第405話 無法の地下研究所
「エストくん、この階段……長くない?」
「あ〜……うん」
「盗賊のアジトと言うには、かなり大きそうじゃの」
地上部分を丸裸にした一行は、ハッチから続いている長い螺旋階段を降りている。灯りが無いせいで足を踏み外しやすくなっており、先頭を歩くエストは最初に注意した。
メルやオールスは携帯している小型魔石灯で照らしているが、ウルティスは自前の
「あとどれくらいかな?」
「う〜ん……うん」
「生返事じゃな」
かつてないほど適当な返事をするエスト。それにウルティスは、耳をぴこっと立てて振り返った。
「お兄ちゃん、魔力探知で音もきいてるもん」
「え?」
「なんじゃと?」
最近のエストの流行りは『音』である。
音の増幅や相殺、集音など様々な音の在り方を魔術に落とし込んでおり、風魔術をベースに水魔術から『波』の要素を取り出すことで、音とは何かを殆ど理解しているのだ。
そして空間魔術の延長線で生まれた探知……仮称として『空間探知』は、感覚的な物体の把握はもちろんのこと、空間内の音まで術者に届けている。
最終目標は魔術対抗戦で見せた魔女の投影術式だが、実はそれより高度なことをしていることを、エスト自身は知らない。
なぜなら。
空間魔術で重要な“型”を、エストはまだ知らないから。
「ん? 行かないの?」
3人が足を止めてることに気付いたエストが、不思議そうに首を傾げている。
「……ね、ねぇ。エストくんの魔術って、何が出来ないの?」
「料理」
「即答!? でも、確かに……無理かも」
魔術師たるもの、魔術に出来ないことは知っている。その中で最も身近で、最も大きな壁が料理だ。こればかりは魔術で解決することが出来ない。
一瞬の
「魔術は現象だからね。高度な術式も、現象の連なりでしかない。だから、その現象を理解しているかが、構成要素の『因果』で問われて、その現象を起こした影響を『結果』の構成要素で答えないといけない。この2つの構成要素は、ただ精霊からの……世界からの質問なんだよ」
探知が終わったエストが答えると、2人が愕然とした表情のまま固まっていた。
まるでエストが、魔術に対する答えを知っているようだったから。
「……面白い考え方じゃな。いや、世界をひっくり返すやもしれん答えじゃ。ちと、感動して足が震えておるわ」
「エストくん……どうやってそれを見つけたの?」
オールスは、メルの質問に思わず顔をしかめた。
魔術師に対する質問で、その発想の出処を問うのはある種のご法度とされているからだ。
なぜなら、発想とは才能であり、真似出来ないからこそオリジナリティが宿るからである。
だが、エストはあっけらかんとして答えた。
「考えた。構成要素を知ってから、何日も、何ヶ月も、何年も考えた。ご飯を食べてる時も、魔術で遊んでる時も、お風呂に入っている時も、寝ている間も」
「……やっぱり凄いや」
「あはは、なにそれ。でも、単魔法陣は最初に習うのに、みんな理解度が低いことが謎だったんだ。そこを明かしたかったのが、見つけたいと思えた理由……かな?」
エストが明確に答えを得たのは、氷獄で修行中の時である。そこで、学園生が単魔法陣すら満足に使えないことに疑問を抱いたのだ。
「まぁ、なんにせよ知識だよ。無知は魔術を楽しめない。火はどうして
これが魔術の難しいところであり、肝なのだ。
──魔術は曖昧だから魔術たりえる。
この『曖昧』を忘れると、魔術は途端に幅を狭めてしまう。まるで精霊から『面白くないね』と言われているように、思うような結果が得られなくなるのだ。
ゆえに、現象を理解した上で、空想を描ける遊び心が求められる。
その点エストは、魔女と魔法陣バトルなり、像魔術で好きな形を創ることで無限の遊び心を生み出している。
「……この歳で魔術講義を受けるとは、思わなんだ」
「でも、エストくんの講義は──」
「うむ。全魔術師が聞くべき言葉だ。どこか子どもっぽい印象を受けたが、それが魔術の
「お兄ちゃん、お姉さまで遊ぶのも好きだもんね」
「あれは……システィが可愛いのがいけない。ついイタズラしちゃくなっちゃうのは、きっと本能なんだ」
真剣な魔術師たちに対して、先頭2人は実に砕けている。そして遂に螺旋階段が終わる頃には、4人の足音と姿はエストの魔術で完璧に消されていた。
しかしエストの気配は分かるために、3人はエストに続いて階段奥の通路を進む。
歩くこと2分。通路の先には──
あまりにも巨大な、地下研究所が広がっていた。
幅200メートル、奥行600メートル、高さ100メートルはある広大な空間で、様々な魔物の鳴き声が響いている。
区画を仕切る壁が無いため、壮観とも呼べる研究所に、一行は見入っていた。
そして、ここでは植物系の魔物を人工育成しており、襲いかかる魔物を警戒した職員と、レポートをとる職員が至る所に見える。
「所長、やはり魔物になっちまいます」
「そうか……これで8350体目だな。やはり、出来ないのだろうか……魔物にならないボタニグラは」
「所長ならきっと出来ます。それと、油が多くとれるボタニグラですが、傾向が大体掴めやした」
「レポートは?」
「それが、独占しようとしてるみたいで……」
「潰せ。最悪、その傾向の種をばら蒔けばいい」
「しかし!」
所長と呼ばれた白衣の男は、レンズの入った眼鏡を中指で押す。短い青髪から覗く同色の双眸は、報告をしに来た筋骨隆々のハゲ頭をギロリと睨みつけた。
流石に所長が怖いのか、ハゲ頭は抗議を止めて指示通りに動き始めた。
「魔物になってはダメなのだ……安定しないからな」
その、とても聞いたことがある言葉にウルティスの耳がぴんと立てられた。
前に立つエストを見上げて、話の続きを聞きたいエストの裾を引っ張った。
視線を向けたまましゃがんだエストに、ウルティスが耳元で囁く。
「お兄ちゃんと仲良くなれそうだね」
「ああ、そうだね。でも手段がダメだ。それと何より──」
「班長! Gの13が喰われました」
「あいつは注意散漫だからな。担当を57に置く。給餌はしばらく要らんだろうが、あの筋肉なら喰いたいとも思えんだろう」
「了解しました」
「人を襲った時点で失敗と判断しない時点で、僕とは馬が合わないね。まとめて叩く必要があるよ」
遠くで聞こえた会話は、人命軽視をしていた。
恐らくトレントか何かだろうが、人を喰っておいて研究を続けようというのは、国が許可を出していない限り無理なことだ。
当然、魔力探知でインクを辿っていたエストは、国からの文書が存在しないことを知っている。
つまりここは、完全無法地帯の研究所。
普段のエストなら速攻で全員の首まで凍結させて犯罪奴隷として売るのだが、まだ行動には出られなかった。
それが、所長の会話にもあった『油が多くとれる傾向』が知りたいからだ。
「情報は少しでも持ち帰ろう」
「おめめキラキラしてる」
「あれは……止めてもムダだなぁ」
「それでこそ賢者様なのですな」
……エストの弾んだ声は、感情を隠せなかった。
とは言っても音自体は完全にシャットアウトしているため、こうして研究員の前で話していても問題無いのだが。
完全無詠唱かつ術式隠蔽まで施された、エストの完全秘匿モードである。
……魔力の匂いは、まだ消せないが。
かつて何度も実験し、何度も見破られた。
正確には、嗅ぎ破られた。
そう、システィリアだけは隠れたエストを見つけ出し、透明なのをいいことに体をまさぐったのだ。
あの魔女エルミリアでさえ気付けない隠蔽も、まさか種族特性で簡単に破られるとは……世の中はよく出来ている。
「資料、きた!」
「……隠す気すら無くなってる」
所長の前に持ってこられた資料を、後ろから覗き込むエスト。そこに書いてある情報を読もうとすると──
「ッ! 誰だ!?」
気配に気付いた所長が椅子から立ち上がると、背後に手を振り回してエストの腕に当たった。
その瞬間、魔術が解けて……なんて事は起きないのだが、触れられた以上はバレたも同然なので、エストは嘘をつくことにした。
触れた部分からローブ姿のエストが現れたことで、所長の顔は驚愕に染まる。
「あ〜あ、この魔道具、高かったのにな。100万リカだっけ、2000万リカだっけ……どっちかだったのにな〜」
白々しい嘘である。
だが、騙された男がただひとり……。
「2000万だと!? そんな物を持って、なぜ貴方がここに居る……氷の賢者ァ!」
「まぁ、僕、冒険者だし。君、面白い研究してるよねぇ。ボタニグラを魔物化させない方法、だっけ?」
秘密に気付いているぞ。そう言いたげなエストの発言に、所長は目を大きく見開くと、隠し持っていた魔道具で警報を鳴らし、床に隠していた杖を構えた。
「いくら今代の賢者といえど、我々の研究を知られたからには生かして返せん……今ここで死ねぇいっ!」
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