第259話 姉に勝るものなし


「もう一本、行くわよ!」



 まだ日も昇っていない時間に、エストとシスティリアは打ち合いを始めていた。

 交わる剣と杖は火花を散らし、拮抗すれば体術も繰り出される戦闘訓練は、当然のように流血する。


 姿勢を低くするシスティリアに対して、エストは杖を片手で握る。しかし、その瞳は龍の様に縦に長い。



「アンタのそれ、大丈夫なの?」


「問題ないね。むしろ体が軽く感じて調子が良いんだ」


「……ならいいわ。何かあったら言いなさい」


「うん。まだシスティには追いつけてないし」



 ただでさえ獣人と人族では身体能力に差があるのに、エストは龍の魔力を用いて追いつこうとしているのだ。

 もし、システィリアがただの狼獣人であれば実力は同等、或いはエストに負けているかもしれない。


 白狼族という、獣人の中でも格段に強い種族だからこそ、常軌を逸した速度と筋力で圧倒している。



 刹那に飛び散る真っ赤な火花。


 右手のシスティリアの剣を弾いた瞬間、左手の氷の剣がエストを狙う。しかし、以前とは違う、高い身体能力の今、しっかりと回避や防御が出来るようになっていた。


 氷の剣はエストが造っただけあって壊れはしない。

 アダマンタイトを打った反動で手が痺れるが、それでもシスティリアは刃を振るい、鉄壁の防御を崩さんと攻撃する。


 そして、攻撃と攻撃の間に生ずる僅かな隙を突いて杖を振るえば、システィリアが半歩下がって1秒間の余裕が生まれた。



「お〜、やってるね〜。感心感心」



 その1秒間を狙い、朝の用意を終えたアリアが館から出てきた。

 メイド服ではないラフな格好は、かつてエストを鍛えていた時と同じ服であった。



「おはようお姉ちゃん。早いね」


「アリアさん、おはよう」


「おは〜! ……ん? エスト、その眼──」



 一瞬で目の前に来たアリアは、エストの両頬を掴んで瞳を覗き込むと、同じ形をした瞳で見つめ合った。

 時間にして僅か数秒。

 顔がくっつきそうなほど間近で見ていると、システィリアの剣を回避したアリア。



「や〜ん! エストってばお姉ちゃんの真似〜? んも〜、お姉ちゃんっ子なんだから〜」


「龍の魔力だけを制御しなかったらこうなるんだ」


「確か〜、3つの魔力が流れてるんだっけ〜? それはどっちのドラゴンなの〜?」


「今は炎龍だよ。氷龍にすると体から冷気が出ちゃうから、あっちは上手に制御できないと使えないね」



 頬を膨らませるシスティリアを横目に、アリアは決して目を逸らすことなく話し続けていた。

 そして、ニヤリと八重歯を見せると、尻尾を地面に打ち付けながら言った。



「ほほ〜ん。いいねぇ。ウチと……やる?」


「……本気で?」


「もちろ〜ん。今のエストは〜、3割くらい龍人族だから〜、を知るにはちょうど良くな〜い?」


「わかった。本気でやろう」


「ちょっとエスト、本当にやるの!?」


「うん。お姉ちゃんにはずっと手加減してもらってたからね。少しは僕も成長したところ、見せないと」



 そうしてアリアが持ってきたのは、あの頃のような木剣ではなく、ゴブリンの海を割った真剣である。


 斬撃が飛び、容易に首を刎ねる業物だ。

 今のエストには分かる。

 あの剣がどれほど頑丈で、鋭い物か。


 白狼族と同等以上の力を持つ龍人族の力に耐えるなど、それこそアダマンタイトを使っているに違いない。

 魔力の刃を飛ばす魔道具としての一面も持つその剣は、エストにとって興味深い逸品だった。



「魔術は〜、ん〜、初級なら使っていいよ〜」


「アリアさん、それは──」


「いいのいいの。エストの本質は魔術にあるから。それに〜、こうでもしないと〜、エストが死んじゃうからね〜」



 剣士でもないエストに、純粋な剣の腕で二ツ星になったアリアとまともに戦えるわけがない。

 初級だけという縛りはあるものの、2人を足しても届かない経験を積んだアリアには、ちょうどいいハンデだった。


 それはエストも分かっているのか、頷いていた。


 両手で杖を構えたエストは、穂先を真っ直ぐに呼吸を整える。

 体内を駆け巡る炎龍の魔力を解き放てば、筋肉や骨、神経に肌まで濃密な力が注がれていき、瞳が赤く染まると、縦に割れた。


 明らかに人間を超えた状態に、エストの吐いた息が蒸発する。



「いいねぇ、いいねぇ! システィちゃん」


「……一本勝負よ? ──始めっ!」



 システィリアが手を振り下ろした瞬間、エストの前に8本の斬撃が飛翔する。

 おぞましいまでの剣速で振られた刃。

 細切れにせんと飛んだ斬撃をギリギリで捉えたエストは、自身に当たる4本だけを弾き飛ばした。



「ウソよね……あれを見切ったっていうの?」


「ありゃりゃ。これは5割かな〜」



 無傷で済ませられるとは思っていなかったアリアは、予想以上に龍の魔力が馴染んでいることに気がついた。

 きっと体を壊した日もあっただろうと、手に取るように分かる。


 それでも制御と利用に時間と労力を割き、ここまでの域に至ったことは姉として誇らしかった。



 システィリアに教えた低姿勢の構えをとる。

 右手で剣を握り、真っ直ぐに対象を見つめながら地を蹴ると、舞うような動作で間合いを詰めた。


 反応したエストが剣を受け止めようと両手で杖を構えたが、その一撃はシスティリアとは比にならないほど重く、素早く、刹那に繰り出された2度の斬撃に歯を食いしばった。


 そして、流れるように3度目の刃が肉薄するが、完全無詠唱の氷針ヒュニスがアリアの右手へ飛ぶと、回避を優先した。



「はっやいね〜! 読んでたの〜?」


「いや、見てから撃った。死ぬかと思った」


「だいじょ〜ぶ。もっとやっていいからね〜」



 次の瞬間には、ほぼ同時に5回の衝撃がエストを襲い、後手に回った魔術を最小限の動きで躱したアリアは、怯んだエストに追撃する。


 しかし、四方八方から飛来する氷の針を弾き飛ばしていると、立て直したエストが突きを放った。


 槍先を剣で受け止めたアリアだったが、先端が刃になっていることに気づくと、即座に後ろへ飛び退いた。


 見れば先程まで居た位置に刃が振られており、多彩な攻撃方法に舌を巻く。



「やるぅ! そんな槍……剣? 杖? 初めてだからビックリしちゃったよ〜」


「ブロフに感謝だね」


「弄ったのはあのドワーフ君かぁ。良い腕だね〜」



 本人の預かり知らないところで評価が上がると、一転して金属音が弾けた。


 アリアの尋常ではない力に押され、その度に魔術で何とかしようと足掻くが、ここに来て初級魔術縛りが効いてきたのか、回避されるより先に押し切られてしまった。


 大きく弾かれ、仰け反ってしまうエスト。



「隙あり〜」



 迫り来る下からの斬撃。

 回避不能の一撃を食らわんと覚悟を決めると、アリアは杖だけを飛ばし、剣を捨てて両腕を伸ばした。


 そして……思いっきりエストに抱きついた。



「よ〜しよし、努力を怠っていないことは、充分伝わったからね〜。お姉ちゃんは嬉しいよ〜!」


「……あはは、流石に手も足も出なかったや」


「何をおっしゃるか。最後、ウチはほぼ全力だったよ〜?」



 エストの頭を撫でながら、ここまでの経験を褒めた。

 まだ僅かにアリアの方が背が高い。

 これまでは、強く気高く優しい姉の姿を見てきたものだ。そしてこれからも、変わらずエストの頼れる姉である。


 苦手だった武術でよく頑張ったと言うと、アリアはシスティリアの方へ顔を向けた。



「じゃあ〜、罰ゲームを発表しま〜す」


「はい?」


「罰ゲーム……あったんだ」


「簡単だよ〜。今日はお姉ちゃんとご主人と、一緒に寝ること〜。システィちゃんも混ざる〜?」


「あ、当たり前よっ!」



 家族で仲良く寝ること。

 それが罰ゲームの内容だった。

 今のエストとしては少し恥ずかしい気持ちもあるが、それ以上にアリアの温かさが伝わり、快く了承した。



「うんうん。じゃあそろそろご主人が起きるから、ウチは戻るね〜。終わったら〜、お風呂入りなよ〜?」


「うん。ありがとうお姉ちゃん」


「……ありがとう」



 そう言ってアリアが館へ戻ると、おもむろにエストに近づくシスティリア。そして、エストに付いた匂いを消すように強く抱き締めた。


 可愛らしい独占欲を見せる彼女の背を撫でながら、しばらく抱き合っているエストであった。

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