第253話 システィリアの道
「幌馬車、直しておいたぞ。車輪の歪みが内から引っ張られたものだったが、何かあったのか?」
「魔術で車輪を固定してたら、魔物に持ち上げられた。気づいて消した時にはもう歪んでた」
「……そういうことか」
夜、車大工の元で馬車を受け取ったエストは、以前と変わらない軽さと幌の感触を確かめると、修理費を渡して宿に帰った。
ドアを開けると聞こえてくるのは、魔法文字の解読に苦しむライラと、机を挟んでアドバイスをするシスティリアの声だった。
そっと椅子に座ると、ブロフは既に部屋へ戻ったのか、姿が見えない。
ペンを片手に頭を抱えるライラを見ては、王都の魔術学園生を思い出した。
「ライラ、それが解けたら寝なよ」
「はい……でも、解けないので眠れません」
「風魔術は元々見えないものだから、術式もブレやすいのは理解してる? 構成要素の想像の部分を消して、残りの5つで考えるんだ」
つい手助けをしてしまうエスト。
そんなアドバイスがきっかけになったのか、ライラは何かに気づいたようにペンを走らせ、白紙だった解答用紙に文字を連ねた。
「解けました! システィリアさん!」
「はぁい……うん、合ってるわね。合ってる……よね?」
システィリアからエストに解答が流れると、縦に頷いて答えられた。
魔法陣は、いかに分解して考え、素早く理解するかが鍵となる。相手の術式を読むことで対となる『結果』を持つ魔術を使い、被害を生まないことが大切だ。
対人用の技術ではあるが、そこから生まれる新たな発見が魔術を育てる。
ライラは今、その一歩を進めたのだ。
「よ〜し、寝ます! おやすみなさい!」
「頑張ったわね。おやすみなさい」
飛び跳ねて喜ぶライラを見送ると、システィリアはエストにもたれかかった。
そっと肩を抱き寄せ、目を閉じたエスト。
外から聞こえる酒場の騒ぎ声。
季節に溶けた虫の声に、乾いた風が撫でていく。
窓から差し込む街の匂い。
彼女の耳がピクっと動き、花の香るオイルが立ち、エストの鼻をくすぐった。
まったりした時間を過ごしていると、時計が夜の10時を指していた。
肩を抱いたままベッドに連れていき、厚い布で織られた掛け布団に2人で入れば、システィリアは不安そうにエストの胸に顔を埋めた。
子どもをあやすように頭を撫でながら、すっかり冬毛になった耳に触れる。
エストの胸の温かさに触れ、蚊の鳴くような声で呟いた。
「……2人になりたいの」
「なれるよ。きっと来年には、僕たちの目標も少しずつ達成されていく。もう少しだけ、みんなで頑張ろう」
「うん……うんっ」
体も心も強いのに、ふとした瞬間に弱さを見せるシスティリア。そんな彼女を守り、愛するエストは、強く抱き締めながら眠った。
少し苦しいくらいに。されど、どこまでも澄み切った愛情に包まれる感触は心地好い。
穏やかな寝息を立てて眠る2人。
昇る朝日で目を覚ますまで、その手は離さなかった。
「ふっ……っし、危なっ」
この日の朝の打ち合いは一風変わっていた。
システィリアの右手にはアダマンタイトの直剣が。左手には同様の形をした、氷の剣が握られていた。
一撃の威力が落ちる代わりに、彼女の特長である速度を活かし、手数という攻撃力を生み出したのだ。
エストが防ぎきれなかった氷の剣が腹を貫き、続く右手の一振りが首を掠めた。手数の恐ろしさを実感したエストは、左手を挙げて降参のポーズをとる。
「いやぁ……強いね。流石に僕も、その動きには……追いつけないや」
息も絶え絶えなエストは
吐いた息が白く溶け落ち、タオルで汗を拭くシスティリアは二刀流の可能性を見出した。
「アタシ、アリアさんの教えを守ってたの」
「教え……というと、あの剣技?」
「ええ。舞うように動いて注意を散らして、不意をつくように一撃を刺す……でも、アタシには真似できなかった。だから、二刀流なの」
「確かに、システィは真正面から戦えるだけの瞬発力があるし、光魔術を使いながら戦えば、一騎当千どころの戦力じゃないね。うん、二刀流はアリだと思う」
「でしょ? これからしばらく、練習に付き合ってちょうだい」
「喜んで。間違えて殺さないようにね」
ウィンドベネートとの戦いで、咄嗟に生まれた剣の道。彼女にとって二刀流は、弱さを手放すチャンスなのだ。
必ずモノにしようと必死である。
そんな彼女を支えるのが、他でもないエストだった。
二刀流に対して、どこを攻撃すれば隙だと気づかせられるか。足運びの洗練。視線、手首の角度、剣の長さまで考えて立ち回っていた。
街を出てからも、二刀流の研究……型を形成することを続け、ライラの指導と並行して剣術を学ぶエスト。
早朝の森に響く金属音。
毎日味わう生命としての極限状態。
訓練や練習という言葉とはかけ離れた、綱渡りの如き研究に2人は全力を注いでいる。
街を出てから2週間が経った。
左手の剣は刀身を少し短く、体のバランスに合わせた氷の剣を握り、以前よりも僅かに小さい歩幅でエストと相対する。
駆け出し、勢いをつけて右手の剣を下から斬り上げると、エストは杖で弾いて防ぐ。
持ち上がった杖先の隙を狙い、エストの右肩へ氷の突きを放つが、体を逸らされたことで回避された。
すると、素早く逆手に持ち替え、的確に右肩を斬らんと振り下ろした。
「ちょ、ちょちょちょ、待って速すぎッ!」
エストが対応不可能な速度だった。
冷たい刃が右上腕を斬る。
服を裂き、肌を割り、筋繊維を断ち切られる感覚。
人生を歩むパートナーでさえ斬るシスティリアの思い切りは、遂に骨まで到達した。
が、骨を斬るには強度が足りず、氷の剣が砕けてしまった。
そして、剣だった物が魔力の粒子となると、打ち合いは中断された。
「あらら? ……次の問題点が分かったわね」
「……はぁ。流石にヒヤッとしたよ」
「氷の剣で斬られたから、かしら?」
「ユーモアが……ちょっぴり足りない」
「ちょっぴりなのね」
システィリアが瞬く間に傷を治すと、右肩を回して違和感が無いか確かめるエスト。
完璧な治療に彼女の頭を撫で、氷の剣と全く同じ術式を手のひらに出した。
「それより剣の話。僕の予想だと、その氷は水の適性で生み出せる限界ギリギリの強度。つまり──」
「水魔術の限界点。アタシじゃ越えられない壁ね」
「……言い切りたくはないけどね。システィは、今の二刀流が固有の強さを持つ理由を知ってる?」
「固有の強さ? アタシのすんごいスピードとパワーじゃないの?」
「そうじゃない。今のシスティは魔術による剣を使っているから、最初は一本だけだと思わせられるところだよ。簡単に言えば、確実に不意をつける」
ただ剣を用意出来ないがために氷で代用していたが、両の腰に差すとなれば、誰が見ても二刀流だと分かってしまう。
魔剣士は魔術と剣術を使う者を表すが、魔術の剣を扱う剣士、という意味でも捉えられる。
システィリアは剣術の新たな道を。
エストは魔剣士としての新たな道を発見したのだ。
「まさか、アタシの二刀流の本質が魔術にあるなんて……運命かしら?」
「はははっ、そうかも。明日からは僕が剣を造るよ」
「……いいの?」
「君の剣になれるなんて、誇りに思う」
「…………もうっ。仕方ない人ね」
ウィンドベネートの骨を断つ氷の刃。
思い返せば、エストの氷でなければ倒せなかったかもしれない。やはり2人で連携することが大切なのだと、改めて理解するシスティリア。
自信に溢れるエストを抱きしめると、汗の匂いと共に乾いた風が吹く。
そうして、新たな解釈の魔剣士が誕生した。
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