第296話 小悪魔系白狼族
もう一度里長の家に戻ったエストは、
そして、見た目には殆ど現れていないが、エストの雰囲気が変わったと言えば、天空龍の魔力を宿した言う。
「魔力に慣れたいし、少しゆっくりしたいな」
里長への報告を終えれば、丘の上でエストとシスティリアは寝転んでいた。
革の敷物の上だと背中が濡れず、少し狭いためシスティリアと肩がくっついている。
「炎龍の時は熱が出ていたものね。その……大丈夫? 体が痛くなったりしてないかしら?」
「今のところは大丈夫」
「ホントに? 痺れたり、お腹痛くなったりしてないのよね? 食欲もある?」
「心配しすぎ。僕はそんなに弱くないよ」
システィリアの心配を受け止めると、頬に当たる彼女の耳がくすぐったいエストは、はむっとその耳を咥えた。
ピクんと跳ねるシスティリア。
恐る恐るエストの顔を覗くその顔は赤く、体勢を変えるとエストの上に跨った。
お腹に感じる重量と、そのまま体を前に倒すことで感じるシスティリアの柔らかさ。そして、妖艶な笑みを浮かべて舌なめずりをする姿は、この上なく
真上から顔を見つめるシスティリア。
長く、サラサラとした髪がエストの顔にかかると、優しく払い除けては体を落とす。
髪のカーテンに隠された部屋の中で、彼女の唇がエストの唇に触れる。甘く痺れるような愛情に溶けた、システィリアの唾液。
魔術でいっぱいだった頭の中をシスティリア一色に染め上げると、ぼ〜っとした表情で彼女を見つめていた。
無意識に伸びた右腕がシスティリアの背中を撫でると、そのまま抱き寄せるようにキスを強請る。
「ふふっ……だ〜めっ」
そう言って小悪魔のような笑みを浮かべるシスティリアだったが、今度はエストの方から顔を持ち上げ、その唇を奪った。
ぺたりと耳が垂れては尻尾を振り、エストの熱烈な愛情表現に酔いしれた。
お互いの頬が赤く、熱く熱を帯びる。
汗ばんだ服が鬱陶しくなり、室内だったら服を脱ぎ去っていたことだろう。
システィリアの額にへばりついた髪を撫で払い、その頬に触れれば、熱い体温を肌で感じていた。
「……本能は大丈夫かしら?」
「ちょっと……強くなったけど、我慢できる」
「流石は魔術師ね。アタシはもう限界だけど」
「だ、だめだよ? 我慢しないと」
「だからこうして発散してるのっ」
そう言って再びエストの唇を奪い、それが発散なのか、はたまた興奮を高めているのか分からない
「んぅ……疲れちゃった」
しばらくして満足したのか、隣にシスティリアが寝転がる。ちゃっかりエストの右腕を枕にしており、肘を曲げさせては頭を撫でさせている。
「帰ろうか。もう日が暮れちゃうよ」
「そうね。にしてもアンタの魔力、ピリッとしたわ。匂いでは分かりづらいのだけれど」
「好き?」
「大好きよ。刺激的だもの」
嫌われたらどうしようと思う前に、システィリアが即答した。もしもの時はどうにかして弱められないか考えたが、それも杞憂に終わったのだ。
体を起こし、べったりと体をくっつけるシスティリアと共に敷物を片付ければ、2人はサツキの家へと歩く。
家に入る前に
「おっ、とと。元気だね」
「すみません……フブキ、キサラギ。エストさんから離れなさい。迷惑してるでしょう?」
「「はーい!」」
「あとで一緒にあそぼう」
「うん!」
「おねーちゃも?」
「ええ。良い子で待ってなさい」
「はーい!」
ドタバタと走っていく2人を見送ると、2人はそのまま土間を進み、サツキの料理を手伝った。
主にシスティリアが調理を任せられるのだが、魔道具の発展していないカゲンでは火は熾したものを使う。
そのため、火加減の調節や2人が快適に料理できるよう、涼しい風を吹かせることがエストの仕事だった。
座って火箸を持ち、火が弱ったら炭を入れようとしていると、ふとエストは右手を離す。
すると、火箸が手に付いたまま離れず、ピッタリとくっついては動かなくなった。
「おお〜。僕の体が磁石になった」
「な〜に言ってんのよ。ずっとアタシがくっついて離れないって?」
野菜を切りながら言うシスティリアだったが、ちらりとエストの方を振り返れば、動かない左腕に付いた火箸やおろし金を見て、その言葉の真意を知る。
「な、何よそれ! ぷふっ!」
「まぁ……お体に変わりは無く?」
「少しだけ。でも、こういう遊び方が増えた感じかな。上手く使えたらいいんだけど」
張り付いた火箸を取り、釜に炭を入れては火の様子を見たエストは、食後にちょっとした特技のようにフブキたちに見せた。
大喜びする2人を見て、子どもはなんて純粋なんだと思っていると、システィリアに『アンタも一緒じゃない』と。遠回しに子どもだと言われてしまった。
大人であることを示してやろうと思うが、ふと、それこそが子どもであることの証明なのではと気付き、グッと抑え込んだ。
夜になり、敷布団の上で寝転がる彼女の尻尾を手入れしていると、嬉しそうに左右に振っていた。
「どうしたの?」
「ふふん……なんでもないわ」
「そう? その割には嬉しそうだよ。賭けに勝ったこと?」
「それもあるけど……アンタが子どもと接しているところを見ると、ちょっと嬉しくなるの。将来は両腕で抱っこして、撫でてあげられるといいなって……ふふっ!」
思えば、フブキたちを抱っこしたことは無い。
片腕でも持ち上げられるだろうが、やはり不安定な抱き方で落としてしまうことが怖く、飛びついてきてもすぐに下ろしていた。
システィリアは、そんなエストが将来自分たちの子どもを抱っこしてあげたり、一緒に遊ぶ姿を想像しては尻尾を振っていたのだ。
彼女の描く光景を見せてあげたい。
そう心から思うエストは、口に出す。
「明日、里長に呪術に詳しい人を聞いてみる」
「一緒に行くわ」
「いや、ひとりで行ってみる。呪われたのは僕だけだし」
「じゃあ寂しくして待ってるわ」
「おかえりのハグを所望するね」
「ちゅーもしてあげるわよ」
「よし、両腕治してくる」
尻尾の手入れが終わり、今度はエストの膝に頭を置いたシスティリア。
耳も綺麗にしてもらおうと体勢を変えたのだが、手入れをする前に、エストは彼女の頭を撫で回した。
「うぅうぅうぅ……なぁにぃ?」
「どっちに似るのかな。白狼族? 人族?」
「えぅっ…………た、多分、白狼族……だと思うわ。獣人と人族の間だと、獣人が産まれたとしか書いてないもの」
「適性はどうなるんだろう。僕の適性を受け継いだら、凄い子になっちゃうよ」
「そ、それはそうだけど……もうっ! エストの方からそういう話をするなんて、思ってなかったわ!」
「僕だって君と同じことを思っているんだ。君だけ想像するのはずるいよ。一緒に考えよう」
「……うん」
そう言って、耳の手入れをしながら2人は将来の話を語り合った。やれ男の子でも女の子でも美人だの、立派な魔術師になるだのと話していれば、明け方近くまで喋っていた。
少し寝てまた起きた時、システィリアの寝顔を眺めていると、何やら外から大きな物音が聞こえてきた。
そして、鐘を打ち付けるようなけたたましい音が響き渡ると、里の者が家に入り、大声で言う。
「魔物が来た! サツキさん、フブキ、キサラギ! 逃げるぞ! 起きてくれ!!」
その声で真っ先に起きたのは、システィリアだった。
髪もボサボサのまま2分足らずで着替えて剣を差すと、ようやくエストが起きていたことに気が付いた。
「エスト、魔物ですって」
「うん。北の方、山から降りてきているね。数は3体。僕が知らない魔物だと思う」
エストもローブを羽織ると、ちょうど3人がエストらを呼びに来た。
「逃げましょう!」
そう言ったサツキの後ろには、怯えた様子のフブキとキサラギが見ていた。
エストはそっと2人のそばに行くと、安心させるように順番に頭を撫でていった。
「大丈夫だよ。僕らが倒してくるから」
「サツキさんは安全な所に逃げてちょうだい」
「で、ですが!」
「サツキさん! 置いてかれるぞ!」
「……分かりました。必ず……必ず、帰ってきてください」
サツキは常に持っていた打ち金に息を吹くと、火打ち石をぶつけて切り火で送った。
その意味を知らないエストたちだったが、とにかく急を要するので、行ってきますとだけ言ってから走った。
「あら、足が早くなったわね」
「ほんとだ。天空龍の魔力を回したら、体が軽くなったからかな」
「軽くなりすぎて飛ぶんじゃないわよ?」
「来世は鳥になっても、システィと一緒に居たいな」
「ふふふっ。アタシは鳥を狩る狼になってるかもしれないわよ?」
「その時はその時だよ…………居た」
凄まじい速度で里を駆け抜ける2人は、6本の剛腕を生やしたオーガの如き巨人の魔物──『修羅』を捉えると、エストは杖を取り出した。
修羅の数は3体。
まずはシスティリアが先行する。
「でっかい魔物……ねっ!」
4メートル近くある巨体にアダマントの剣を振ると、その身は異常に発達した筋肉で鎧のように硬くなっており、表面に薄く傷をつけただけだった。
「エスト!」
「は〜い」
暢気な返事をしながら3体の足元で水色の多重魔法陣が輝くと、無数の
水魔術と氷魔術の合わせ技は確かに効いたのだが、それでも修羅を絶命させるに至らなかった。
「システィ、離れて」
そう、冷たく。極めて冷静に言い放つと、システィリアは全力でエストの後ろまで下がる。
そしてエストは杖を振り上げ、天空龍の魔力を注いで雷魔術を発動させた。
「
中級雷魔術……であるはずのソレは、刹那に光を放つと、凄まじい衝撃と共に修羅の肉体を焦がし、貫いた。
轟音に耳を抑えるシスティリアが顔を上げれば、前方に居たはずの3体の修羅は跡形もなく砕け散っており、地面の焦げた跡だけが残っていた。
彼女と同じ景色を見て、エストは呟く。
「なんか……強くなりすぎた……かも」
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