第404話 リスの住処は何処へ


 ファルムたちと別れ、システィリアとエフィリアを家に連れて帰ったエスト。

 久しぶりの3人でのお出掛けを名残惜しそうにしながら庭に出ると、遊び終わりのウルティスと共にアカームへ訪れた。



「あ! ようやく来た! 待ってたんだよ?」



 冒険者ギルドに入るなり、メルが両手を腰に当てて下から覗き込むようにして言った。具体的な集合時間を誰も言っていなかったため、メルとオールスは朝からギルドに待機していたのだ。


 冒険者の魔術師がちらほらとメルたちを遠巻きに見ており、尊敬の眼差しを向けている。



「こんにちは〜? オールスおじいちゃん」


「うむ、こんにちは。ウルティス嬢は今日も元気じゃな」


「うん! 今日はヌーさんと追いかけっこした!」



 まるで孫を見るかのような目でウルティスの相手をするオールスは、蜂蜜入り果実水を注文し、ウルティスに貢ぎ始めた。



「メル、怒ってばかりいると禿げるよ?」


「禿げないよっ!」


「でもほら、生え際の辺りが……」


「えっ、ウソ!?」


「嘘だよ。さぁ、僕が得た情報を共有しようか。結構大きな犯罪者集団が陰にいるから、全部叩くよ」



 これからの話は外部に聞かれては面倒だと言い、オールスたちが泊まっている宿に場所を移した。

 宮廷魔術師団なだけあってアカーム最高級の宿をとっており、コの字のソファーに座ったエストは、ソファーが囲んでいる机に資料を置いた。


 メルたちが読んでいる姿を横目に、ウルティスはエストの膝上で魔道書を読んでいる。



「犯罪者集団『アンシード』ね……聞いたことある」


「ほれ、バルッカを撤退まで追いやった組織じゃな。その時は暗殺者まで駆り出されたそうだ」


「それです! バルッカさん、悔しそうだったのを覚えてます」


「誰? 有名な魔術師?」



 首を傾げるエスト。ウルティスも器用に魔道書を読みながら首を傾げる。



「宮廷魔術師団、第4師団副師団長のバルッカさん。火属性魔術の使い手で右に出る者は居ない…………って言われてる人だね」


「はっはっはっ! メルでも賢者様相手には断言出来ぬか」


「副団長。今のバルッカさんは、在学中のエストくんと同じくらいの腕です。10歳のエストくんと同じ」


「なんと!」



 驚愕した目でエストを見るオールスだが、見られた本人は『多分、全然違うだろうなぁ』と思っている。


 なぜならエストは10歳の時点で新しい“型”を生み出し、術式の改変や効率化で毎日遊んでいたからだ。


 魔術師として“強くなる道”を歩んだバルッカ氏と、心から“楽しむ道”を進むエストでは、根本から違う。


 よって、そのバルッカ氏が10歳時点のエストと同程度の技量というのは、メルの勘違いである可能性が高い。


 そこをわざわざ指摘するエストでは無いが、聡いウルティスは何となく察していた。



「たぶん、お兄ちゃんのが凄い……」



 魔道書から目を外してこぼされた呟きに、エストはわしゃわしゃと撫でた。

 気持ちよさそうに目は細められ、耳も脱力してぺたんと垂れている。



「しかし、それ程のバルッカを破った相手か」


「とりあえず、行かないとわからいね。そこの地図に書いてある場所に向かおう」


「猪突猛進だね!? えっと……ここから半日の街にアジトはあるみたいだけど……地下?」



 ファルムが差し出した地図には、アカームから早馬で半日先の場所にある、ブラード伯爵領の街、レドルの地下にあると書いてあった。


 レドルという街は牧畜が盛んであり、馬車の経由地によく使われる。そのため行商人らも非常に多く、街も都市の規模に近いほど大きくなっている。


 そこで生まれたのが、主にボタニグラの種を強奪する犯罪組織『アンシード』。構成員は不明。やり口も巧妙と、情報が集まり次第、討伐推奨組織に組み込まれるはずだった。


 ……そう、これから向かう4人が、その手を阻む。



「凄いなこの馬車! 氷でピッカピカじゃ!」


「衝撃も全然無いし、逆に違和感がある……」


「魔道書読むにはカイテキ〜?」



 エストが魔術で作った馬車に三者が感想をこぼす。

 現在、馬車は全速力でレドルに向かっている。

 それも魔術製の疲れない馬が走らせているために、ノンストップで進んでいるのだ。


 巡る外の景色を楽しむオールスとメル。

 対してウルティスは、ゴロゴロしながら魔道書を読んでいる。そして最後には……エストに膝枕をしてもらいながら読み進めた。



「ところで気になっていたんだけど……エストくんが齧ってるそれ、なに?」



 メルはエストがしがむ白っぽい枝を見ながら聞くと、噛んで繊維がほぐれた甘枝を見せて答えられた。



「ドゥレディアで採った枝の残り。最後の一本だから、噛みたいならこれしかない……」


「べ、別に欲しい……わけじゃない……じゃないけど」



 メルが僅かに欲しそうな素振りを見せた瞬間、甘枝を握るエストの手をとったウルティスが、自分の口に運んだ。


「あ」

「あー!!」


「あま〜い。お兄ちゃんの……味?」


「……段々とシスティに似てきたね」



 妹分の少し危うい発言に、最愛の妻を重ねるエスト。


 ドゥレディアを冒険していた時に、全く同じことをシスティリアはしている。その上、自分で噛んだ部分をエストに咥えさせ、また自分で噛むという……変態的な行為もしていたのだ。


 まだその領域には至ってないとはいえ、片鱗を見せつつあるウルティスは御さねばならない。


 エストはウルティスの額にチョップをひとつ。

 取られた甘枝を自分の口に取り戻した。



「あー!?」

「お兄ちゃん?」


「……しまった。システィと同じことを」



 これは帰ったら大変なことになる。

 今夜は眠れるかわからない。そんな不安を胸に、馬車を全速力で走らせている。


 一方オールスは、黙って景色を楽しんでいた。





「──到着、と。オールス、探知できそう?」


「無理ですな。情報量が多すぎます」


「じゃあ……メルは?」


「う〜ん、なんか地下に壁があるような感じがして、上手く探知出来ないね」



 アカーム市から一時間足らずでレドルに着いた一行は、観光客を装って街を歩いている。

 ウルティスはしっかりとエストと手を繋ぎ、屋台の食べ物に目を輝かせては買ってもらっている……オールスに。


 流石に人通りや馬車の振動も検知してしまう土魔術では無理だと判断した2人だったが、エストはつま先で地面をトントンと叩く。


 そして、南東の方角に指をさした。



「アジト見つけた。中に46人と13体、レガンディの広場くらいの大きさの畑があるね。地下に」


「……どんな精度なの」


「賢者様おひとりで何とかなりそうですな」


「え、やだ。話し相手が居ないとつまんない」


「じゃあ誰でもいいじゃん!」


「そこはほら、気心の知れた仲のメルが居た方が気持ちが楽だし、あと……似た組織の潰し方、宮廷魔術師団も握っておきたいでしょ?」



 エストは今後も同様の組織が生まれると予想している。ボタニグラの種がこの世から消えない限り、種からとれる油の良さを知る者が居る限り、絶対に。


 その対抗策として、潰し方を知ってもらう。

 数で押せるのか、質で圧倒するのか。

 商会とのコネクションや様々な面から、団の役に立つと思って連れてきているのだ。


 ……決して、また潰すのが面倒だから押し付けたいわけではない。きっと……恐らく。



 そうしてウルティスの口の周りを拭いたエストが立つのは、一見して街並みに溶け込んでいる一軒家である。


 なんてことないレンガ造りの家だが、ここで探査をすれば容易に地下空間の反応が調べられた。



「ここはひとつ、驚かせてやろう」



 エストは亜空間より槍剣杖を取り出すと、驚く2人を横目に杖先を家に向けた。

 指揮棒を振るように杖先を踊らせれば、瞬く間に家が氷の刃で細切れにされていき、亜空間の中へと仕舞われていく。


 ものの数分で家の解体が終わり、地下へ続くハッチの部分だけが取り残された。



「よし、行こう」


「ちょっと待ったぁぁ! な、なに今の!?」


「家を壊した。これで追っ手は入りづらい」


「綺麗に切り分けて解体しておりましたな」


「でしょ? 空間を指定して高速振動する刃で切ってる上に、完全防音用に126個の風魔術で遮断したからね。鮮やかかつ静かに取り壊せたと思うよ」



 想像以上に凄まじい数と質の魔術を使っていたことがわかり、苦笑するオールス。敵になれば何とも恐ろしい相手だが、味方になるとここまで心強いとは。


 魔術の超絶技巧を目の前にし、オールスの魔術に対する熱意が再び焚き付けられた。




「じゃ、行こうか。僕のボタニグラの種を奪った罪、しっかり償わせてやる」


「……エストくんの種じゃないのに」

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