第248話 働かざるもの…?


 冬に備えて衣服や調味料を購入し、街を出た一行。

 気分転換にエストとシスティリアが御者台に座ると、黄色に染まり始めた森を見ながら、干し肉を齧っていた。


 エストが氷の単魔法陣を弄りながら手綱を握れば、システィリアは尻尾を振りながらエストにもたれかかった。



「桃と蜂蜜トースト……美味しかったわ」


「次は僕らで作ってみようよ。あのお爺さんからレシピも教えてもらったし」


「そうね。他の果物でも試してみたいわ」


「美味しさの秘訣はパンを柔らかく焼くって言ってたけど、相当難しいよね」


「あのふわふわ感はお爺さんの人生よ。生半可な気持ちで再現は出来ないと思うわ」



 2人の会話を後ろで聞いていたライラは、どうして研究者のように真面目な雰囲気でスイーツについて語っているのだろうと、首を傾げた。


 魔術とは離れたことも研究することが賢者になる秘訣なのか。

 思考が飛び跳ねる彼女に、ブロフが言う。



「何も考えてねぇと思うぞ」


「……え!? 凄く真剣な雰囲気でしたよ?」


「だからだ。真面目にバカなことを考えるのがエストとお嬢だ。肩の力を抜け、ライラ」



 2人のことをよく知っているブロフからすれば、本当に大事な話をする時は雰囲気なんか出さず、黙っているのだ。


 少しでも喋る余裕がある時は、それはまだ焦る必要がないということ。

 特に、口を開けばずっと2人で甘い言葉を掛け合うエストたちに限って、その見分け方は実に分かりやすい。


 気が付けばシスティリアはエストの太ももの上に頭を置き、すぅすぅと寝息を立てている。

 そういえば、片方が眠った時も静かだったと言えば、ブロフは道具の手入れを始めた。



「なんだか自由すぎて不安になりますね……」


「それは僕が自由だから、みんな引っ張られてるんじゃないかな」


「わぁ!? ……エストさんが自由だから?」



 ライラの不安に答えたエストは、目の前で魔法陣を霧散させては再構築しながら、どうして自分たちが自由に見えるのかを語った。



「僕はどの国にも属さない。王国も、帝国も、ドゥレディアだってね。だから法律だって無視することが多いよ」


「法律!? ど、どういうことですか……?」


「魔術の使用に関する法律は大体、かな。王国だって、治癒士の資格が無いと光魔術の使用は禁止されてる。それでも僕は何度も使ったし、躊躇うことはないよ」



 自由に伴う責任を持てるかどうか。

 王国での例であれば、生徒に聖域胎動ラシャールローテを使ったことが、無資格の光魔術行使として、罰が与えられるはずだった。


 だが、国王からの指名依頼ということや、実際に王都を守ってみせたことで、不問にされている。



「まぁ、守った方がいいのは確かだけど」


「ですよね……でも、エストさんだから許されている感じがします」


「それは魔族を倒したから、じゃないかな。実績が責任として見えるから、自由にやらせてくれたんだと思う」



 それぞれの国で通ずる法律やルール、マナーなども存在するが、魔術周りになるとその国特有の法律も出てくる。


 当然、法律は守ることが大前提にあるのだが、魔族を法律で縛ることが出来ない以上、その魔族を倒す賢者も法律で縛れない……と、国王フリッカは考えた。


 既にフリッカから各国へ、魔術に関する法律の緩和や、エストたちに対する特別措置などを伝えられているが、それをエストが知る由もない。



「これが普通の旅じゃないのは、もうわかってるでしょ?」


「まぁ……キッチンやテーブル、それにベッドまで出てきた瞬間に、私の旅に対する考えは壊されましたね」


「ならライラも自由にしたらいい。もし何か起きたら、君や、僕らが責任を取るからね」



 それが仲間ということ。


 どの冒険者よりも自由な旅を謳歌できる代わりに、犯した間違いの代償は大きい。

 もしライラが人を殺すようなことがあれば、仲間であるエストやシスティリア、ブロフまでもが同じ罪を背負うことになる。


 魔術師としての自制心はもとより、自身の行いに対する考え方を改めなければならない。



「……分かりました。私が何か間違えそうになった時は、殴ってでも止めてください」


「うん、任せて」


「……あ、これ本当に殴られるやつですね」



 グッと拳を握ったエストを見て、若干顔を青ざめさせたライラ。



「当たり前だろう。守るための暴力なら、エストは容赦しないぞ。無論、オレもだが」



 ブロフも同様に拳を握ると、エストよりも遥かに太い腕から伝わる力に、法律よりもよっぽど強い力があるのでは? と、ライラは体を震わせた。


 そうして穏やかな街道を進んでいると、前方に村が見えてきた。



「今日はあの村に泊まろうか」


「ん……エスト……ムラムラ?」


「それはシスティだね。そろそろ着くから、システィも起きて」



 昼寝から起きたシスティリアは、ひとつ大きな欠伸あくびをすると、うーんと伸びをした。


 それから少しして、村の前で馬車は停る。

 荷物を亜空間に仕舞ったエストは、車輪と地面を土の鎖で繋いだ。


 馬車は盗まれることも多く、この方法は土魔術師が編み出した防犯率の高い停め方である。



「おぉ、宮廷魔術師様。ようこそおいでくださりました。このような村ではもてなす物もありませんが、どうぞ、ごゆっくりなさってください」



 そんなことを言ったのは、この村の村長だった。

 宮廷魔術師という言葉に頬をピクピクさせるエストだったが、関わりが無い……という訳でもないので、仕方なく頷いた。


 白いローブが生む誤解に少々思うところはあるが、システィリアが『一日の辛抱よ』と言ったことで、乗り切ることにしたエスト。


 一件の空き家を借りた4人は、村の手伝いをしようとする。



 ──が、



「そんな! 宮廷魔術師様に牛の乳搾りなど……!」


「収穫の手伝い? まだ先の仕事ですし、こちとら食べてもらう側ですぜ? 食いしん坊ですかい?」


「木こりだぁ? そんなヒョロい体で何が出来る? 魔術師様はのんびりしてることだな」



 と言われてしまい、エストだけが参加出来なかった。

 やはり宮廷魔術師という誤認を解いた方がいいと思うエストだったが、今になって嘘だと言えば、自身だけでなく宮廷魔術師団に対する信用を落としてしまう。


 どうすることも出来ないまま村の中を歩いていると、6歳ぐらいの子どもたちと遭遇した。



「あ! きゅーてーまじゅつしさまだ!」


「ほんものだー! まじゅつ見せてよー!」


「かっこいい……!」



 エストの周りに子どもが群がってくる。

 純真な瞳で宮廷魔術師と言われたら、いよいよ訂正する気も無くなってしまい、エストは子どもたちと遊ぶことに。


 以前にもやった吸血鬼ごっこや隠れんぼなど、エストも知っている遊びもあれば、果物の種飛ばしなどのやったことのない遊びを楽しんだ。



「兄ちゃんすげー! いちばん飛ばしてる!」


「コツは舌を使うことだよ。押し出す空気の形を変えてやるんだ」


「……え?」


「大人になればわかる。じゃあ、そろそろ帰らないと」



 そう言って立ち去ろうとするエストに、子どもたちはローブを掴んで引き止めた。

 そんなに遊び足りないのかと思うエストだったが、どうやら理由は違うらしい。



「きょうはお祭りなんだよ?」


「ほーさく? を願うんだって!」


「兄ちゃんもやろうぜ!」



 豊作祈願のお祭り。あまりそういった行事に触れてこなかったエストは、せっかくだからと子どもたちに頷いた。


 ……決して、ただ子どもたちと遊んだだけ、という事実が気になったわけではない。

 決して。




「わかった。あと……魔術を見せてあげるよ」

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