第272話 アリアの日記
自然の魔女ネモティラやジオたちがそれぞれの居場所へ帰ると、騒がしかった魔女の館は、途端に静かに……とはならなかったが、ある程度の落ち着きを見せ始めた。
年が明けてから2ヶ月が経ち、冬の色も変わり始めれば、アリアに指導を受けていたブロフは格段に動きが良くなっていた。
ドワーフであるブロフにとって、その超人的な筋力を活かしづらい戦い方を辞め、姿勢から見直すことで速度、威力共に輝く戦い方を見出したのだ。
「ドワーフに教えるなんて初めてだよ〜。見違えるくらい強くなったね〜」
「アリア殿の指導があってだ。これならば、お嬢にも引けを取るまい」
「あはは〜、言うね〜? システィちゃんも並行して鍛えてるし〜、追いかけっこになってるんじゃないかな〜?」
自覚出来る強さを手にしたブロフは、館に戻ってシスティリアを呼びつけると、いつもそばに居るはずのエストが居ないことに気がついた。
「エストなら部屋で雷魔術の研究中よ。一緒に居ると毛がぶわ〜って立つから、昼間は別行動なの」
「そうだったのか。手合わせを願う」
「ええ、もちろん」
ここ最近のエストは雷魔術に夢中であり、金属に通電させて遊んだり、磁力についてネルメアと研究資料を送り合ったりと、新しいおもちゃで遊ぶ子どものように生き生きしている。
一方ライラは、幼少期のエストのように魔女から魔術を学び、基礎を重点的に修めては応用を学び、着実に魔術師としての格を上げている。
新しい術式を構築してはエストに既存のものだと言われ、館に無数にある魔道書を読み漁りながら楽しむ日々。
魔女に至るため鍛錬を欠かさない姿は、皆から褒められるほどである。
「遅いわよ。アンタの歩幅でアタシに合わせたら、体勢的に無理が生じる。ちゃんと考えなさい」
「……手痛い指導だ」
木剣を持ったシスティリアに殴られ、痛みで熱を帯びているうちに知識を頭へ叩き込む。
一撃の威力を重視するブロフとは根本的に戦い方が違うシスティリアだが、剣を握る者の基礎は同じと、アリアに確認しながら洗練していった。
冒険者としての生活を中断し、ひたすらに研鑽を積む4人は、一歩ずつ着実に成長する。
アリアが見ている中で、最も成長したのはライラだった。館に来た当初は魔術師見習いもかくやな腕だった彼女は、今では学園卒業時のエストぐらいの実力がある。
火と風の属性魔術は格段に上手くなり、効率的でありながら想像力も豊かで、アリアが『鮮やかな魔術』と評価するほど。
そして、次点はブロフとシスティリアだった。
元々前衛組として指導をしていたが、アリアの筋肉の動きを見る目で叩き直せば、メキメキと動作のキレが増していった。
剣術と体術のみでAランク上位に相当する強さだと評価すれば、2人は自信に満ちた顔で頷いた。
「……うぅん、残るはエストかぁ〜」
「なんじゃ、日記でもつけておるのか?」
「せっかくエストが帰ってきたからね〜。皆がどれくらい強くなったか憶えておきたいの〜」
「で、一番の問題がエストじゃと」
アリアは別の冊子を魔女に見せると、表紙の『エスト好き好き日記』からは想像も出来ない、事細かに動きの癖や新しい魔術の魔法陣が記されていた。
「この2ヶ月、“成長”してるのは3人なんだけど、“強くなってる”のは間違いなくエストなんだよね〜」
「……龍の魔力、じゃな」
「そう。ウチもびっくりでさ〜。エストってば、戦いながら体に流す魔力を切り替えてるの〜。ヤバくない?」
「ヤバいのぅ! 人間はもとより一種の魔力しか流れとらん。それを強引に3つに増やした上に、任意で切り替えるじゃと?」
「適応能力がすんごいの。魔術の時は元々の魔力。距離を保ちながらの近接戦は炎龍の魔力。殴り合いぐらい近くなったら、氷龍の魔力で冷静に周囲を見ながら戦う……も〜、気づいた時はひっくり返るところだったよ〜」
魔女はエストが龍の魔力に耐えられる体を作っていたが、適応する体にはしていない。
エストは生まれながらにして魔術を使う驚異的な生存本能の他に、どんな状況にも適応する、野生動物の如き力を持っていたのだ。
それを誰に誇るでもなく、ただ生きるために使っているのだから尚更アリアは驚いた。
彼はそれを当たり前のものだと認識している。
新たに得た武器などではなく、体に備わった機能として見ているから、アリアの感覚では“成長”として見ることが出来なかった。
「じゃが、アリアほど強くはなかろう?」
「そりゃウチは生まれつきだもん。でも、魔術を含めたら〜……う〜ん、ウチのちょっぴり下くらい?」
「含めなければどれくらいじゃ?」
「ブロフくんと同じくらいかな〜。強いは強いけど〜、エストの強みは魔術だもん。使う物差しが違うね〜」
魔女がページをめくると、現状のエストの評価が書いてあった。それは、戦士としてはAランク下位だが、全体の能力をひっくるめて星がひとつ、記されていた。
それはつまり、戦力的にはもう、数年前のアリアに匹敵するということ。
気になった魔女がもう片方の冊子から3人の評価を見れば、システィリアにも星が付けられ、ブロフには『A8』と、そしてライラにはBと付けられていた。
「ブロフの評価はなんじゃ?」
「Aランクで8番目には強いかな〜って。現状だとシスティちゃんがAの1。間の6人はワイバーン討伐遠征によく来る子と〜、ガリオ、だっけ。エストのお友達も入ってるね〜」
「ほう……して、この戦力なら魔族に勝てると思うか?」
「分かんない。エストが言うには、水龍が魔族に操られてるとしたら、超厳しいんだって」
何気ない朝食の時にアリアが聞けば、エストはあっけらかんと答えたようだ。
そこに恐怖も無ければ、不安も見せないエストに勝算はあるのかと問うても、たった一言『倒せば勝ち』と返された。
「……その時はお主も戦うのじゃぞ」
「……うん。弟だけに責任を背負わせるのは、お姉ちゃんとして見過ごせないからね」
「じゃが、エストのことじゃ。こう、何か良い案が…………あるとは思えんのぅ」
「無さそう。真正面からぶつかるだろうね〜」
2人は静かに日記を閉じれば、エストたちが明るい未来へ進めることを祈って眠るのだった。
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