向いた方には、宝箱から出てきた、短剣サイズの杖──水晶のワンドを手に、ガリオと共に興奮するエストが居た。


 30センチ程度のそれは遠目で見ても美しく、実用品というよりは美術品的価値がある。

 うっとりするエストの頭を引っぱたいたガリオは、最初に炎龍に仕掛けたのは俺だと、冗談めかして言う。



「へっ、僕にポーカーで勝てたら譲るよ」


「なにっ!? やってやろうじゃねぇか! これでも俺は、旅してきた村での戦績は2勝17敗だ!」


「……記念すべき20戦目、敗北が増えるね」


「ンだとぉ!? 絶対ぇ負けねぇからな! 覚えてろ!」


「それは負けた人のセリフだよ」



 ズカズカとがに股歩きで戻ってきたガリオは、再度システィリアに頭を下げた。少しでも参入するタイミングが違えば、炎龍の尻尾で肉塊になっていたかもしれないのだ。



「運が良かっただけよ、アンタたちのね。それじゃあ最短ルートで帰りなさい。いい? くれぐれも戦闘は避けるのよ?」



 過保護にも思えるシスティリアの言葉に、ミィとマリーナが首を傾げた。



「ニャ? ガリオとディアならピンピンしてるニャよ?」


「そうじゃないの。帰りもエストとリザードマンの魔石勝負をするから、あまり数を減らしたくないだけ。ね、エスト」



 炎龍の魔石を亜空間に仕舞いこんだエストは、まさか帰りも競うとは思わず、『へ?』と気の抜けた返事をした。



「……違うわ。アタシたちが先に行けばいいのよ。それならアンタたちは安全に帰れて、アタシたちは楽しく遊べる。ウィンウィンってやつね!」


「……僕、ちょっとだけ寝たいなぁ……もう朝の5時だよ? 本来なら起きる時間だよ?」



 懐中時計を見て呟いたエストの声は、システィリアの大きな耳でも聞こえなかった。なぜなら、そんな彼女もまた眠たくて、早く帰ってベッドで眠りたかったからだ。


 リザードマン程度なら寝ていても勝てる相手なので、システィリアは問答無用でエストを引きずる。



「あぁぁ〜……助けてガリオさ〜ん」


「イチャついても周りは見ておけよ〜」


「そんなぁ!」



 頼みの綱が断ち切られると、主部屋の外へ引きずられていくエスト。



「ほら、エスト……今夜は寝かせないって、言ったわよ!」


「やだやだやだぁ! 僕転移で帰りたいぃ! システィとふかふかのベッドで寝たいぃぃ!」


「疲れた方がよく眠れるわ。行くわよっ!」



 魔族の手から王国を守った賢者とは思えない駄々のこねっぷりに、思わず笑ってしまうガリオたちだった。

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