第200話 怪樹の森へ
怪樹の森への道中2日目。
エストの予想通り、採取依頼のついでに合流したシスティリアと共に、それぞれの班の馬車で移動した。
夜は2人で豪勢な野営食を作り、食べたい人には有料で提供すると言えば、ほぼ全ての生徒の手が挙がった。
それを見た講師のヴライトが心底嫌そうな顔をしていたが、その程度だった。
「エスト、昨日はごめんなさい」
「今日一緒に寝てくれなかったら許さない」
「……もう、甘えん坊なんだから」
あれからシスティリアは昼過ぎまで眠っていたらしく、メイドたちは心配したようだ。色々と発散しすぎるのも体に悪いと知り、彼女は『次はもっと優しくね』と、エストの手を握りながら言う。
「あれは……僕も悪かった。龍の魔力が凄いんだ」
「アタシも負けてらんないわね」
「でも欲望に忠実すぎるのも良くない」
「……そうね」
そうしてぐっすり眠った2人は、太陽も目を覚ます前に起床する。朝の支度を澄ませば各々の武器を取り、準備運動を兼ねた軽い打ち合いを始める。
散った火花が瞳の奥を照らし、次第に剣と槍の激しい攻防戦へと変わっていく。
一瞬の隙が命取りになるこの打ち合いを始めてからかなりの期間になるが、2人に“慣れ”といったものは訪れない。
常に己と仲間の力量を把握しながら、格上相手の対処を学び続ける。
剣と槍で戦い方が変わることは、2人にとってこれ以上無い上質な刺激であり、一切の油断を許さない楔となる。
「なに……やってんだ?」
慣れない見張り番に生徒が全員眠っていたところ、2人が出す激しい金属音に目を覚ましたアウスト。
青と白の影が一瞬にして消えると、次の瞬間には火花と同時に現れた。
目で追うことすら許さない武人の最高峰に立つ2人を見て、魔術無しで戦うことの強さを感じ取る。
以前ユルとエストが見せた魔術師同士の戦いではない、殺し合いと見紛う2人の打ち合いを前に、手の震えを自覚した。
「──っ! あ、僕の負けだ」
いつの間にか戦いが終わっていた。
ふと止まった瞬間に、システィリアが槍先を踏んだまま剣をエストの喉元に突きつけていたのだ。
「ふっふふ〜! 槍先を下げたら踏むわよ。でもアンタのコレは、踏んでも危ないから賭けだったのよね〜」
「刃の無い部分を踏めたのは運?」
「ええ。でも、ずっと狙っていたわ」
明日は持ち方を変えて打ち合おうと決め、2人は武器を納めた。張り詰めていた緊張の糸が切れると、途端に周囲の景色に敏感になる。
気づけば2人の戦いを観る生徒は増えており、皆その戦いぶりに魅了されていた。
彼らから声が上がるよりも先にシスティリアが足を踏み出すと、エストの後頭部をガシッと掴み、唇を重ねた。
たっぷり30秒も続ければ、集まっていた視線は自然と離れていく。
「見世物じゃないもの。当然でしょ?」
「……やり方が強引すぎる」
朝日が昇り、朝食をとれば馬車移動が始まった。
3日目ということもあり、生徒たちに慣れの影が差すと、馬の休憩中に野草を採取する生徒も見えた。
しかし、念の為にとシスティリアが選別を行えば、殆どの草が食べられない物だった。
見た目はそっくりでも明確な違いがあることを伝え、間違える度にシウ草を噛ませた。
酸っぱい顔でくしゃくしゃになる生徒たちと笑い、ようやく間違える回数が減った頃には、怪樹の森の前だった。
「よっ、と……良い木だ。綺麗に割れている」
「魔力の過剰供給に耐えられなかったのね。割れた部分から花が咲いてるわ」
オルオ大森林よりは魔物の気配は感じないものの、一部の木々が耐えられないほどの魔力を生み出す森は、ただならぬ恐怖感を与えた。
幹が異常に太くなった木や、枝葉が複雑に絡み合って森に蓋をする木々など、他の場所では見られない異様な森の姿が見られる。
思わず足が竦んでしまいそうな森の前で、学年主任のブライトが土の台の上に乗った。
「諸君、ここまでの長旅ご苦労だった。しかし本当の苦労はこの先に待ちわびている。諸君らには今から一週間、この森で生き延びてもらう。より良き魔術師は知恵を使い、逃げ、隠れ、時に戦ってその身を守る。再びこの地で合流した時、生徒が欠けていないことを切に願う」
もはや生徒の数を減らしたいのでは? と思うエストだったが、あえて口には出さなかった。
だが逃げることも隠れることも推奨するヴライトには頷き、前のクラスから森に入っていく姿を見ては、心の中で応援するエスト。
「先生は一緒に来ねぇのか?」
「協力が禁止されてるんだよね。でも僕も森の中で暮らすから、君たちと同じような状況になるよ」
「そうか……」
「あと、みんな。最後に忠告しておくけど、火を焚く時は気をつけて。火を好む魔物も居るからね」
全員が小さく頷くと、続々と森へ入っていく。
エストやシスティリアにとっては庭のような森でも、彼らにとっては充分に死の危険がある。
緊張する者や溜め息を吐く者も居たが、この程度の森で死ぬような訓練はさせていない。
普段の授業で鍛えた肉体があれば、逃げることも容易だろう。
「アタシたちも行きましょ」
最後にシスティリアに手を引かれて怪樹の森へ入ると、それを見届けるヴライトも着いてくる。
講師たちも同様に森で生活するが、ヴライトたちは講師だけの班を組んでおり、参加していないのはエストとシスティリアだけだった。
きっとこいつらも死ぬだろう。
そんな目で見つめながらヴライトは別れると、他の講師たちの元へ向かう。
「さて、僕らはやることないんだよね」
「そうなのよねぇ。拠点でのんびりする?」
「うん。秘蔵の魔道書を読みたい」
完全無詠唱の
普段よりも贅沢に魔力を使い、内装には本物の家と同じような台所とリビング、そして浴室が用意されていた。
外装を森に擬態できるよう緑と茶色に配色すると、芳醇な魔力を嗅ぎ取ったのか魔物の気配が接近する。
「ウィンドウルフだ。ここにも出るんだね」
「そこまで希少な魔物じゃないわよ? アタシがやるわ」
剣を構えたシスティリアが姿勢を低くすると、静かに衝突する。
1体、また1体と首から大量の血を流すウィンドウルフが増えれば、最後に残った狼はシスティリアだけとなる。
合計して6体ものウィンドウルフを手に入れ、血抜きをしながらエストは思う。
「ヌーさんたち、元気かな」
「精霊樹に送ったんでしょ? なら大丈夫よ」
「また会いに行きたいね」
丁寧に処理して屋根から死体を吊るすと、ポタポタと血が垂れていく。それらは周囲の魔物を引き付けないように
ドアを閉めたと同時、エストは広げていた魔力感知で“ある情報”を入手する。
「あ……死んだな」
「もう? 早すぎないかしら」
「最初のクラスかな。もうひとつのウィンドウルフの群れにやられたね。今3人が逃げてるけど、そのうちのひとりが怪我をしてる」
「手遅れね。残るのは2人かしら?」
「……そうなったよ」
幸いにも他クラスの生徒だったが、それを喜べる己に気持ち悪さを覚えるエスト。
自分の生徒ならルールを破ってでも守りに行くが、他クラスの場合は祈ることしか出来ない。
システィリアが優しく抱きしめて悲しみを和らげれば、幾分か顔色が戻ったエストは魔道書を取り出した。
「大丈夫。幸運にも僕の生徒はウィンドウルフから逃げる練習をさせてた。生き残ってくれるはずだ」
そう言ってのんびりと休日のように過ごし始めるエストだったが、2人はまだ知らない。
エストのクラスで最前線を行くアウスト班の近くに、怪樹の森の強者、ミラージュマンティスが潜んでいることを。
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