第251話 風狩狼vs白狼族
「ブロフさん、私たちも出た方が……」
「よせ。下手に間合いに入れば邪魔になる。オレたちは馬車を街道まで引くぞ」
御者台の後ろから出たブロフが、自慢の筋力で馬車を引いていく。
ライラも手伝おうと
まだ歩いたまま魔術が使えない、無防備なライラに飛び掛かろうとした瞬間、システィリアの剣がウィンドベネートの右前脚を傷つけた。
「よそ見なんて勝ったつもりかしら? 這いつくばりなさい、犬」
即座に反応したウィンドベネートは後方へ飛び退き、血が出る右前脚に力を入れて踏ん張ると、風の魔力が傷口を覆う。
上位の魔物ほど知能も高くなるが、魔力そのものを用いて傷を塞ぐ種は少ない。
風を斬っても感触が無いように、脚の傷は見る影も無くなっていた。
「動きを止めてみる。暴れるから気をつけて」
エストの言葉にシスティリアが姿勢を低くする。
どんな速度にも対応出来るよう構えると、ウィンドベネートの四方八方に様々な属性の単魔法陣が現れた。
前方と左右の魔法陣が輝くと、石の槍と炎の針が無数に飛来するが、斜め後方へ跳んで回避するウィンドベネート。
あまりの速度にエストの魔術では間に合わず、杖先を下ろしたエストは顎に手を当てた。
「速すぎる。上位種って特異な進化をするからかな」
後方からの魔術は前へ跳んで躱し、地面から突き出す氷の槍は上へ跳ぶ。
着地する瞬間を狙って、それでもなお上で仕留めようと無数の
ワイバーンのような飛行能力とは違うが、圧倒的な速度を活かした立体的な動きに、エストは静かに歯を食いしばる。
「エスト、アタシの動きに合わせなさい」
「……未来予知はできないかも」
「大丈夫よ。やってみれば出来るわ」
凄まじい無茶ぶりだな、と肩を落とす。
だが、自信に満ちたシスティリアに言われると、不思議と可能なのではないかと思うエスト。
やれるだけやってみよう。
時間魔術ではない、積み上げた戦闘経験から来る勘で予知しようとするエストは、片手で杖を構えた。
ウィンドベネートを襲う魔術の雨が止むと、システィリアは左手で柄を持ち、右手は剣の腹に添えられていた。
(左手……? 右手に合わせろってこと?)
疑問に思いながらも無数の可能性を考慮し、全力で踏み出したシスティリアに合わせてウィンドベネートを氷のドームで覆った。
囚われたウィンドベネートは並外れた力で体当たりをすることで、自身を包む氷にヒビを入れた。
しかし、そんな氷の外側から剣を振る、狼の耳が視界に映り込む。
鋭い殺気。水のように流れる髪は辿っても頭が無く、一際強く放たれた殺気を追えば、凄まじく低い位置にソレは居た。
だが、氷が刃を防ぐ。
自身でも破れない氷の壁が──
「ふっ、ば〜か」
そう考えたウィンドベネートを嘲笑うように、刃が触れる瞬間に氷は消え失せ、その大きな喉元に剣が突き刺さると、白狼族の全力をもって胸の下まで斬り裂かれた。
アダマンタイトの剣は振り下ろされている。
だが彼女は、確かに右手で剣を握っていた。
不可視の剣。
ウィンドベネート……その下位種であるウィンドウルフですら使える、
同じ魔術で介錯をされるのかと、静かに死を悟るウィンドベネート。
だが、まだ死んでいない。
どうにかして一矢報いてやる。
最期まで闘志を、生存に対する強烈な本能を呼び起こしたウィンドベネートは、両の後脚に風を纏わせた。
このまま体当たりをして吹き飛ばし、まずは後方の魔術師を噛み殺す。それから眼前の狼を……──
──翡翠のような瞳に映る最後の景色は。
氷の剣を握る、蒼き白狼族だった。
ドサッと音を立ててその首が落ちた。
返り血を浴びたシスティリアは、髪や服を真っ赤に染めながらも、振り返ってエストに笑顔を見せた。
「ふふ〜ん、最高の連携ね!」
「魔術と剣術の融合……新しい形だったね」
エストに飛びついて抱きしめたシスティリアは、エストの
もちもちの頬を擦り付けるシスティリアを優しく抱き返せば、視界の端にブロフたちが映ってしまった。
「あ、あの2人で倒しちゃいましたね……」
「……いくらなんでも早すぎるだろ」
2人の会話を聞きながらエストは死体を亜空間に押し込むと、血の匂いに釣られた魔物が来る前に、その場を後にする。
ボロボロの馬車の中、連携が上手くいったことをずっと喜ぶシスティリアに抱きつかれながら、エストは次の街で馬車の修理を提案した。
「オレは構わんが、この幌はそれなりの金が掛かるぞ」
「車輪の歪みもありましたし、特急の依頼となれば更に上乗せが……」
「ふ〜ん? そんなの、あの狼を売ればいいのよ。Aランクの魔物よ? 馬車なんて100台は買えるわっ」
「ンなわけないだろ」
「あはは、でもシスティの言う通り、資金はウィンドベネートで間に合うと思うよ」
目立った傷も2箇所だけだ。
皮と肉だけでも充分な価値になるだろうが、牙や爪、内臓に骨まで綺麗に残っているので、収支は大きくプラスになると言う。
「あの魔物って、普通は2人で倒せるものなんでしょうか……?」
ふとしたライラの疑問に、戦った2人は首を横に振った。しかし、ブロフだけは小さく縦に頷いた。
「1例だけだが、単独討伐記録がある」
「「「え?」」」
「討伐者の名はユル・ウィンドバレー。二ツ星冒険者だな」
エストだけでは無傷で倒すことは難しい。それはシスティリアも同じであり、いくら白狼族と言えど、単独討伐は苦難の道である。
しかし、その偉業を人間の身で成した者が居た。
それはエストの友人のひとり。
風魔術と細剣の魔剣士でありながら、冒険者として最強と言われる二ツ星を胸に付けた男。
「ユル…………って、強かったんだ」
「あの長髪緑男がぁ? 信じ難いわね」
まるで仲の良い友人かのように話す2人に、ブロフたちは眉を上げた。
「お2人は会ったことがあるんですか!?」
「友達だよ。僕のクラスに特別生徒として招いたり、代わりに教師として入ってもらったんだ」
「アイツ、妙にエストを気に入っているものね」
「……屋敷に居たあの男……ユルだったのか」
雑な扱いを受けるユルだが、背中に積み上がった実績は数しれず。
彼が二ツ星に至り、その後も増え続ける単独討伐や新種の魔物の情報は、冒険者だけでなく今を生きる民間人の生活を支えている。
そんなユルの実績のひとつが、ウィンドベネートの単独討伐、及びウィンドウルフの上位種であることの解明だった。
エストも知らず知らずのうちに彼が歩んだ道の上に居るもので、強く賢い男なのだと認識を改めた。
「今度会ったらポーカーでも仕掛けようか」
「アンタって意外と負けず嫌いよね」
「意外かな? ずっと負けず嫌いだよ」
それからも、ユル・ウィンドバレーという男について語り合う4人なのであった。
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