第201話 心の余裕は命を繋ぐ


 アウスト率いる1班の面々は、水の確保が魔術だけでは間に合わないと判断し、川を探すことにした。


 班長のアウストと班員のオーグが火の適性を。

 レーナが水を、ミュウが風を。

 そして、学年唯一の光の適性を持つルミスと、Dランクの冒険者でもあるグルードは土の適性を持っていた。


 どの班も基本4属性を組み込んでいるのだが、1班だけはルミスという特異な属性を含むため、戦闘力が高い者が集まった。


 動きやすい服の上から学園のローブを羽織り、泥の付いた裾をなびかせながら進んで行く。



「レーナ、川を探すことは出来るか?」


「や、やってみるね」



 長い青髪を隠すようにフードを深く被るレーナ。

 水の適性を持つ彼女なら、魔力感知で川を探せると踏んでのことだ。


 深呼吸を繰り返しながら、薄く、そして広く魔力を伸ばしていき、川の水に含まれている同じ属性魔力を感じ取る。



「……見つけた。南の方に」


「よくやった! 警戒しながら行くぞ」



 各班長に持たされるコンパスで方角を確認し、南を目指して歩く。

 しかし、この川を探すという行為に疑問を抱くレーナ。なぜ自分という水の適性があるのに川を目指すのか、その意味が分からなかったのだ。


 隊列を変えてグルードが前に出ると同時、首を傾げるレーナの肩を優しく叩いた。



「アウストはお前の負担を減らすと同時に、食料確保のために川を探させた。川は動物が水を飲みに、その動物を狩りに魔物が来る」


「なるほど……ありがとうグルード君」


「……おう」



 かすかに頬を赤くしながらグルードは最前線に立つ。

 アウストに肩を小突かれ、頬をポリポリと書きながら歩き出すと、グルードは即座に姿勢を低くした。


 まるで何かを回避するかのような動作だったが、他の班員には何も影響が無かった。



「どうした?」


「何か飛んできたと思ったんだが……気のせいか」


「──いや、何か居るぞ。戦闘態勢!」



 小さな空気の揺らぎを感じ取ったアウストが叫ぶと、全員が杖を構えた。


 敵の姿は見えない。

 しかし、気配を感じ取れる程度には殺気を放たれている。

 この時点で6人の頭にはミラージュマンティスの名前が浮かんでいた。怪樹の森に潜む、幻影の蟷螂かまきり


 静かに呼吸を整え、攻撃に備える一行。



 逃げるにしても時間を稼がねばならない。

 逃走の第一歩。視認をするよりも前に、アウストは叫んだ。



「伏せろッ!!」



 咄嗟に頭を下げれば、頭上を何かが通り過ぎた。

 レーナの被っていたフードの先端がそれに引っかかると、丈夫な布で出来ているというのに、引き裂かれた痕があった。



「ミラージュマンティスだ。グルード、頼む」


「ああ! 土壁アルデールっ!」



 前方に複数枚の土の壁が出現すると、来た道を引き返すように逃げていく。

 しかし、殺気は向け続けられている。

 ミラージュマンティスが壁を無視して接近していることを悟った瞬間、アウストは息を整えながら4つの魔法陣を出した。



「腕に自信がある。お前らは先に逃げろ!」


「無理だアウスト! 奴の姿が見えん!」


「構わん……四方に放てば関係ないッ!」



 5人と距離をとったアウストが四方に魔法陣を展開すると、コツコツと組み上げてきた術式を完成させた。

 彼と3年の付き合いがあるグルードでさえ見たことがない、同時に4つの魔術を使う姿に、歯を食いしばりながら背を向けた。



「とっとと姿を見せやがれ! 火炎塊メゼアッ!!」



 そんな声と共に、後方から爆発音が轟いた。

 流石のミラージュマンティスでも傷は負うだろうと思っての攻撃だったが、それは最悪の結果を招くことになる。


 アウストの視界の端で、何かがぬるりと動いた。


 すかさずそこへ火針メニスを放った瞬間、ソレは炎に反応して活発に動き出した。



「おいおい……流石にそれはないだろ……」



 うじゃうじゃと何かが近づく音が大きくなっていくと、気づいた時には既に遅い。野生のボタニグラに囲まれてしまい、アウストの足に細い根が伸びた。



「あっぶねぇ!」



 奇跡的に反応が間に合い、ジャンプして躱したのはいいものの、次の手が出せないでいる。


 なぜなら、火魔術とボタニグラは相性最悪。

 魔術を使えばボタニグラは更に活性化してしまう。

 そんなことをすれば班員まで食われると考え、アウストは思考に全力を注ぐ。



「一か八か、隙間を──」



 ボタニグラの間にある僅かな隙間に飛び込もうとすると、突如地面が隆起し、4体は見上げるほど高い位置へと持ち上げられた。


 突然のことに反応が遅れると、盛り上がった土の隙間からグルードの姿が見えた。



「今だアウスト! 早く!」



 徐々に重量に耐えきれなくなった土が戻り始めると、アウストは全力で走ってグルードの元へ飛び込んだ。

 それから、休む間もなくボタニグラから距離を離し、前方で立ち止まっているルミスたちと合流すると、まだミラージュマンティスの殺気が向けられていた。


 いつまでもしつこい野郎だと思っていれば、ルミスが杖を掲げる。



光球ラア……あそこ!」



 杖先から光の球が飛び出すと、彼女たちの前に虹色の光を纏う何かが居た。

 それは人間よりも大きな魔物であり、予期せぬ方向からの強い光に、幻影のタネが見えてしまったのだ。


 ゆっくりとミラージュマンティスが銀色の体を見せた途端、アウストの強烈な火槍メディクが炸裂する。



「隊列を組み直せ! ルミスはまた奴が消えた時に光を、ミュウは風で位置を把握しろ! グルード、レーナは周囲を泥に変えて、オーグは俺と攻撃!」



 再び姿を消すミラージュマンティスだったが、柔らかい泥の上ではその足跡がくっきりと残り、ルミスの光で暴かれた。


 光に怯んだ隙を逃さず、アウストとオーグが全力の火炎塊メゼアの魔法陣を出すと、アウストは一呼吸置いてから詠唱した。



「「火炎塊メゼアッ!!!」」



 完璧に同じタイミングで放たれた豪炎の塊は、ミラージュマンティスの全身を包み込む。

 ギチギチと音を立てて暴れるも、その熱に耐え切ることは出来ず、命の花を散らす。



 丸焦げになり、動かなくなったミラージュマンティスを見て、アウストは肩の力を抜いた。


 ──その瞬間だった。



「俺たち、ミラージュマンティスを倒──」



 木々の隙間を縫った風刃フギルが飛翔すると、アウストの脇腹を十字に切り裂いた。



「があぁっ! くそっ、完全に油断した……」


「ウィンドウルフ!? ちくしょう、このタイミングを狙ってたのか!」



 木陰から薄い緑色の尻尾が見え、グルードは大きな土壁を作って遮った。

 すぐにルミスが手当てしようとするが、思ったより傷が深いのか、治療に時間がかかってしまう。



「風……6体…………囲まれてる……」


「ミュウ!? 大変、ミュウが気絶して……」



 倒れ込むミュウを抱きとめたレーナは、その瞬間に悟った。



 絶望。

 残ったグルードとオーグの表情は暗く、逃げようにも2人を置いて行くことなど出来ない。このまま食われて死ぬ未来が、すぐそこまで迫っていたのだ。



「これが……魔物……」



 ボタニグラは偶然だったにしても、ウィンドウルフの漁夫の利は確実に群れによる行動だった。

 ミラージュマンティスという強敵を打ち破り、油断した一瞬の隙を狙った賢い立ち回りである。


 こんなのを相手にどう戦えばいいんだ。


 グルードの出した壁は、3体のウィンドウルフによりボロボロになっている。少しずつ近づていてきた残りのウルフは、こちらが逃げないように見張っている。


 レーナの腕からミュウがするりと抜け落ち、青い瞳から涙が伝う。




「やだ……死にたくない。誰か……誰かっ!!!」




 そう叫んだ瞬間、トンっと何かが着地した。



 顔を上げればそこには、真っ白なローブを纏ったひとりの魔術師が。


 特徴的な銀色の杖を持ち、魔物に対する恐怖を微塵も感じさせない凛々しい立ち姿に、焦っていたルミスも顔を上げた。



「酷い有様だ。ひとりは気絶し、もうひとりは軽傷。治癒士は回復が遅く、戦える3人は戦意喪失……全く。もっと厳しく教えた方が良かったのかな」



 ひとりずつ観察するように状況を述べていくと、レーナが今最も助けに来て欲しかった人物──エストは杖を構えた。


 そして、6人の生徒をいたぶるよりエストを先に殺した方が良いと判断したウィンドウルフたちは、一斉に遅いかかる。



「この群れ、最初に生徒を食べたところか」



 人間の狩り方を知っていると感じたエストがその場で跳躍すると、足元の一点にウィンドウルフが集中した。


 空振りに終わった次の瞬間には上を向き、重力に従って落ちてくるエストに牙を剥き出しにするウルフたち。しかし、それを見る前からエストは槍先を下へ向けていた。


 着地の勢いを使って足元の 1体に突き刺すと、首の真ん中を断ち切ったからか、血の池ができた。


 即座に地面から槍先を抜けば、再び襲いかかるウルフたちに鋭い刃を振り回し、エストの膂力はウルフを切り裂きながら吹き飛ばす。



 血を垂らしながら再び突撃するウルフと、邪刃フギルを飛ばすウルフに別れたが、アダマンタイトの杖にその程度の魔術は弾かれ、僅か数秒のうちに残りのウィンドウルフも動かなくなった。



 魔術を使うことなく、純粋な筋力だけで6体の群れを殲滅させたエストは、息も切らさずにアウストを見た。


 つらく、痛そうにする姿を見て一言。



「不運が重なったか、実力不足か。どっち?」


「……俺の……実力不足だ」


「そっか。よくミラージュマンティスを倒したね。君たちはこの学園で一番強いパーティだ」



 小さく拍手をしながらそう言えば、少しずつ皆の顔に生気が戻っていく。




「次は無いからね。気をつけなよ」




 それだけ伝えて去る、エストであった。

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