第241話 剣は杖よりも強し


「……もう大丈夫。アタシ、自分では強くなったと思ってたけど……まだまだだったわ」


「僕も同じだ。壁を越えたと思ったら、次の壁が倒れ込んでくる。逃げるか、飛び越えるか、壊すか……判断に迷うと潰される」



 落ち着きを取り戻したシスティリアは、再び剣を腰に差した。ひとつ大きく息を吐けば、煌めく黄金の瞳に闘志が宿る。


 エストに甘えても、この世界には甘えない。

 魔物や魔族という脅威に晒されている中で、Aランクや種族としての力はとても小さい。それは賢者とて同じだった。


 彼が誰を相手にしても手を抜かない姿を見て、システィリアも同じように在りたい……もっと凛々しく、彼を引っ張れる存在になりたいと願った。



「へっぽこシスティリアとはもうお別れね。現状に甘えるなんて贅沢、アタシには似合わなかったもの」



 エストの前に立つと、全力で両頬を叩いて喝を入れる。鍛えられた彼女の腕力は凄まじく、叩くというよりは殴ったと言う方が適した、鈍い音が鳴った。


 涙目になりながらもエストに振り返り、右手を差し出した。



「さぁ、行きましょ!」


「……頬っぺた真っ赤だけど大丈夫?」


「……黙って治してちょうだい」


「はいはい」



 手を取ったエストは、懐かしさを感じながらも彼女の成長を見届けた。


 折れていたであろう心を強引に熱し、再び叩いて鍛える様子はまさに鋼の鍛造。

 幾度の失敗と敗北がより彼女を強く、硬く、それでいてしなやかにさせる。


 自分には無い強固な精神は、エストの不動の憧れである。


 どんな時でも前に立ち、敵を振り払う一振りの刃。

 数多の戦闘経験からなる柔軟な立ち回りは、迫り来るゴブリンの集団を翻弄する。


 わずか1時間にして、彼女の動きは大幅に洗練された。


 叩き、伸ばし、折ってまた叩く……長い長い鍛造の工程を経るシスティリアは、目に見えて強くなるのだ。


 無事を確認しようと振り返る彼女は居ない。


 真っ直ぐ前を見つめて、分かれ道を右へ進んだ。



「システィこっち。その先は行き止まり」


「……わ、分かってたわよ!」



 自信満々に道を間違える姿も可愛らしい。

 恥ずかしそうに頬を染めながら、ズカズカと歩く彼女に着いていく。


 エストが道を示してシスティリアが魔物を振り払う。そうして細々こまごまとした魔石を集めていると、開かずの扉とも称される、10層目の主部屋前に辿り着いた。


 ダンジョン攻略開始から、既に6時間が経っている。その間、エストは殆ど魔術を使っていないが、システィリアは動きっぱなしである。



「システィ、休憩する?」


「あんまりアタシを舐めないでちょうだい。まだまだ余裕……って言いたいけど、ちょっと休みたいわね」


「わかった。冷たい飲み物と果物でいいかな?」


「ええ、ありがとう」



 座り込むシスティリアの横に氷のソファを出したエストは、半透明な魔法陣に右手を突っ込み、氷漬けにした果物を幾つか取り出した。


 ちょこんと座る彼女に透明な氷のコップを渡し、隣に座ったエストはナイフで皮を剥きながら水を注いだ。



「ん……美味しい。アンタの水って、どうしてこんなに美味しいの? まろやかな感じがするのよ」


「ふっふっふ、それはまぁ……この魔法陣を見てよ」



 一口サイズに切り分けながら見せたのは、なんてことない水の魔法陣である。特筆する点は無く、水球アクアから球状にする構成要素を書き換えたぐらいだ。


 しかし、通常より魔法陣を形成する円がひとつ多いことに着目したシスティリアは、ひとつずつ読み解いていく。



「生成、不凍……浄化? これかしら?」


「そう。僕らが飲める水って、綺麗だけど目に見えない、不純物みたいな物が混ざってるんだ。それを取り除いた水だから、口当たりがまろやかで美味しいんだよね」


「気づかなかったわ。料理にも使えそうね」


「……確かに。でも、どうしよう」



 皿に果物を盛り付け、氷のフォークを刺してから渡すエストだったが、深刻そうな表情で顎に手を当てて言う。



「これ以上システィの料理が美味しくなったら、僕……確実に太る。運動量より食事量の方が増えちゃうよ」


「……ふふっ、もう、そんなことだったの?」


「そんなことって、システィはいいの? 僕がぷよぷよのお腹で隣を歩いていても。格好がつかないよ!」



 美味しそうに食べる彼女の横で、エストは考えたのだ。こんなにも綺麗な人の隣で、だらしない体を見せびらかすのは恥ずかしい、と。


 そんなエストの小さな苦悩を知ってか、果物をひと切れフォークで刺すと、彼の口元に持って行った。

 あ〜ん、と言って食べさせると、尻尾を振って微笑むシスティリア。



「食べすぎても大丈夫よ。朝の打ち合いを厳しくするもの。エストは痩せるしアタシは強くなる。うぃんうぃん? って言うんでしょ?」


「……そう、だね。うん、その時はお願い」



 やはりシスティリアには敵わないと実感したエストは、これからの食事に大いに期待を込めるのだった。



 休憩が終わると、2人で主部屋の扉を開けた。

 青白い火が灯る主部屋の中は怪しい光に彩られ、中心に座するは肉体の無い鎧。

 アンデッドの一種、カースドアーマーである。


 その鎧が立ち上がり、大盾と板のような剣を構えた瞬間、システィリアは左手を前に突き出した。



浄化ラスミカ



 一言そう呟くと、カースドアーマーの足元で黄金の魔法陣が輝き、鎧が苦しみ始めた。

 たっぷり10秒ほど光に包まれたカースドアーマーは、遂に動かぬ鎧へと姿を変えれば、魔力の粒子となって散る。


 黒い中型魔石をエストに手渡し、システィリアは腰に手を当てた。



「バカね。アンデッドなんて、アタシたちは天敵もいいとこよ。部屋全体を浄化出来るんだから勝ち目は無いわ」


「その浄化手段が無いと、逃げ帰るしかないんだけどね。だからここで躓く冒険者が殆どなんだ」


「そういうこと。じゃあこの先は──」



 エストが何故、このダンジョンを選んだのか。



「僕らしか居ないんだ。食料と水、それに暑さへの対策をしてない限り、ここから先に進む人は居ない」



 魔物を最高効率で狩れるからである。

 再びこの地でリザードマンを狩る。以前と違うのは、パートナーがシスティリアであること。そして、エストが格段に強くなっていることだ。


 回収する魔石に炎龍も含むことから、その成長度合いは見て取れる。



 11階層に上がってきた2人は、作戦を立てることにした。……が、その前に、暑さに対する策を講じる。



「……暑いわ。エストから離れられない……」


「あはは、嬉しいけど……僕も暑い。システィ、魔力を体の表面で蒸発させて、体温を下げるんだ」



 下手に魔術を使って魔力を浪費するよりも、水の適性を上手く使うことで節約し、より長時間の戦闘を可能にさせる。


 それがエストの狙いだった。


 だがしかし、エストが言ったことを実践するのは難しく、高度な魔力操作技術が求められる上に、その状態で剣を振らなければならないのだ。



 階段でエストに抱きつき、涼みながら習得を始めるシスティリア。

 その間にエストは、亜空間から氷龍の龍玉を取り出し、両手で抱えた。


 実は杖が無くとも、魔水晶となる部分があれば魔力は増幅出来るのだ。そのことを知っているのは、正しい杖の知識を持つ魔術師だ。


 しかし、エストは知らなかった。

 たった今思いつきで龍玉を手に、出来るかどうか試したのである。



「おお……おおおっ! 伝道効率が最高だ! でも……魔力の指向性が持たせられないな。やっぱり杖は魔力制御のために必要だね」



 結果は成功。杖状態よりは劣るが、それでも高効率で魔術の発動が出来ることを知った。だが、二度と使うことはないだろう。


 魔術において、人を傷つけない為に重要な指向性を捨てることは出来なかった。


 大人しく龍玉を仕舞い、システィリアの柔らかい胸が腕を挟むと、その感覚を堪能しながら習得を待った。

 剣士が一朝一夕で身に付けられる技ではないが、彼女の精神力なら出来ると思ったのだ。


 心の底から信頼しているエストは、システィリアの魔力の流れを感じ取りながら、小さなアドバイスを散りばめて精度を高めさせていく。



 そして、わずか15分後。




「……す、涼しい。これなら暑さに耐えられるわ!」




 薄く伸ばした魔力を蒸発させ、気化熱で体温を奪うことに成功した。



「よし……よしっ! 凄いよシスティ!」


「ふふん! でも、まだ戦えるほど無意識に扱えないわ。少しずつ慣れさせてちょうだい」



 わしゃわしゃと頭を撫でるエストだったが、システィリアはこの感覚を忘れまいと、実戦で使ってその効果の程を確かめることに。


 赤い槍を持った深紅の鱗を持つリザードマンが現れると、システィリアは呼吸に意識を集中させ、リザードマンの突きを体を逸らしてかわしてしまう。


 鮮やかに避けられるその脳内では、エストの10分の1にも満たない速度だと罵り、段々と技術を体に馴染ませていく。



「……エストのおかげで使えるようになったわ。ありがとう、エスト」


「君の努力の成果だよ。それじゃあ、これからの作戦を伝えるね」



 ここまでは前座も前座。

 エストのお楽しみは、これから始まるのだ。




「二手に分かれてこの層のリザードマンを全部狩る。僕たちなら……できるよね?」




 あの日よりも更に早く、更に多く。

 それが今回の作戦内容だった。



「望むところよ。どちらがより多く稼いだか、勝負にしましょう。負けた方は一日なんでも言うことを聞く、とかでどうかしら?」



 なんでも。その言葉に、エストの脳は煩悩にまみれてしまう。



「…………乗った。絶対に負けない」


「……えっち」


「どっちが勝っても同じ結果だと思うけどね」



 その言葉には目を逸らし、鳴らない口笛を吹くシスティリアだった。




「それじゃあやろうか。トカゲ狩りの時間だ」

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