第297話 刀匠の弟子、稲妻の代償


 エストが天空龍の魔力を宿す少し前のこと。

 相棒にライラを連れたブロフは、カゲンに3人しか居ないという、刀匠の家を訪れていた。



「弟子入りだぁ? おだぁ弟子はとっとらん。帰ってくれ」



 刀匠のヒズチは赤い髪を束ねた初老の狐獣人である。幼少より火に向かい、鋼の声を聞いてきた。



「これでもオレは鍛冶師の端くれ。頼む」


「あんなぁ、刀っちゅうもんは、ただ腕と鋼がありゃあ完成するもんじゃねぇ。火ぃ見つめるから目ば死ぬ。鎚は重ぇし、鋼はあちぃ」


「全て経験済みだ。この剣を打ったのも、オレともうひとりの鍛冶師だ。見てくれ」



 ブロフが大剣を下ろして差し出せば、ヒズチは殴り掛かる勢いでブロフに接近すると、キッと睨んで受け取った。



「こんっの、バカもんが。剣士が剣ば他人に渡してどうする! ……だが」



 視線を大剣へと移すと、うっとりとした表情で指を滑らせ、手入れの行き届いた剣の腹を撫でれば、萎びかけている狐の耳を当て、コンコンと叩いた。


 ヒズチ曰く、刀は叩けば鈴のような音が鳴る。

 その音の美しさたるや、世界を堕とす美姫の歌声よりも耳に残り、胸の曇りを晴れさせるという。



 だが、アダマントの大剣はソレに匹敵する、上質な鉄器を打ったような、澄んだ鋼の音が鳴った。


 刀とは違い、胸を熱く滾らせるような、鋼に宿った魂を感じる音だという。



「……熱いな。炉が死ぬ炎。鉄が泣く温度で焼いたな?」


「ああ。ワイバーンの魔石を7000個は使った」


「わいばぁん? とやらは知らんが……うむ、そんだけあちぃ鋼ば打ったなら、おだの弟子……いや、見習いにしてやる」


「本当か! 是非頼む!」



 大剣で認められたブロフは、早速見て学ぶ姿勢をとるが、それに着いて行けないライラがウロウロしていた。



「そこん娘は何だ。お前さんの娘か?」


「旅の仲間で、ライラと言う。貴方の炉に匹敵する炎を生み出せる。この剣は溶かせずとも、刀なら溶かせるはずだ」


「……ほう? そん言葉、嘘は無いんか?」



 ヒズチに見つめられたライラは、まだ熱い炉の中の火を見て、頭の中で同程度の温度を出せる術式を組み上げると、力強く縦に頷いた。



「はいっ。でも、私はあまり鍛冶に詳しくなくて……」


「術師なら胸ば張れ。こんの火を真似出来るなんざ、海の向こうでもさぞ偉い術師だろ? 鍛冶師は火を重んじる。おだぁ宝石には興味ねぇ。お前さんの火を見せてみろ」



 そう言って炉の方へ指をさしたヒズチ。

 せっかくブロフに連れられて来たのだから、もう少し役に立ちたいと思うライラは、杖を構え、炉の中に橙色の単魔法陣を出した。


 消費魔力と循環魔力を多めに。

 才能を信じた火と風魔術の同時発動は、そこらの炎より熱く、赤い。


 澄んだ真紅の炎が中で立ち上がると、たちまち炉の中を包み、鋼を赤熱させるに充分な温度を保った。



「っは! こいつぁすげぇ! 火の神だ!」


「そ、そんな……エストさんの方が良い炎を出します」


「えすとぉ? そん人はお前さんよりすげぇってのか?」


「はい! 何せ、私の魔術はほぼ全てエストさんが組んだものですから。属性融合魔法陣の正しい理解を得た時は、私の中の魔術がガラリと変わっ──」



 話し始めると止まらないライラに、ヒズチは右手を出して制止した。

 鍛冶師に鉄の話をすると黙らないように、ライラにエストなる人物の話をすることが同じだと理解したようだ。



「もうええ、おだ分からん話じゃ。だが、ライラっちゅう、お前さんの名前は覚えた。お前さんも見習いから始めぃ」


「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」



 こうして、鍛冶の見習いとしてブロフが。

 炉を温める熾火おきび役としてライラが、ヒズチの新たな弟子となった。


 外では嵐が里を襲うが、湿気にも強いのがライラの魔術である。

 風魔術を扱える彼女が鋼に適した湿度に調整することで、ヒズチによる鋼の神髄を教わるに充分な環境が整ったのだ。


 轟々と風の吹きすさぶ音と雷鳴が聞こえる下で、ヒズチの打つ玉鋼の音を聞き、同じ音が出せるように打ち続けた。



「真っ直ぐに下ろせ……違う、そこば斜め」


「……この鋼は折るのだろう?」


「お前さんは寝床の敷物がしわくちゃのまま使いたいんか? こん鋼をよく見ろ。平らになっとらん。これば、次の鋼を打つために整えとる。ほれ、見とれ」



 ヒズチは炉の中に玉鋼を入れ、柔らかくなるまで赤く熱すると、表面に見える僅かな歪みを正すように打てば、鐘が鳴ったような音が響く。



「鉄の音は鳴らしちゃならん。これば鋼の子守唄。よく見ろ、よく聞けぃ。刀の赤子ば、泣かせて育つ」



 一定のリズムで奏でられる、心地よい玉鋼を打つ音。

 特に出来ることもなく、ウトウトしてしまうライラだったが、遠くに落ちた雷の音で肩を跳ねさせてはまた眠ろうとしていた。


 今頃エストたちは何をしているのだろうか。


 そんなことを考えると、上空からおぞましい魔力の気配を感じ取り、ハッと目を覚ました。



「……エストさん?」



 水龍が襲ってきた時に感じた、ドラゴンの魔力。

 今までもエストから滲むドラゴンの魔力が、より濃くなったような気配に思わず名前を呟き、首を左右に振る。


 気のせいだと思って2人の鍛冶に付き合っていると、日暮れ時には終わり、ヒズチに家で世話になることになった。


 ヒズチは妻と2人で暮らしており、息子が居たがへ旅に出たという。


 カゲンのような里ではなく、沢山の人が住む街と言うので、ブロフとライラは西へ──つまり大陸へ行ったのだと考えた。


 それからは鍛造の覚書などを読んで、ブロフから火の注文を受けつつ夜になると、魔物が襲ってきたと、朝方に叩き起された。



 そして、ヒズチ夫妻に逃げるように言い、2人も戦いに行こうとしたところに、轟音が響いたのだ。



「雷でも落ちたか?」


「……魔物の気配が消えてます」


「じゃあ何だ、エストの魔術か」


「恐らくは。ですが、あれは……」



 2人が丘に登って見た先には、杖を下ろしたエストと、耳を抑えるシスティリアが。

 その先に、跡形もなく消し飛んでは焦げた地面を残した、魔物の死体だったものが散らばっていた。



「なんか……強くなりすぎた……かも」


「かも、じゃないわよ! ビックリしたじゃない!」


「ご、ごめんね? よ、よ〜しよし、痛くな〜い、痛くな〜い」


「うぅぅぅ…………もっと撫でなさい」



 凄まじい音に顔をしかめたシスティリアは、即座に自身の光魔術で耳を癒すと、エストの謝罪混じりの撫でを享受した。


 エストの胸に顔を擦り付けながら楽しんでいると、彼は撫でる手を止め、こちらを見ていたブロフたちに手を振っていた。



「エストさんがやったんですか?」


「うん。腕が多いオーガみたいだった」


「言われても分からん。肉片しかないぞ」


「あはは……ところでえすとさん。雰囲気変わりました?」



 ライラが聞くと、エストは縦に頷いた。



「ちょっとシスティを魅了しようと思って。どう? かっこよくなったでしょ」


「……え、ええと」


「オレには違いが分からん」



 困惑するライラだったが、この際ハッキリと言うことにした。



「エストさん、魔物みたいな気配がします」


「え?」


「あ゛ぁ?」


「は?」


「ひ、ひぃぃ! ち、ちち、違うんです! 別にエストさんが魔物って言いたいんじゃなくて、なんとなく、なんとな〜くですよ? 雰囲気が……こう……」



 ドスの効いたシスティリアの声に後ずさるものの、必死に弁明するライラ。本当に雰囲気だけ、魔力だけで感じ取ったエストが、魔物の気配に似ているというもの。


 敵意を剥き出しにするシスティリアがエストに頭を撫でられて大人しくなると、彼はそっと体内を巡る魔力量の調整を図った。



 すると、瞬く間にいつも通りの気配に戻り、ライラは何度も縦に首を振った。



「なるほど。流石に3種のドラゴンは色々と危ないみたいだね」


「さ……3種?」


「うん。昨日、天空龍の魔力を貰ったんだ。死にかけたけど、なんとか無事に手に入れたよ」


「それは無事なのか?」


「気付いた時には無傷だったもん。無事だよ」



 エスト本人ですら、無意識の魔術で命を繋ぎ止めたことは知らない。それゆえに、かなり苦しんだだけ、という記憶しか残っていないのだ。


 ただ、感覚的にもうこれ以上の魔力は宿せないと分かっている。


 更なる力は見込めないが、もう充分な力を手にしたと、エストは他の龍の魔力に対しては興味を失った。



「討伐は終わったし、里のみんなに──おっ」



 避難していた住民に倒したことを伝えようとするエストだったが、東の山から更なる魔物の魔力を感知した。



「もうひと仕事あるみたい。僕は力を慣らしたいから、2人は先に戻って安全だと伝えてきて」


「でも、これから倒すんじゃ──」


「今来てるの、魔族やドラゴンじゃないよ?」



 言外に『負けることはない』と言うエスト。

 その自信と今までの実績を信じてライラは頷き、ブロフと共に里の皆の元へ帰ることにした。



「いいのかしら? 行かせちゃって。かなり強い魔物だとアタシの勘が言ってるけど」


「Aランク相当だね。大丈夫。僕らなら勝てる」


「僕“ら”、ね……ふふっ。前線は任せなさい」


「もちろん。後ろは僕が」



 修羅を倒した地面を環境操作ネドゥシフトで戻したエストは、再び里を襲う魔物の元へと走るのだった。






 一方、既に東の麓では、あるひとりの剣士が魔物と相対していた。



それがしの刃を受けて立つとは、これ屈強な魔物なり。刀は魔物を斬るに適さず。一刀のもとで終わらせる」

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