第369話 辺境伯を困らせた


「──なるほど。その洞窟の先に、澱みの元凶が居ると」


「賢者殿でも難しいとは、領主殿に相談するしかないな」


「難しいんじゃない。無理なんだ。それに、ここの領主が何とかできるような問題でもない。国を動か……しても無理かな」


「そんな……打つ手無し、ですか……」



 村長、セリナ、エストの3人は水晶洞窟について考えるも、危険度の高さから手段が限られることに気付いてしまった。


 頼れる宮廷魔術師はまず無理だ。澱みは魔術師にとって毒であり、洞窟内はエストですら数秒ともたない。


 次に騎士団はどうかと言われると、失敗した場合のリスクが大きく、国力を下げれば戦争の火種を消しにくくなってしまう。



 村長とセリナは諦める方向に思考を傾ける中、エストはポンと手を打った。



「一応手はある」


「本当ですか!?」


「言ってくれ。村を守れる希望が欲しい」



 本当に一応だよ? と前置きをしてから、エストは思い付いた案を口にする。



「僕のパーティメンバーと三ツ星のジオ、それから二ツ星のアリアお姉ちゃんに来てもらえば、戦力としては足りるかな。あと、炎龍や氷龍に知恵を貸してもらって、戦闘中は村を帝国と王国の騎士に守ってもらう。どう?」



 おとぎ話のような人員の数々に、2人は口をぽかんと開けた。



「『どう?』ではないが。それが出来ると思っているのか?」


「夢を見るにはまだ早いですよ、エストさん」


「じゃあ正夢にしようか。とりあえずパーティメンバーと星付きを呼んでくるよ。騎士団も行けるかな」



 席を立ったエストがフラウ公国最北の街と繋げた魔法陣を展開すると、慌てた様子で村長が止めた。


 というのも、いきなりそのような面々が来られては、街や村が大騒ぎになってしまう。特に騎士団が集まろうものなら、それこそ戦争か何かだと勘違いを招きかねない。


 2人は目の前に居る人物が、容易に国の頭と交渉出来る人物であることを思い出した。

 賢者という称号がどれだけ大きく、そして深く根付き、絶大な権力を持っているということを。


 普段ならばエストは権力を振りかざすことはしない。だが澱みの解決には……名前を使わなければ進まないと判断すれば、その刃はいとも容易く抜かれる。



「ま、待ってくれ! 俺が領主様に話を通す。騎士団を呼ぶのはそれからにしてくれないか?」


「ふむ……それもそっか。君ひとりでいい?」


「賢者殿には同行願いたい」


「わかった。セリナはどうする?」


「防護柵建設の指揮を引き継ぎます」


「うん、村の防衛は頼むよ。それじゃ、行こうか」



 水晶洞窟の澱みを経験したエストにとっては、村の周辺なら不自由なく空間魔術が使える。

 何食わぬ顔で転移したエストと村長を見て、セリナはひとり呟く。



「……なんて適応力の高さ。私でも2年かかったのに」



 たった2日で慣れたエストも異常だが、時間をかけて適応したセリナもまた、魔術師としては逸脱していた。

 かつて帝国宮廷魔術師、第3師団副団長だった彼女から見ても、あの白い魔術師は人外のソレに感じるほどであった。




「──ほ〜、立派な豪邸。貴族の匂いがプンプンするね」



 無事にシュバイドの街に転移したエストは、村長の案内で辺境伯の屋敷で拝謁の許可を取っていた。

 無論、殆ど村長が話を付けたのだが、その際に賢者本人が居ることは、迅速な対応を促すには充分だった。


 応接間に案内されると、エストは自前のジャーキーを噛んで辺境伯を待つ。



「匂いも何も、辺境伯だ。皇帝陛下にこの地を任されるぐらいには、腕も頭も立派だ」


「皇帝かぁ……前に会ったけど、なんだか距離を感じたなぁ。人としてはフリッカの方が好き」


「おい! なんてことを言うんだ!」


「だって全然喋ったことないし。多分ルージュを上手く回してるんだよ。その点フリッカは自分でやるから、僕相手に交渉を間違えた」


「……どんな交渉をしたんだ?」


「教えな〜い。今夜は『交渉の話、何だったんだろう』ってモヤモヤしながら寝ることだね。くくくっ」



 仲良く村長を談笑していると、コンコンとドアをノックする音が応接間に響く。間もなくして、澄んだ黄緑色の髪が特徴的な、30代半ばの男が入ってきた。


 歩く姿は磨かれた剣のように鋭く美しく、場に居るだけで緊張感が走る端正な顔立ち。皇帝の威圧感とはまた違う、刃を向けられたような緊張が応接間の空気を張り詰めた。


 村長がビクッとして背筋を伸ばして立ち上がる横で、エストはソファに座ったまま、ジャーキーを噛んでいた。



「ほう……? 噂に違わぬ肝の太さだ」


「鶏なら美味しく食べられてそうな噂だね」



 辺境伯から差し伸べられた手を取ろうとしたエストだが、右手でジャーキーを掴んでいたことを思い出し、狼の刺繍が入ったハンカチで拭いてから握手を交わす。



「ん?」

「お?」



 エストの感想としては、思ったより細い。

 反対に辺境伯は、思ったより硬く大きい、と感じた。


 頭を使い、人を動かす辺境伯に対して、エストは体と共に魔術を使う戦人である。貴族は肥太っているものだと思っていたエストは、内心で驚いていた。



 辺境伯が息を吐くと、ピンと張り詰めていた空気が緩められた。



「試すような真似をしたことを詫びよう。私は少々、賢者エストという人間を勘違いしていたようだ」


「僕も、貴族は丸いものだと思っていたよ。君の雰囲気はユルに似てる。細剣みたいな、立派な人だ」



 手を離してソファに座ると、辺境伯が村長の方を向いて、エストを連れて来たのは彼の判断だと即座に見抜いた。



「久しいな、ガロン。草分けは順調か?」


「お久しぶりです、辺境伯閣下。順調ではございますが、業魔の森は牙が鋭く、こちらの賢者殿に力添えを願ったのです」


「……彼は不満そうだが」



 ジャーキーをむしるように噛みちぎったエストに、辺境伯が眉を上げる。



「依頼内容に『澱みの解決』は無いからね。村周辺の魔物は倒したし、本来なら完了している。でも……厄介な物を見つけてね」


「厄介な物? それはエスト殿をもってしてか?」


「うん。だから色んな人に力を借りるんだけど、その報告に来たんだ。国を巻き込むなら領主には知らせないと、って村長が」



 再び村長に視線が向けられれば、村でエストが出した案を辺境伯に伝え、あまりの人員の強さと数に辺境伯は顎に手を当てた。


 冒険者を集めるだけならまだしも、村の防衛に騎士を派遣させる意味が分からず、聞いていなかった『厄介な物』について聞き出せば、更に深く手を当てた。


 まさかシュバイド領に水晶洞窟が……魔力の澱みの発生源があるとは思わず、僅かとはいえ広がりつつある澱みは、辺境伯も食い止めたいと考えた。


 しかし、そこで疑問に思う。



「何故、騎士団を派遣させる? 元凶を叩けば済む話ではないのか?」


「理由は2つ。ひとつは、洞窟の主が逃げ出した時に食い止める要員。正直あの村は、セリナ以外戦力にならない。もうひとつは、体裁かな」


「……優しいのだな。三国の国境に位置する森だ。帝国、そして王国の鎧が身を呈して戦った証拠を残すためだと」



 村長には戦力としてのみ騎士団が欲しいと伝えていたエストだが、その裏には、良くしてくれたルージュや出身校の魔術学園への気持ちがある。


 もし澱みの解決に失敗しても、戦争のきっかけを作らないよう、そして問題になっても小さく済むようにと配慮があったのだ。


 辺境伯が笑みを浮かべると、大きく縦に頷いた。



「了承した。公国には私が手紙で知らせよう。して、いつ頃に騎士団を集めるのだ? 今すぐに、とはいかないだろう。両国が揃うのに半年はかかる」


「王国は三ツ星のジオが、帝国は僕か僕の師匠が転移で連れて来るよ」


「転移……ははっ、伝説の空間魔術か」



 輸送面では他の追随を許さない効率を誇る空間転移は、軍事利用しようものなら無類の強さを見せつけるだろう。


 辺境伯は知っているが、村長は知らない三ツ星の正体。歴史を変えた……否、歴史を作った賢者リューゼニスの力があれば、確かに数時間で移動は出来る。



「僕を道具として見ない方がいいよ」


そこまで考えていないぞ」


「そう。今回の依頼だって、村長の態度が悪ければ柵を全て壊して帰ろうと思ってたからね。産まれて間もない娘のそばを離れて来たんだ。今だって、相応の覚悟を持って接してほしいね」



 その言葉に辺境伯が鋭い眼光で村長を射抜くと、脂汗を浮かべた村長が両手を振って否定した。



「悪いのはギルドだよ。降格や追放処分をちらつかせてきたし。この一件が終われば、僕も休業して育児に専念したいな」


「是非そうしてくれ。エスト殿、手当が要るなら私が出そう」


「大丈夫だよ。困ったらドラゴンの魔石を売るから。なんなら今買い取る? ファルム商会を交わさない直接の取り引き。ワイバーンとは比較にならないよ?」



 エストが大きな水球アクアの上にドラゴンの魔石を出せば、辺境伯と村長のみならず、控えていた使用人までもが目を疑った。


 純度の高さが窺える透明感と赤色の輝き。何よりも、その大きさが今までに見た魔石の中で最も大きい。


 どんな宝石よりも価値のある、ドラゴンの魔石。

 思わず手が伸びそうになった辺境伯は、ブンブンと首を振って居住まいを正した。



「え、遠慮しておく。こう言ってはなんだが、買えそうにないからな」


「そっか、残念。この問題が解決したら皇帝に安く買わせるから、必要なら交渉してみて」


「賢者殿、なぜ安く買わせるのだ? 金が欲しいなら高く買わせるべきだろう」



 村長の至極当然の質問に、エストは胸を張って答えた。



「全ての国に買わせるためだよ。ドゥレディアにも、公国にも、神国にも王国にも買わせる。そうすれば、娘が不自由なく生きられるぐらい稼げるでしょ?」


「……ああ。ひとつだけでな」


「……フリッカ国王、私が間違っていた」



 頭を抱える2人をよそに、エストは首を傾げるのだった。

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