第198話 進路相談?


「システィ……システィ起きて。遠征だよ」


「…………んゃ」



 綺麗な肌を隠すことなく幸せそうな顔で眠るシスティリアは、多大な疲労感と幸福感から起きる気配がなかった。


 髪を撫ぜても、口付けを交わしても、起きようとしなかったのだ。

 あまりにも幸せそうに眠るもので、エストは無理矢理起こす気にはなれなかった。


 少々の疲れを感じながらも着替えて朝食をとり、メイドの3人に彼女の様子を見てやってほしいと伝えたエスト。


 支度を済ませて玄関の前に立つと、そばに控えていたフェイドが扉を開いた。



「エスト様おひとりで向かわれるのですか?」


「うん。屋敷のことは君に任せるよ」


「はっ。しかし怪樹の森はとても……」


「そうだね。他の講師も嫌そうな顔してた。きっと、生徒が死ぬと思ってるんだ」


「いいえ。私は……エスト様の身を案じているのです」



 怪樹の森は街道からも離れた場所にある、危険な魔物の巣窟となっている。そんな場所を遠征地に決める学園も学園だが、散歩気分で行こうとするエストはもっとおかしかった。


 過去にその地で戦友を喪ったフェイドにとっては、仕える主すらも喪うのではと、恐れていたのだ。



「優しいね。だけど、僕には力がある。教え子を守れるくらいの力が」



 エストは手の中から一輪の氷の花を出すと、フェイドに渡した。

 すると、彼の体温で花は瞬く間に溶けてしまう。

 無表情でフェイドの瞳を見つめるエストは、もう一度氷の花を出し、片手で握る。



「それに、僕の生徒は優秀だよ」



 そう言ってまたフェイドに手渡すが、今回の花は一向に溶ける気がしなかった。むしろ段々と冷えていってるように感じ、ハンカチで包んで持つことにした。


 可変する魔術には高度な術式理解が求められることをフェイドは知っている。


 改めて感じるエストの魔術への深い理解と、不器用ながらにも『心配するな』という背中に、深く頭を下げて見送った。






「へ〜、4年生って結構居るんだ」


「先生は他クラスに興味ないもんな〜」


「だって人の顔とか覚えるの苦手だから」



 学園に着いて早々、門の前には十数台の馬車が停められていた。皆が大きな荷物を積み込む中、手ぶらで訪れたエストは中々に浮いて見えた。


 軽い事前説明が終わり、前のクラスから順に馬車が出始めると、エストの乗り込んだ1班は雑談に興ずる。



「でも魔道書の題名とか著者名は覚えてるよな」


「興味があるからね」


「……俺の名前、覚えてる?」


「さぁ、君は誰だったか」


「嘘だろぉ!? あれだけ喋ったじゃねぇか!」


「冗談だよ、アウスト。君が手当り次第に好きな人を変えてることは僕も知っている」


「違う! この世の女性が皆美しいんだ!」



 騒がしさを一点に担うこの少年は、アウスト・フォーグ。代々受け継がれてきた火の適性を持ち、明朗快活という言葉がとてもよく似合う生徒だ。

 クラスで随一の火魔術師であり、午前の授業ではクオードと模擬戦をする姿がよく見られる。


 難点はたったひとつ、女癖が悪いところだ。



「にしてもよぉ、俺らのクラスだけ班が6人ずつなんていいのかよ? 他は4人だぜ? そっちの方が動きやすいだろ」



 アウストは他のクラスが8台前後の馬車を走らせる中、自分たちだけが5台しかないことに疑問を浮かべていた。


 そんな彼の言葉に返したのは、隅で魔道書を読んでいたルミスである。



「アウスト君、私たちには前衛職が居ないから、数で対応しなきゃいけないんだよ。先生も言ってたけど、武器が使えない魔術師が多いから、そうやって力の均衡を保たないと簡単に死んじゃう……」



 魔術師のみで構成されたパーティなど、あまりにもバランスが悪い。戦士という頑丈な引き付け役も居なければ、剣士の堅実な攻撃も見込めない。

 そうなると必然、数で穴を埋めて短期決戦で片付けるしかないのだ。



「お、おう……そういえばそうだったな。じゃあ逆に、他のクラスは4人でいいのかよ? なぁ先生」


「さぁ? 僕は他の生徒を守る気は無いよ?」


「そう言うってことは……ヤバいんだな」



 今回も多数の死者が出ることを憂いていると、街道を走っていた馬車が停る。

 生徒らが何事だと顔を覗かせようとした時にはエストの姿は無く、ルミスは『物凄い速さで出て行ったよ』と言う。


 心配になったアウストが馬車から降りると、遠くの方で3体のオークの影が見えた瞬間、即座にそれらは消え去った。


 何があったんだ? と思いながら馬車に戻れば、そこには何事もなかったかのようにエストが座っていた。



「うおっ、いつの間に!?」


「先生、何をされていたんですか?」


「食料調達。僕は保存食をあまり持たないからね。次に魔物が出たらみんなに譲るよ」



 塩漬け肉で飢えをしのぐ旅は真っ平御免だ。

 そんな思いで街道に現れた3体のオークを瞬時に狩ったエストは、何食わぬ顔で馬車に転移したのだ。

 突然姿が消えることに驚きはする生徒たちだが、普段から人間離れした身体能力を見せているために、疑問に思われにくかった。


 再び馬車が動き出し、緩やかな旅が続く。


 脳内で自然魔術の術式構築を繰り返しながら、手のひらで細部まで再現されたシスティリア像を作っていると、アウストがそれを指さした。



「そういやシスティリア先生は?」


「明日から来るよ。と言っても、採取依頼のついでだと思うけど」


「……講師の仕事がついでなのか」


「彼女は副業講師だよ? まぁ、僕もだけど」


「そうなのか!? なんかもう分かんねぇな」


「僕だって、なりたくて講師になったわけじゃないからね。契約もとりあえずの1年だし」



 その分給金が多いのだが、金だけがエストが引き受けた理由ではない。エストたちが講師になってから『良かった』と思えたことは、学園の図書館の利用権限にある。


 屋敷や諸々の報酬よりも、帝国に無い魔道書を読めることが、最も価値のある報酬となっていた。



「なぁ先生。ぶっちゃけ冒険者の方が稼げるのか?」


「アウスト君!? そういうお話は……」


「だって気になるだろぉ!? 俺はまだ将来やりたいこととか決まってねぇし、参考にしたいんだ」



 正直なアウストに頷き、エストは一言。



「実力次第だね。僕の場合だと、講師の月給はダンジョンに2日こもれば稼げる」


「マジかよ!? ……具体的には?」



 踏み込んだ質問にルミス以外からも視線が刺さるが、エストは特に気にする様子もなく答えてしまう。



「講師の月給なら、僕はフリッカに雇われてるから120万リカだよ。でも魔道書をよく買うから、ちゃんと手元に残るのは30万も無い」


「ひゃ、ひゃくにじゅうまん……」


「羊皮紙の魔道書って1冊50万リカする物もあるし、お金の面では苦労するよ」


「エスト先生、そんなにお金使っちゃったらシスティリア先生に怒られないんですか……?」


「お金関係で怒られたことは一度も無いね」


「そっか、お2人とも魔術師だから……」



 エストが読み終えた魔道書はシスティリアが読む。それに、学ぶことに関して怒ることは絶対にしないと名言したのだ。

 最悪、エストの給料を全て魔術周りに使ったとしても、システィリアの給料だけで生活資金が稼げるぐらいには余裕がある。


 それが『実力次第』の言葉の真意だ。



「冒険者は常に優秀な魔術師を求めている。この遠征で少しでも実力をつけて、力量を把握できれば、困窮することは無いと思う」




 冒険者の世界は甘くない。

 明日があるかも分からない職業だ。

 だが、成功すれば大金を手に入れることも叶い、ある程度の自由が確保できる。


 冒険者を体験するにはもってこいの機会だと言えば、アウストの目には火が灯っていた。

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